第4話「未だ一勝一敗するに過ぎないが」

 鬼家きけ月派つきはの《導》は、鬼神きしんと呼ばれる存在を呼び出し、代理戦闘をさせるというもの。


 つまり鬼神を強力にする事が、鬼家月派の百識ひゃくしきが目指す点であるが――、


「追い付きませんよ」


 あずさは斬り捨てる。


「アスリートや格闘家というのならば肉体的なおとろえがあるのでしょうけれど、百識の《方》や《導》には衰えがありません。まぁ、理屈の上ではですが」


 即ち当主の《導》は常に進歩し続けており、後から追い掛けるのでは不利という考え方だ。


「後追いしかも追い抜く人はいますけれどね。稀です」


「私は無理だと?」


 かいは不機嫌そうな表情を隠そうともせず、それが梓の苦笑いを引き出す。


「はい」


 大きく頷いた。


「は?」


 会は益々、不機嫌そうな声を出すが、


「無理です」


 梓は苦笑いを笑みへと変えていた。その表情は、今まで従者に徹していた梓からは考えられない表情であったが、不遜ふそんと感じさせると同時に会への親密さも感じさせられるのだから反発は少なかった。


「いずれは抜けるでしょうけれど、何年もかけるつもりはないのでしょう?」


 すぐにでも実家へ帰りたいような顔をしている、という梓の指摘は当たっている。そのための舞台であったし、そのために弓削ゆげから《方》を習ったのだ。


「ならば同じ方向に追い掛けても、追い付くのは至難の業ですよ」


 返事を待たずに梓は続けた。



 梓の贔屓目ひいきめを除けば、会は劣等だ。



 劣等だからこそ、当主争いからドロップアウトして屋敷から出る事になった。


人鬼じんき合一ごういつを、どう使っていくかです」


 梓が示す道は、そこに帰着する。


「鬼神をまとおうと考えた人は……」


 いないといおうとし、梓は苦笑いを浮かべた。見た目よりもずっと年を取っている梓だが、長い一生でも鬼家月派の百識で関わった事があるのは精々、会だけだ。鬼家月派の《導》について、特に運用については知らないに等しい。


 だから一言、前置きした。


「少しはいたかも知れませんが、突き詰めた人はいないのですから」


 当てずっぽうともいえるが、当たらずとも遠からず、だ。


 鬼神を纏っての戦闘も、百識が嫌う接近戦には違いない。


「……確かに」


 形振なりふり構っていられない者が鬼神を纏う事まで考えたかも知れないが、その難度は今、会が頷かされた通りだ。自身と鬼神の動きをさせなければ自殺行為となり、その為に必要な障壁や関知は低級と見限られている《方》というのも、六家りっけ二十三派にじゅうさんぱの女にとっては精神的な苦痛を伴う。


「ここを伸ばせば、一勝負できると思いませんか? いえ寧ろ、ここを伸ばさなければ、一勝負すらもできない」


 梓は目を細め、先日、会が見せた人鬼合一を思い出していた。鬼家月派の百識と闘うならば、鬼神の攻撃をくぐって本人を狙うという方法が考えられる。しかし鬼神と会が一体になるならば、本人は弱点たり得ない。


「最初は、これ以上、弓削さん式の身体操作は不要かと思っていましたが、会様が鬼神を纏おうと考えるとは、私も思っていませんでした」


 梓も考えていなかったのだから、鬼神の操作と身体操作を同時に、そして一致させようとする難度は非常に高い。


「……」


 だが会は肩を竦めるだけで、返事は一呼吸、遅らせた。


 いいたい事は、百識や《導》の事ではなかった。


「梓、そういう性格だった?」


 今、随分と楽しそうに話している梓だが、その内容は会への遠慮など何もない事ばかりだと感じる事だった。


「はい?」


 梓が目を丸くしたのは数秒程度の話だった。


「そうですよ」


 梓が笑う、さも可笑しそうに。


「そもそも六家二十三派なんて、サディストの集まりですから」


 自分もそうだというのだろう。


「サディストに必要なのはマゾヒストではなく、サディストですからね」


 そしてもう一つ、会とてそうなのだといいたいらしい。


「酷い話」


 げんなりした顔を見せる会であるが、自分も自覚はある。転入初日に梓をあおったのは、そういった感情からだったのだから。


「私もそう思います」


 梓が、また笑った。


 笑いながら、ずいっと前へ出た梓は会と額が着く程に近寄り、


「人鬼合一の弱点は、吹き飛ばされるような衝撃を受けてしまった場合、鬼神と会様の動きを一致させられず、致命傷を負いかねない事です」


 完全無欠の《導》ではない事を告げるも、梓は決してカバーしきれない弱点ではない事もいう。


「弓削さんやベクターさんが得意とした、感知と身体操作を使った回避の習得は絶対となりました。これは、ご存知でしょうけれど」


 梓がもう十分だと思っていたのに、会が弓削との修練を続けてきた理由は、この弱点をカバーするためだ。


「鬼神の持つ防御力は、並の《導》ならば防ぎきる。後は身体操作で攻撃を命中させられれば――」


 会の顔に僅かばかりであるが笑みが点る。自分が描いていたプランは、決して絵空事ではない。


「はい」


 梓もにっこり笑い、窓の外を指差した。


「練習相手は、私が」


 敵を知り、己を知れば百戦危うからずとはいうが、今は敵を知らず、己を知っているに過ぎない。


 即ち未だ一勝一敗する程度でしかない。

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