第10話「嵐の中の一門」
もしも乱入者が単独、或いはそれに近い少人数であったならば、小石を投げているに等しい念動しか持っていなかったならばブーイングの嵐が巻き起こっていたはずだ。
念動、障壁、感知は最も基本的な《方》であるから、それが弱いのでは、観客から見れば何をしに出て来たのか分からない。
だが、それが数十人という人数になれば話は違う。
数対質とでもいうべき状況は珍しい。
互いに乱入者を繰り出し、
とはいえ、《導》が使える男からすれば、数だけ揃えられても毛ほども傷つけられない念動を浴びせられている事に関する感想は一言しかないが。
「
苛立ちを声に出す男は、身体を覆う空気の層を分厚くしていく。障壁だの結界だのを作るまでもなく、男が操る風の《導》は攻防に使える。
念動が空気の層にぶつかる度に、宙に波紋が浮かぶ状況も、観客から見れば物珍しい事だった。
「効かないんだよ、全然!」
苛立ちは怒りを呼び、その言葉を乗せる声は烈火の如く激しいものであるが、言葉で止まるならば舞台に上がる決断をする者など皆無。
それでも多少は緩み、男の周囲に起きる波紋の量が減った。
減ったが、それでも完全に包囲された状態で浴びせられているのでは身動きできない状況が続く。
その結果、起こるのは――、
「
狙いなど無視して《導》を放った。
それは乱入者がいる場所、即ち観客席へ向けられて。
「バカ野郎!」
一瞬で歓声は怒号へと姿を変えた。観客席へ流れ弾が飛んでくる事は時偶、あるが、直接、狙われる事は少ない。
それは丁度、
「ははははは!」
小川が思わず笑ってしまう結果、即ち被弾だ。上野アヤのレーベンミーティアは乙矢の魔法が無効化したが、そんな手段を持つ百識が観客席にいるはずもないのだから。
「止めさせろ!」
次の被弾が自分になるかも知れないと感じた観客が怒鳴るが、この状況こそが小川を笑わせている。
――勝敗は観客が決めるっていうけど、決められるか?
アヤの時とよく似ていた。
口々に叫ばれているのは、この舞台を中止しろという言葉であるが――、
「もういい! あんな奴、負けにしてしまえ!」
男を負けにしろという言葉。
「いいや、あいつの勝ちでいいだろ! こんな雑魚しかいないんだから、追い出せ!」
念動を集団で使っている側を負けにしろという言葉。
「もう無効だ無効! 両方にペナルティだ!」
そもそもなかった事にしろという言葉。
小川は笑ってしまう。
――統一しろ。でなきゃ無理だ。
全員がどちらかの勝ちを宣告したならば止まるかも知れないが、別れていては止まらない。
ましてや双方共にペナルティを与えろといわれては、止まりようもない。
混沌である。
「舞台を、混沌が支配したぞ」
小川の笑みは、少し様子を変えた。
可笑しいから笑っていた顔から、勝機を見出した事への笑みへと。
「出番だ」
自分の横に座っている女に声を向ける。念動を放っている者とは扱いが違うのは、この女だけは《導》が使えるからだ。
「はい」
女は立ち上がり、
「
女が放った《導》は、炎。
そして男が身を守るために展開させている空気の層は、必然的に酸素濃度が高い。
そこへ《導》の炎が、正しく弾丸の速さで伸びていく!
「うわッ!」
誰もが顔の前を手で覆い、目を
耳を
そして熱。
舞台で最も喜ばれる状況――惨状だ。
「この……野郎……」
それでも意識を保っていた男は、《導》が使える高級な百識故だろうか。
だが身体を風の《導》で飛翔させる余力はなく、軟着陸とはいい難い体で倒れ込むことになったが。
「罪を
そこへ小川の横から女が跳躍した。
「罰を
両手に蓄えた《方》を《導》へ昇華させ、炎と化させる。
「燃えちまえ!」
頭上からに叩きつけられた炎は、とどめの一撃。
しかし男が消し炭になったというのに、声は上がらなかった。
あまりにも様々な事が起きすぎた。観客席にも被害があり、また小川が集めた百識たちにも当然、被害が出ている。
無傷といえるのは皆無――かと思えば、一人だけいる。
小川だ。
小川はすくっと立ち上がり、いう。
「新しい時代の、訪れなり」
これが小川がプロデュースしていく舞台なのだと、圧倒的な衝撃と共に観客に叩きつけたのだ。
そして、そのあまりにも堂々とした態度には……、
歓声が上がった。
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