第14話「許容された乱入 3対2」

「ははッ」


 その光景に安土は思わず笑ってしまった。


 ――これです。これならば……。



 矢矯の力は、生中な相手では制裁マッチなど組めない事を明白にしたのだ。



 ルゥウシェとバッシュの影に隠れていた矢矯であるから、安土もその実力を完全に把握できていた訳ではないし、期待も全幅とは言えなかった。


 だが今は違う。


 ――乱入すら認めさせるのだから、絶対的なものです。


 安土が笑みを浮かべて向く先には、怒り心頭に発するルゥウシェがステージへ上がるところだった。


「――ッ!」


 ルゥウシェが叫んでいる声は、既に言葉ではなかった。ルゥウシェは意味のある言葉を発しているつもりだが、嘲りと怒気を、これでもかと言う程、早口で捲し立てているのでは聞き取りようがない。


「荷重移動だ。重心の荷重移動を《方》で操れば、縦にも横にも猛スピードで走れる」


 だから矢矯はルゥウシェを無視し、孝介と仁和に自分たちの《方》が向かう先を伝えていた。


「スポーツテストで懸垂をした事はあるか? あれも、手を伸ばしてぶら下がっている時には足を屈めておいて、昇る時に足を伸ばせば、重心の移動が起こって身体が楽に上へ行く。このコントロールだ。身体に来る反動も、《方》で打ち消せ。慣性を念動で消すんだ」


 その態度は当然、ルゥウシェの神経を逆なでした。


 ――バッシュをあんな目に遭わせて、私が怒ってないとでも思ってるのか!


 嘗めているとしか写っていなかった。


「ふーん」


 態と矢矯の癪に障る声を出す。


「敵わないと思って居直ってるんでしょ。だけどね、アンタの嫌みな態度はもう沢山! 遊ばずに秒殺してやるよ!」


 ルゥウシェががなり立てると、矢矯は初めてルゥウシェへ意識を向けた。


「自分が《導》を使えると言う事で安心してるんだろ。お前らの使うリメンバランスは、自分が見聞きした神話や伝説を現実の情景にするんだったか? 範囲もパワーも段違いだと思ってる。自信がある。だから頼っている、自称・最強の《導》だ」


 矢矯の声には、言葉とは裏腹に嘲りの響きばかりがあった。


「そのリメンバランスで、どうやってやろうか? 燃やそうか? 凍らせようか? 稲妻がいい? せめて望みの最後をあげるわよ」


 ルゥウシェの表情が歪み、嘲笑を形作っていく。


 ――怯えろ、畏れろ!



 しかし矢矯には、怯えとも畏れとも無縁だ。



「どれだけ強くても、当たらないなら意味なんてねェよ。視線で狙いが分かる。身振り手振りでパターンが読める。パワーに頼りっぱなしだ。そんなんじゃ、俺を燃やすのも凍らせるのも無理だろ」


 矢矯も顔を歪ませていった。


「それにな――」


 その歪みが頂点に達した時、矢矯の怒声が炸裂する。



「もう1分、経ってんだよ、このドブスが!」



 秒ではなく分で数えるだけの時間が経ったのだ。


「リメンバランス」


 ルゥウシェが《導》を展開させた。



「ダイヤモンドダスト――大紅蓮の記憶」



 それはバッシュの《導》とは真逆の氷。何もかもを凍らせる極寒の《導》は、標的を凍らせ、砕き、赤い蓮の花が咲いたような跡だけを残す。


 ――ハッ。


 矢矯は目を見張った。無論、驚いた訳ではない。


 ――馬鹿馬鹿しい手に出て来たな!


 足下まで伸びてきた《導》は、矢矯が立っている場所で冷気に変わり、そこを中心に展開する。ダイヤモンドダストの名の通り、空気も凍り付く冷気だ。しかもダスト――塵のように舞うのではない。矢矯を中心とした空間全てが凍り、その姿はひつぎだ。


 矢矯は氷漬けとなり、砕けるはず、というのがルゥウシェの目論見もくろみだった。


 しかし現実は、かなり違う。


 ――やっぱり、命根性に汚いな! 自分の間合いは安全圏じゃねェか!


 バッシュの《導》も突破した矢矯なのだから、棺が完成するまでの時間があれば、ルゥウシェの至近距離にまで接近できている。


「ぎぃッ!」


 矢矯は鞘に収めたまま剣の柄を、ルゥウシェの右脇腹へ突き出していた。柄は正確にルゥウシェの肝臓に命中し、悲鳴と共に呼吸を阻害させる。


「かはッ」


 続いて見舞った右拳は、折れ曲がったルゥウシェの身体の中心、胸と腹の間にある横隔膜おうかくまくに突き刺さる。その一撃は、肺に残されていた空気を全て放出させるものだ。


 当然、身体は深く折れ曲がり、まるで顎先を矢矯へ差し出したような形になる。


 そこを思い切り右拳を突き上げた。


 この全ての攻撃を正確に命中させる肝心要かんじんかなめが、矢矯が重要だと解く感知だ。正確な位置を把握できるからこそ、この三連続攻撃が決まる。


 三連続攻撃の勢いでルゥウシェの身体を浮き上がらせ、半回転させて背中から床に叩きつける。最早、死に体のルゥウシェに受け身を取る術などなかった。


「!」


 そんなルゥウシェの胸元を踏み付けた矢矯は、そこで初めて剣の柄に手をやる。


 この剣閃は、ルゥウシェの身体が切り裂かれるまで、誰の目にも止まらなかった。


「ルー!」


 美星の叫びは悲痛だった。


 矢矯が切り裂いたのは喉――声帯だけを確実に切り裂いたのだった。


「――」


 ルゥウシェは、矢矯に呪いの言葉を向ける事すらもできなくなったのだ。


「俺の勝ち――」


 宣言しようとする矢矯だが、その顔に影が……いや、光が落ちてきた。


「リメンバランス」


 その《導》を発動させたのは、ステージの外にいる美星だ。



「ギャラクシー――銀河の記憶」



 成る程、その名の通り、矢矯の周辺に漂う光は恒星や惑星を模している。


 乱入している矢矯に対し、美星が乱入し返す事は反則ではない。

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