第8話「広がる間隙」
本来、当主争いの資格を持たない者が、父親という地位を利用して当主を傀儡にしよう等、前代未聞の出来事が起きてしまう程。
その混乱を好機と見る者も、当然、いる。
「確かに、父親も重要ですね」
男たちを前にして、小川は笑みを見せた。浮かべた理由が安心させるためだっただけに、また当主の血を引く事を重要視する六家二十三派にとって、父親の能力は兎も角、「誰か」などという事が重要ではない事を知っているだけに、笑みは取り繕ったものだったが。
しかし眼前の男たちは気にしない。小川の
「当主の血を引く事は確かに重要ですが、その主旨は優れた百識を輩出し続ける事。この場合の優れるとは、《導》を引き継いでいく事を指しておらず、強くなり続けることを意味しているはずです」
立て板に水とばかりに言葉を
「父親になる男性の百識も重要です。母親が当主でも、父親がクズでは話にならない」
百識のシステムとは本来、そういうものだったはずだと、小川は言外に告げていた。
六家二十三派の男は当主になる権利は持たないが、優れた百識は他家の当主に選ばれ、次の当主の父親になる事はある。
とはいえ、同時期に複数の男と関係を結んでいる事もある六家二十三派の当主であるから、娘の父親が誰かなどわかったものではないのだが。
「今は、DNA艦艇でも何でもありますからね。父親が誰かを解き明かすのは簡単です」
小川は、集まってきた男たちが、自分に何を期待しているかを察している。
「今こそ、自分の娘を六家二十三派の当主に据える好機ですね」
久保居真矢を殺した男と同様に、自分の娘を六家二十三派の当主にしたい男たちだ。
だが目論見を頭に思い描いてしまう時、どうしても小川は笑いを我慢しなければならない。
――そんな簡単な話じゃないのにな。
浮かべそうになってしまうのは嘲笑だ。
六家二十三派にいる娘を当主にしたい訳ではない。会の姉妹たちがそうであったように、六家二十三派で当主争いをしている百識は、皆、今の方針に疑問を抱いていないし、急激な改革など望んでいないのだから。
――外で作った女百識。つまり新家だ。
そこに小川は笑ってしまう。
――
確かに父親も、当主の血を引いている者もいる。男系に移るが当主の血は続いていくというかも知れないが、この男たちで当主の《導》にまで辿り着けた者が果たして何人いる事か。
――いないだろ?
ならば娘が《導》を操れたとしても、いうなればルウウシェやアヤにも劣る、
――おいおい、強くなり続ける事を命題にしているとかいったけど、命題が崩れてるぞ。
その点に辿り着いてしまうが故に、浮かんでくる嘲笑を噛み殺すのは段々と難しくなっていくのだが、小川は嘲笑を柔和な笑みに変えていく。
小川の笑みに、如何なる感情、意味があろうとも関係ない、と男が口を開く。
「新家と六家二十三派の女とを戦わせる舞台を整えられる案内人だと聞いた」
それが重要だ。
「はい。新家と、六家二十三派の女……
胸を反らせる小川であったが、「まぁ」と語尾には一つ付け加えた。
「そんな連中も戦死してしまいましたが。しかし新家対新家の戦いでしたから、寧ろ舞台での興味は、新家に移っているといってもいいかも知れませんね」
これは小川の口から出任せ。
確かに
――新家対新家で観客が期待するカードはない。
それでは小川に、舞台をセッティングする旨味がない。
小川が舞台をセッティングするのは、陽大や
ただこの場合は、後者に当て嵌まる。
「六家二十三派の何人かと、当てるようにセッティングして行きましょうか?」
脅威の新家はまだまだ存在する事をアピールできれば、小川の案内人としての株は上がる。
――六家二十三派の混乱は、舞台をより活性化させられる。活性化させるのは俺だ。俺が、舞台の運営になくてはならない案内人になれば……。
野望という名の火が点いた。
――いいや、この人数を動員できるんだ。なら……だ。
案内人などと小さな事はいわずに済む未来があるではないか。
――俺こそが舞台の支配人だ。
そうなれば、聡子の保証など反故にできる。
――
今度こそ小川の顔には、自身の本性をにじみ出させた表情が浮かんでいた。
――汚名挽回だ!
彼にとっても利害とは、絶対のルール。
「セッティングしていきましょう。六家二十三派にも劣らない娘たちがいる事を証明していくために」
小川の手に余る人数が動く事になる。
それは、舞台のキャパシティに、どう関わっていくだろうか?
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