第4話「未だ一勝一敗するに過ぎないが」
つまり鬼神を強力にする事が、鬼家月派の
「追い付きませんよ」
「アスリートや格闘家というのならば肉体的な
即ち当主の《導》は常に進歩し続けており、後から追い掛けるのでは不利という考え方だ。
「後追いしかも追い抜く人はいますけれどね。稀です」
「私は無理だと?」
「はい」
大きく頷いた。
「は?」
会は益々、不機嫌そうな声を出すが、
「無理です」
梓は苦笑いを笑みへと変えていた。その表情は、今まで従者に徹していた梓からは考えられない表情であったが、
「いずれは抜けるでしょうけれど、何年もかけるつもりはないのでしょう?」
すぐにでも実家へ帰りたいような顔をしている、という梓の指摘は当たっている。そのための舞台であったし、そのために
「ならば同じ方向に追い掛けても、追い付くのは至難の業ですよ」
返事を待たずに梓は続けた。
梓の
劣等だからこそ、当主争いからドロップアウトして屋敷から出る事になった。
「
梓が示す道は、そこに帰着する。
「鬼神を
いないといおうとし、梓は苦笑いを浮かべた。見た目よりもずっと年を取っている梓だが、長い一生でも鬼家月派の百識で関わった事があるのは精々、会だけだ。鬼家月派の《導》について、特に運用については知らないに等しい。
だから一言、前置きした。
「少しはいたかも知れませんが、突き詰めた人はいないのですから」
当てずっぽうともいえるが、当たらずとも遠からず、だ。
鬼神を纏っての戦闘も、百識が嫌う下品な接近戦には違いない。
「……確かに」
「ここを伸ばせば、一勝負できると思いませんか? いえ寧ろ、ここを伸ばさなければ、一勝負すらもできない」
梓は目を細め、先日、会が見せた人鬼合一を思い出していた。鬼家月派の百識と闘うならば、鬼神の攻撃を
「最初は、これ以上、弓削さん式の身体操作は不要かと思っていましたが、会様が鬼神を纏おうと考えるとは、私も思っていませんでした」
梓も考えていなかったのだから、鬼神の操作と身体操作を同時に、そして一致させようとする難度は非常に高い。
「……」
だが会は肩を竦めるだけで、返事は一呼吸、遅らせた。
いいたい事は、百識や《導》の事ではなかった。
「梓、そういう性格だった?」
今、随分と楽しそうに話している梓だが、その内容は会への遠慮など何もない事ばかりだと感じる事だった。
「はい?」
梓が目を丸くしたのは数秒程度の話だった。
「そうですよ」
梓が笑う、さも可笑しそうに。
「そもそも六家二十三派なんて、サディストの集まりですから」
自分もそうだというのだろう。
「サディストに必要なのはマゾヒストではなく、サディストですからね」
そしてもう一つ、会とてそうなのだといいたいらしい。
「酷い話」
げんなりした顔を見せる会であるが、自分も自覚はある。転入初日に梓を
「私もそう思います」
梓が、また笑った。
笑いながら、ずいっと前へ出た梓は会と額が着く程に近寄り、
「人鬼合一の弱点は、吹き飛ばされるような衝撃を受けてしまった場合、鬼神と会様の動きを一致させられず、致命傷を負いかねない事です」
完全無欠の《導》ではない事を告げるも、梓は決してカバーしきれない弱点ではない事もいう。
「弓削さんやベクターさんが得意とした、感知と身体操作を使った回避の習得は絶対となりました。これは、ご存知でしょうけれど」
梓がもう十分だと思っていたのに、会が弓削との修練を続けてきた理由は、この弱点をカバーするためだ。
「鬼神の持つ防御力は、並の《導》ならば防ぎきる。後は身体操作で攻撃を命中させられれば――」
会の顔に僅かばかりであるが笑みが点る。自分が描いていたプランは、決して絵空事ではない。
「はい」
梓もにっこり笑い、窓の外を指差した。
「練習相手は、私が」
敵を知り、己を知れば百戦危うからずとはいうが、今は敵を知らず、己を知っているに過ぎない。
即ち未だ一勝一敗する程度でしかない。
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