第9話「凍り付く世界と駆け抜ける嵐」

 多くの場合、舞台は小規模である。聡子さとこの命を賭けた決戦や、レバイン一派との対決が例外であり、スタジアムを使って舞台を展開させる等、秘密厳守という最前提を脅かしかねない危険な行為なのだから。


 ――いや、寧ろ丁度いい。


 いつも通りの、もっというならば、ルゥウシェを使ってはじめを惨殺した縁起がいい場所ともいえるのだから、小川は自分で自分のプライドを満足させる。


 狭い地下の、観客が1400人程度で満員となる場所は小川にとって――、


「最高の再スタートだろ」


 この言葉は、そういって気を取り直すためのものだったか?


 それとも本気で信じているから出た言葉だったのだろうか?



 少なくとも、眼下に広がる光景をカミすれば、小川の思考は開き直りと見る者が多いだろう。



「バカ野郎ー!」


 観客から野次が飛ぶ。


 舞台の内容が余りにお粗末だからだ。


 男の前に膝を着く少女は、初めて舞台に上がった時の孝介と同じく、手にしたナイフの使い方など知らない。その素性も、確かに父親は六家二十三派に連なる家の男だが、母親は違い、《導》だ《方》だといわれても分からない程度の少女。


 始まった瞬間、むやみに振り回すと言う表現そのままの行動に出て、重さに耐えかねて取り落とした所を一撃されたという風に、少女は膝を着いてしまった。


 確かに父親の血を引いているのだから、才能はあるのだろう。鍛えれば、劣等だった会よりも上手になれたでろあう片鱗はある。


 しかし特別な訓練を受けていないのでは、才能と芽吹かず、また何よりも舞台では必要不可欠ながない。



 即ち、暴力を振るう事と暴力を振るわれる事に対する耐性――戦う事への適性に密接不可分の二つが致命的に欠けている。



「女なんだから野郎じゃねェよ!」


 野次に揶揄する言葉が交わっていく。


女郎めろうってんだよ!」


 観客席の隅で起こった笑いは、瞬く間に広がっていった。


 ――確かに、普通ならばそういう展開だ。


 小川は口元を歪ませ、もしくは綻ばせ、笑った。


 女郎――その言葉が示す下卑た現実が繰り広げられるのは、想像に易い。


 ――舞台の勝者を決めるのは観客だからな。終了は、死を感じられた時か、さもなくば別の方法で観客を満足させ、降参を認めてもらった時だからな。


 この場は勝者を讃える場ではなく、敗者が尊厳を踏みにじられるのを楽しむ場である。


 舞台に上がることを選択した愚か者が、腕を失い、足を失い、血溜まりの中に沈む光景を期待して見ているからこそ、自分が望む光景が必ず現れる事が約束されている観客は落ち着いて席に着いていられるのだ。


 今も舞台上で女が命乞いを――、


「!?」


 脅し文句の一つも出そうとした男が、不意に不自然な形で膝を着く事になった。


 その原因は、当事者である舞台上の二人よりも、観客の方が先に気付く。



「乱入だ!」



 これだけは期待の声と反発の声が重なる。矢矯やはぎのように勢いで押し切るような事がない限り歓迎されない。


 不意を突いた攻撃が時間差をつけて連発され、男の四肢を次々と消し飛ばしていくような攻撃が起きていれば違うのかも知れないが、今、起こったのは即死させるような鋭さを持った一撃とは言い難かった。


「誰だよ!」


 苛立ち混じりに立ち上がる男は、攻撃が飛来してきた方向で敵を確実に捉えている。気配を殺す術を持たず、また足に食らった理由は、狙いが明らかにズレていた流れ弾に等しい一撃だったからだ。


 急所に飛来していたならば躱していた。


 態と外したという事でもない攻撃は、舞台での殺し合いに慣れていた男だからこそ回避できない。


「……」


 男の視線の先で、舞台上の少女と同世代くらいの女が竦み上がっていた。


 構えている手から放たれたのは、最も基礎的な方である念動。孝介が使ったものよりは強いが、明らかに練習不足の《方》だった。


「取り押さえて突き出せ!」


 野次が飛ぶ。観客でも舞台上に放り出せるくらいの印象しかないのだから、この乱入は明らかに失敗である。


 観客が取り押さえにかかる。離れた舞台上であるのに、百識の男に射竦められたのでは一般人でも取り押さえられる。


「連れてこい! 叩き落としても構わんぞ!」


 男があおる。


 煽りながら、舞台上にすくみ上がっている女に目を向け、


「お友達……いや違うな。ができそうだぞ?」


 下卑た視線は、より一層、挑発的で、観客席の少女と舞台上の少女に、次に襲いかかってくる悲劇を雄弁に告げている。


 その雄弁に告げている横顔へ、別の方向から衝撃が襲いかかってきた。


 それには明確な敵意があり、男は回避を選ぶ。


「何だ?」


 移した視線の先は、またしても観客席。


 先に不意打ちを仕掛けてきた少女よりは幾分、マシな立ち方をしている少女がいた。



 そして、同じ佇まいの少女が次々に立ち上がってくる!



「バンッ!」


 全員が掛け声と、念動が作り出す衝撃を放った。


 一斉に襲いかかってきた衝撃は、男が動ける空間全てを封殺できる程の数。


「クソッタレが!」


 呪いの言葉を口にした男は、《導》を操る。


 風家土師派の《導》――風だ。


 気圧を上げ、また空気の粘性を上げて防御膜とし、自身は狙ってくる相手が一望できる空中へポジショニングする。


「乱入したって事は、もう何をしても降伏できないぞ!」


 脅しのつもりでドスをきかせた声を向けた男は、まさか自分の声が自分しか聞けないとは思わなかった。


「撃て!」


 号令すらも掻き消して、そこら中から衝撃が放たれていく。


 ――何人いるんだよ!?


 数え切れない人数が、一斉に衝撃を放ってきたのだ。一つ一つは弱くとも、動ける空間を全て殺されてしまっては堪らない。


「半包囲して撃ってきてるんだろ! 反転すれば――」


 完全に包囲して、こんな撃てば出っぱなしの《方》を使う訳がないと思うのは、男が多少なりとも知識を持っているからだ。半包囲ならば兎も角、全方位して使えば、同士討ちになるのだから。


 だが半包囲していると想定して振り向いた先からも、衝撃は絶え間なく続いてくる。


「バカ野郎!」


 これは観客が飛ばした野次のような嘲りを含ませられない。



 だ。



 同士討ち、相打ち、流れ弾など無視し、観客席にあちらこちらに潜んでいた少女たちが一斉に、ただ「男の方」という程度の照準で乱射してくるのだ。



 その落着点は、舞台だけでなく観客席も含められていた。


「飽和攻撃だ。誰が撃った《方》が誰を傷つけたのか分からないくらいの」


 小川が堪えきれずに笑い始めた。


「こんな状況なら、罪悪感から急所を外す者は減る。誰を傷つけたのか分からんのだから」


 そして観客の求める惨事も、最大規模となって現れてくれるのだ。


「さぁ……さぁ!」


 小川は念動の《方》に翻弄される男と、いつ自分の席に振ってくるか分からない念動に怯えながらも、結末の光景が読めなくなった舞台に視線をまず背亡くなった観客へ、小川がアジテーターとなって声を張り上げる。


「これが、案内人・小川慎治が案内する舞台だ!」


 高らかに宣言する。



「モノクロームの一大ページョントヘようこそ!」



 生きて出られるか、それとも屍を晒すかは、終わってみないと分からなかった。

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