第15話「3対1!」
ただしルゥウシェやバッシュに比べて《導》が苦手な美星であるから、必殺のリメンバランスを使うには、二人と違い、もう1段落、必要であったが。
「エクスプロージョン――爆発の記憶」
矢矯の周囲に浮かぶ星へ、爆発するよう《導》を送った。
「あの……ッ」
その姿に歯噛みする孝介であるが、どんな言葉を口にしても負け犬の遠吠えでしかない。先に乱入したのは矢矯の方であるから、美星の助勢を責めるのは筋が違う。ましてや視界の外から《導》を放った程度の事を卑怯と言う事など、論外だ。
――コントロールする! ルーにだけは爆炎を避けさせる!
美星が目を見開き、親友を踏み付けている矢矯を視界に捉える。《導》による爆発なのだから、その方向は指向させられる。指向させ、矢矯だけを爆炎の中へ放り込むつもりだ。
矢矯の周囲に浮かぶ《導》の星が、白から青へと色を変えていく。
青――美星の最も好きな色だ。
水色から徐々に濃くなっていくのは、美星の《導》が充填されていく証だろうか。
その色が群青色に変わった瞬間、星々が新星へと変わる。
「ッ」
皆の目を奪う《導》の炸裂だが、その光景を横目に見る程度に抑えて走る人影があった。
――見るな! 勝つって言った以上、矢矯さんは勝つ!
孝介だ。
ステージを回り込み、美星へ斬りかかろうと走っていた。矢矯ならば一瞬で踏み込んだ距離だが、孝介には無理だ。矢矯が出したスピードの1/10も出ていない。
しかし、それでも矢矯が実演して見せた《方》は、孝介のレベルを引き上げている。
――念動は手足だけでなくて、荷重移動した重心にも使う!
飛べれば楽なのだろうが、身体の中でしか強く作用しない《方》では飛行はできない。
「くそッ」
そして見ただけの技術は、やはり孝介の手に余った。荷重移動を《方》でコントロールし、その動きに合わせて手足を動かそうとすれば、どうしても足がもつれる。これを精密にコントロールするために、矢矯は感知する《方》を磨けと言ったのだ。
孝介と平行して仁和も走っていた。やはり矢矯が見立ててた通り、仁和の方が《方》に対する適性が高い。孝介に比べればスムーズに走れていた。
しかし感知も念動も消耗の少ない《方》ではあるが、連携し、連続して使い続ける事は負担が大きい。
――もつれる!
孝介に比べればスムーズと言っても、仁和も完璧とは程遠い。
――《方》を使って走るって事は、目標の距離まで何歩で移動できるのか、手の位置、足の位置はどこか、荷重移動が起きてからどのタイミングで手足を動かすのか、全部、感知しないとダメ! 動かすと転ぶ!
仁和も必死だ。
矢矯が言った事は、全てここに帰結している。
――最も必要なのは、自分の感覚を確実にフィードバックする事、単一行動を確実に
感知した情報を行動に反映させ、足を上げ、下ろすという行動を確実に熟せば、足はもつれないし、矢矯のようなスピードも出せる。
――必死になれ!
できない事を悔やむよりも、今、できる事を繰り返せ、と孝介は必死さを目に宿す。
ステージを大きく迂回する事になるために走った距離は、50メートルか60メートルか、恐らくはその程度だ。
直線で全力疾走すれば7秒から9秒と言う所を、二人は《方》を駆使して3秒足らずで走り抜ける。
しかし、こんな戦闘での3秒は、あまりにも大きいタイムロスだった。
美星の顔が、走っている自分たちへと向けられたのが分かった。
「まだ間に合う!」
叫んだ孝介の顔を、ステージで起こった爆発の光が照らした。矢矯がどうなったかは分からない。見ている場合ではないし、見る余裕もなかった。足を止め、顔を向けたくなる衝動は起こったが、それは理性を総動員して抑えつけた。
「心配しかできないんだったら、敵を見ろ!」
叫ぶ孝介を、美星の目が捉える。
「リメンバランス」
声が聞こえたのか、感じ取れたのかは分からないが、孝介はハッキリと美星がそう言った事が分かった。
――まだ、あと二呼吸!
仁和も歯を食いしばり、美星の《導》は3段階だったと思ったからだ。
――リメンバランスの一言で《方》を高め、次の何かの記憶って一言で《導》に昇華させ、次の言葉で発動!
矢矯に《導》を向けた時の手順から、そういう事だと仁和は考えた。
だが違った。
「ラディアン――光の記憶」
2段階で、仁和と孝介の足下にまばゆい光が現れる。
「!?」
そこで気付かされた。
矢矯へ向けたから、3段階だったのだ。
矢矯を仕留める程の巨大な《導》ならば3段階が必要だが、孝介や仁和へ向けるのならば2段階の《導》で十分だと美星は踏んだのだった。
二人の足下に刻まれる十字の光は、光だけでなく熱も伴って立ち上る。
「走って!」
仁和の叫び声は半ば悲鳴だった。
二人は《導》を防ぐ手段を持っていない。
身に着けている衣装に《方》を防ぐ効果があるらしいが、完全にシャットアウトしてくれる訳ではないだろうし、第一、より具体的なエネルギーへと変えられる《導》に対しては無効だろう。
仁和も叫ぶ程度しか余裕はなかった。加速するため感知と念動を全開にする。当然、足がもつれて倒れそうになるが、倒れれば光をモロに浴びる事になる。
――孝介!
どうしても弟の事が浮かんでしまう。光が炸裂するまでにかかる時間は、高々、1秒にも満たないものであるのに、何分にも感じてしまう程だった。
孝介も同様だ。
だが、その一秒を数分にも感じてしまう事にこそ、矢矯が次のステップに進むために教えたかった事だった。
数分に感じられたからこそ、感知した情報をつなぎ合わせて、念動による身体操作と完全にシンクロさせる事ができた。
――抜けられる!
足下から立ち上る光も回避できる、と孝介は確信を持った。
事実、光のもたらした熱は背後で感じる事となり、眼前に美星の姿を捉える事ができた。
刀に手を掛ける。居合ができれば言う事はないのだが、生憎、そんな技術はない。
走りながら刀を抜く動作も練習はしていないため、素早く抜けたとは言い難く、恐らくは不格好になったはずだ。
美星もリメンバランスを回避された事を知ってか、腰に吊していた剣に手を掛けるが――、
「こっちの方が速い!」
その手を孝介の刀が斬り飛ばした。孝介が戸惑ったのは抜く事だけだ。刀を振り抜く動作に無駄はない。
そして孝介に続き、仁和の刀も鞘を掴んでいた手に命中させられた。
慣性を無にする事はできなかったため、派手にスリップしてしまうのだが、駆け抜けた二人は土煙を上げながら振り返る。
美星は悲鳴を上げていた。
だが、それは両手を失ったからではない。
矢矯が五体満足のまま、肉薄していた事に対してだ。
そして星の爆発を模した《導》には、ルゥウシェが叩き込まれていた。
「飛び上がったら避けられるし、手ェ掴んでたら味方に当たるだろ」
矢矯は嘲笑しながら、剣の柄でかち上げた。指向させた爆発だったが、ルゥウシェの手を掴んだまま跳躍した矢矯は、爆発を回避しつつ、その中にルゥウシェを置いてきたのだ。
そして矢矯のかち上げであるから、正確に美星の顎先に命中していた。脳が揺らされ、意識を寸断する。
「俺たちの勝ちだ」
改めて矢矯が宣言した。乱入は褒められた勝利ではないが、ここまで鮮やかに三人を戦闘不能にしてしまえば誰も文句はない。例え死人が一人もいなくとも。
歓声が孝介、仁和、矢矯の勝利を認めてた。
それを示すように、矢矯が入場してきた時、かけられていたユーロビートが鳴り響く。
勝利が確定した事を告げるものだ。
「最後の最後、教えてないのに次のステップに進んだな」
歓声と音楽の中、孝介と仁和へ歩み寄ってきた矢矯は、そう言ってフッと笑った。それは、本来ならば二人よりも速く美星へ切り込めた矢矯だったのに、二人の攻撃を待っていた事を告げている。
孝介も必死に美星の《導》を突破していたのに酷い、とは思わない。
「限界まで行った感じでした」
矢矯に比べれば1/10と出ていない《方》であっても、それに近づく事ができた事と、そこまで鍛えてくれた事に感謝している。
「助かりました」
仁和も同様だ。弟も自分も無事――それも無傷だ。
「……」
矢矯は笑顔で二人の肩を抱きしめるのだが、祝福はそれだけだ。
身体を離すと、今度は肩を竦め、
「練習は続けていこう。コンスタントに限界を発揮できなければ、それはまぐれと言うんだから」
「厳しいッスわ」
孝介が眉をハの字にすると、矢矯はまた笑いながら、二人の背を押して花道を退場していった。
見た目ほど楽勝でない事は、三人とも分かっている。
だが傍目に見れば勝者の三人は無傷で、敗者の三人中、二人は生きているだけマシという一方的に運びだった。
「厳しいものか」
孝介を見ながら、矢矯は苦笑い。
「本当に厳しいのは、この舞台で生き残る事じゃない」
苦笑いの意味は、矢矯のシゴキなど困難のうちに入らないという事だ。
「本当に厳しいのは、どうやって降りるかだろ」
舞台で生き残るだけならば、矢矯がいくらでも術を教えてやれる。
だが孝介と仁和が本当に必要なのは、舞台で勝ち抜く事ではなく、こんな舞台に関わらないで済むようになる事だけだ。
それは教えてやれない。
「お疲れ様です」
ヘッドセットから聞こえてきた安土の声が心なしか弾んでいた事が、少しだけ救いだった。
生還を祝う言葉であると共に、もう一つ、良い知らせがある。
「ベクターさんがメンバーに入るなら、そう簡単に制裁マッチは組まれませんよ」
矢矯の加入は、孝介と仁和に長期的な平穏をもたらす事に繋がるからだ。
「お疲れ様」
もう一度、安土はそう言った。
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