第15話「悲しき玩具」
一部の例外を除き、乱入者によって幕引きが行われる事は、この舞台では歓迎されない。許容される乱入とは、勝敗の決定権を持つ観客が満足した場合のみであり、バッシュを瞬殺した
それでいえば、今夜の
勝者が分からない。
観客は目が眩む程の閃光を見たが、それが攻撃を目的とした《導》でなかった事は明白だった。
無論、そういう《導》がないとは断言できない者ばかりであるが、あったとしても舞台で披露するには向かない《導》であるし、観客を満足させられないならば、この場では悪と断定される。
そして乱入してきた梓を知っている者は誰もいない。
弓削か矢矯のどちからだけが消えたというのならば、残った方の陣営なのだろうが、二人ともいなくなったのでは説明が難しくなる。
精々、矢矯にも弓削にも害意を懐く者という事だけだが、そうなれば、この舞台を整えた小川が最右翼という事になってしまい――、
「どういう事だ!」
小川は客席で
特に梓は小川しか世話人としてついていない。
では、小川が恨みに持つ矢矯と弓削に、小川しか知らない
「
小川が怒鳴るが、梓の姿はもうない。
梓はステージから駆け下り、そのまま廊下へ飛び込んでいた。
梓が廊下に飛び込むのと同じくして、丁度、客席から
「梓!」
驚きと戸惑いを瞳に浮かべている会だったが、ここにいる事を梓が望んでいない事は理解できていた。
「会様、申し訳ございませんが、詳しい話は後ほど、納得いただけるまでしますので、今は少しでも早く、ここから出ましょう」
梓にある焦りは、小川が自分と会を、このままブーイングの続く舞台へ引きずり込む事から来ていた。制裁マッチを組もうとも相手が控えている訳ではないのだから不可能であるが、会が絡んでいる以上、梓には判断する余裕もなかった。
会も、ここで立ち話をする気はなかったのだが、会場から出るまで待つ事もできなかった。
「弓削さんは、どこへ行ったの?」
梓の《導》は、会にとって欠くべからざる男を飲み込んだのだ。
「そこへ今から向かいます。二人とも、傷つけてはいません」
走りながらいう梓であるが、「傷つけてはいません」とは「私は」という一言が隠れている。
梓の《導》では無傷であるが、今の今まで殺し合いを演じていた矢矯と弓削が、何もせずに待機しているとは思えない。
「
梓が告げるのは、人工島を構成するメガフロートと同じ名を持つ
タクシーを捕まえられれば良かったかも知れないが、矢矯が
「走った方が早いわよ!」
立ち止まろうとする梓に、会が乱暴だと感じてしまうくらいの勢いで言葉をぶつけたのだった。
日付が変わろうかという時間になれば、人工芝の広場は無人だった。
海が見えるパワースポットという事もあり、日中はそれなりの人出があるだけに、無人の広場は不気味で、舞台の続きを遣るならば丁度いいとも言えるのだが、そこで梓が考えていたような光景はなかった。
「……」
「……」
矢矯と弓削は人工芝に座り込み、やる気をなくしたという風になっていたのだから。
突然の乱入者によって、こんな所へ瞬間移動させられた事は十分、二人に冷水を浴びせかけるに等しい効果を発揮したのだが、それ以上にやる気を失わせたのは、座り込んでいる二人の間に立っている女の存在だ。
「今度から、私に知らせてください。小川さんの仕切なんて、絶対に裏があるに決まっているでしょう」
二人に冷静な言葉を浴びせかけられるのだから、
「
それだけ冷静さを欠いていたのだ、と知っていて尚、安土は矢矯へ冷ややかな口調で言葉を向けていた。
「そして同じように、小川の手の中に弓波 梓さんという新しい百識が来ましたけれど、そのコマをベクターさんへ使う気なんてないですよ。小川さんの考えは、この前の団体戦で使った……もう残ってるのは、ルゥウシェ、
弓削の方は、少々、説明が必要だったが、それにしても弓削が冷静さを欠いていたのは間違いない。
「それに、ここまでの事をしたら、弓波さんも小川の元にはいられないでしょうね……っと……?」
そこで安土が走ってくる会と梓に気付いた。
「
二人を振り向く安土は、できる限り穏やかな声を掛けたつもりだった。
だが走ってきた梓には、余人の言葉など聞こえなかった。
「双方、動かないでください。私の
会と深く関わってしまった弓削と、間接的に関わっている矢矯であるから、殺し合いは止めさせなければならない、という思いばかりが空回りしていた。
「戦う気なんて、もう失せてるよ」
目立つ羽根つき帽子とタバードを脱いでいる矢矯は、電装剣も超硬金属の剣も傍らに放り出している。
「俺も」
弓削も同様に戦闘態勢ではない。
「弓波さん。初めまして。私は安土といいます。本来、この二人の世話人です」
落ち着かせるように、安土は一言一言を噛み砕くように、ゆっくりと話した。
「今夜は、二人を止めてくださった事、感謝します。ありがとうございます。お陰で、優秀な二人を失わずに済みました」
「……それは、どうも……」
小川と同じ世話人という肩書きに警戒してしまう梓であったが、安土から感じる雰囲気が小川のそれとは大きく違うとも感じていた。
「そちらは、
安土の顔が向けられると、会は軽く会釈した。こちらは弓削の知り合いならば、警戒する必要はないと思っている。
そんな空気は様々な思惑、疑念を孕むのだが、安土は空気など読まない。
「それよりも、弓波さん。とんでもない事をしてしまいましたね」
乱入し、二人を逃がすという選択肢を選んだ梓が、非常に危険な事態を引き起こす引き金を引いた事だけを告げる。
「乱入し、勝敗を
これは決定した未来だ。常に繰り返される、百識にとっては非常に
「……でしょうね。覚悟の上です」
梓の声に震えなどはない。
しかし――、
「弓波さんだけじゃありませんよ」
安土の目が会へと向けられると、梓は身を震わせた。
「月さん。貴方も上げられます」
「私も……?」
会はきょとんとした顔をしていたのだが、それを横合いから突き刺す梓の声が制した。
「そんな馬鹿な事が! 会様は舞台に上がる契約など結んでいません!」
「他薦があるのです。この舞台には」
会と梓は知らない事だが、
「そんな、そんな……馬鹿な事……ッ!」
自分の言葉が意味を成していない事を実感しつつも、梓は言葉を吐き続けた。
「梓」
肩がそれを梓の肩に手を置く事で静かにさせた。
「あの二人の戦いを見て、私も思ったの。私も、六家二十三派の百識だって」
当主争いに敗れ、ドロップアウトするしかなかった会は、矢矯と弓削の戦いを見て、燃え上がらせてしまったのだ。
「もし舞台で生き残れる力が……《導》や《方》とは違う、生き抜く力が手に入るなら、私はまだ月の家を……」
会の顔が、月家の屋敷がある方向へ向けられた。夜でなくとも屋敷など見えるはずがないのだが、もう一度、この屋敷へ戻る道筋が会には見えていたはずだ。
「
会の野望が、燃え上がっていた。
「……ようこそ」
だから安土は告げた。誰かに聞こえた訳ではないのだろうが。
数時間後、運営は矢矯、弓削、梓、そして会を制裁マッチへ上げる決定をした。
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