第6話「種々の問題」

 はじめが「行方不明」となっていた時間を問題にした者は少なかった。基の両親は、数日間も帰ってこなかった息子を心配していたし、どこへ行っていたのか問い詰めたが、基に答えられるはずがないのだから、帰ってきた事に対する安心も相まって、厳しいとまで言えるものではなかった。


 学校も欠席している間の事は、然程さほどの問題にはならない。いなくなってしまっては問題だが、数日の無断欠席は寧ろ歓迎すべき所だ。その分、基は劣っていると皆が確認できるのだから。



 しかし基が帰還した事は、様々な問題を起こした。



 まずは基の遺体を処理するように命じられていた安土あづちが混乱した。処理を無視していた訳ではない。それどころではない状況――孝介こうすけ仁和にな矢矯やはぎと、アヤ、明津あくつのハンディキャップマッチが始まるため、処理を中断していただけだ。


 処理が中断されていた事が基と聡子さとこにとっては幸運だったのだが、突然、消えてしまった遺体を「ラッキー」として無視する事はできない。


「聡子さんが?」


 カメラの映像を確認していた安土は、思わず溜息を吐かされた。聡子と面識があるとは言い難いが、顔は知っている。


 基の痛いが置かれた部屋へ聡子が入り、暫くして二人で出てきた映像が撮られていた。


 ――上手の手から水が漏る、ですね。


 聡子がどうやって来たかは分からないが、女医の車に忍び込んだのだろうと想像するのは容易い。外部流出が命取りになる事は明白であるから、これは重大事故と言える。


 普段ならば、侵入した聡子と、その関係者である女医に対して何らかの措置を取る所であるが、今はそれどころではない。



 ――生き返らせた?



 基を連れて出てくるには、それしか考えられなかった。安土とて何度も、聡子と共に出て行った児童が基であるはずがない、と目を疑った。基の顔は曖昧あいまいにしか記憶できていない。処理する遺体の顔なのだから。


 しかし舞台に上げられた者のデータと何度、照合しても、「鳥打 基」と表示される。これ以上、機械のミスを疑うのは、安土よりも上の世代だけだ。


 つまり基は生き返った。


「誰の……」


 安土も我が目を疑い――、


「医療の……《導》……?」


 思わず出てしまった声も震えていた。


 頬を伝わる汗は、聡子こそが《導》の持ち主だと思ってしまったからだ。


 医療の《導》を持つ者が見つかったとなれば、どういう措置が執られるか想像もつかないだけに、暗雲を立ち込ませてしまう。



 医療の《導》を使う者が舞台の裏側に侵入し、離脱した――殺される理由は十分ではないか!



「……ッ!」


 矢も盾もたまらず、安土は席を立った。


 ――知らせなければいけません。


 女医に伝えなければ、対策も取れない。





 そしてもう一カ所、問題を抱えてしまった場所がある。



 松嶋小学校だ。



 基が生きていた事は歓迎するが、基と聡子の合流は歓迎できない。


 生け贄役は孤立しているからこそ、全ての責任を押し付ける事ができる。寧ろ30人の生け贄役が全員、集まれば、そこにもう一人、生け贄役を作る事も不可能ではないが、時間がかかりすぎる。


 小学生は中学生の倍の時間があるのだから、この事態を歓迎できるはずがなかった。


「問題だ」


 谷は校長という地位にあるからこそ、舌打ちしかできない状況は苛立ちばかりを募らせてしまう。


 決して盤石ではない。



 たった30人の生け贄役で支えている、文字通り薄氷の上にある。



 教員を前にして鋭い眼光を見せるのは、聡子と基の二人だけで済めば問題ないが、済むという保証はないからだ。


 ――30人が団結してしまえば大問題に発展する!


 今のうちに手を打たなければならないと言う気持ちは大きいが、まだ声を荒らげる時ではない、と自重してしまう。


 その自重は、どうしても危機感を薄める。一瞥しかしていないが、その目に映る何人かは欠伸を噛み殺しているのが分かった。


「チッ」


 谷の舌打ちを聞いた者は、殆どいなかったはずだ。耳に届いたとしても、欠伸を噛み殺しているのでは心にも頭にも入らない。


「……」


 故に向いたのは、基の事ならば最もよく知っている相手だった。



 川下だ。



 川下は欠伸を噛み殺していないどころか、苛立ちを分かり易く顔に浮かべていた。基が五体満足で帰ってくるなど、想像もしていなかったのだから。


 ――鳥打……ィ……。


 歯軋りする音を、谷は耳に入れずとも感じ取った。


「川下先生、後で校長室まで」


 名を呼ばれた時、また名を呼んだ時、二人がどう動いたかも、やはり他の教員は見ていなかった。

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