第9話「真弓と乙矢の部屋にて」

 室内に誘い入れた二人に対し、真弓は頻りに「おかえり」と「いらっしゃい」を繰り返していた。聡子は面食らった顔を引っ込められないが、基の方は慣れたもの。こんな真弓だからこそ――自分が持っていなかった積極性にこそ惹かれたのだ。


「友達できたの? よろしくね」


 所在なげになりそうな聡子へも、真弓は積極的に声をかけていく。


「ここのミルクセーキ、おいしいよね」


 基とお揃いで持っているマグカップに目を向けた所で、真弓は「おっと」とマシンガントークに一息吐かせる。


「私は、久保居真弓。あなたは?」


 まずは自己紹介だ。


「本筈聡子……です」


 消え入りそうな声だったが、真弓は「そっかそっか」と頷いた。


「鳥打くん、頼もしいでしょう? 本筈ちゃんは、優しそうね」


 これも社交辞令と取れる言葉であるが、真弓の口調はそれを感じさせない。


 事実、真弓は聡子の性格を見抜いて言葉を選んでいる。


 ――鳥打くんが落ち着いてるんだから、優しくないはずがないでしょ。


 基の性格は知っている。その基が落ち着いているのだから、聡子の性格は分かる。


 ――優しい本筈ちゃんと、少し頼もしくなった鳥打くん。どっちも少し不器用。不器用だから、お互いに優しくないと友達にはなれない。


 その見立ては間違っていない。優しいからこそ、聡子は基に言葉をかけられた。しかし不器用だったからこそ強がってしまい、「手下になって」と言ってしまった。それを訂正できない不器用さを察せられたのも、基の優しさだ。


 乙矢も同感だ。 


 しかし乙矢は基に目を向けたまま、首を傾げさせられていた。


「鳥打くん、何か……」


「はい?」


 基が顔を向けると、乙矢は首を傾げたまま、目を細めた。


「何だか……変わった?」


 それは基の雰囲気や幼さに対しての言葉ではない。



「……《方》が、使える?」



 百識特有の気配を感じられたのは、乙矢も希有な百識であるからだ。


「ほ、ほう?」


 基は分からないと言う顔をするが、乙矢は真弓に目配せし、基の背後で紅茶の入ったカップを持ち上げさせた。


「今、真弓ちゃんが持ってるものは?」


「……」


 基は目を丸くした後、振り返って確認しようとしたのだが、乙矢が手を伸ばして顔を固定させた。


「何を持ってるか分かる?」


「マグカップ?」


 基は即答した。目が覚めた時と同じを、不快感を我慢して巡らせたのだった。


「……感知が使えるようになっているわ」


 基の顔から手を放しながら、乙矢はふぅと溜息を吐いた。


 こう言う現象が起こる事に心当たりがあった。



「医療の《導》かしら?」



 医療の《導》で蘇った者には、かなりの確率で《方》が目覚めたという記録を知っていた。


 基が蘇ってきた存在である事は疑いない。


 そして聡子がここにいる事で、乙矢は確信した。


「本筈さんの《導》かしら?」


 乙矢の視線が移ると、聡子はビクッと身体を硬くした。何かを責められているような気分になってしまう。


「……」


 基は黙って立ち位置を変え、聡子と乙矢の間に割り込む。


「乙矢さん……」


 基も同様に聡子が責められているように感じたからであるが、乙矢は誤解を解くより優先して言葉を続けた。


「大切な事なの。蘇らせた?」


 乙矢は責めているような口調だという自覚がある上で言っている。


「……はい」


 聡子が頷くと、すかさず真弓が駆け寄って、基と聡子を抱きしめる。


「よく言ったね。よく言った。頑張った!」


 基の友達ならば、同じ境遇だ。責められるような口調を向けられれば、足が竦むような恐怖を覚える。


 真弓に「ありがとうございます」と答えられたのは、やはり聡子の優しさだ。


「ごめんなさいね」


 乙矢も声のトーンをいつもの調子に戻し、頭を下げた。


 それが基にも、大事な事だったのだ、と教えてくれた。


 その証拠に、乙矢は自分の椅子に座ると、深く溜息を吐いている。


「ごめんなさい。本当に命を吹き込む事と、仮の命を与えるのでは意味が違うのよ」


 言い方の違いだけではないのは、聡子も知らない。


「どういう事?」


 真弓も二人を抱きしめたまま、首だけ乙矢へ向けているのだから分かっていない。


「死体をゾンビみたいにする《導》はあるけれど、それは蘇りとは違うの。百識が死ねば、そういう《導》で命を与えられた者も死ぬ」


 百識とゾンビは一蓮托生と言う事だが、基に振るった聡子の《導》は違うのだ。



「だけど蘇りは、それがない」



 聡子が殺されたとしても、基は生き残る。


「本筈さんが背負ってる鞄に入ってる二人も、同様にね」


 乙矢はペテルとカミーラを見抜いていた。


「……気づかれてましたか」


 聡子のリュックから、のそのそとクマのぬいぐるみが出てくる。


「クマ?」


 シュールな光景だと目を丸くする真弓だったが、そのぬいぐるみはすぐに姿を消し、長身の男に変わる。


「意外」


 カミーラはぬいぐるみではなく、人の姿で現れた。


「……もう増やしてた訳か……」


 乙矢が渋い顔をさせられていた。


 しかし新しい命の創造が、どれ程の意味を持つか、それは聡子や基は勿論、真弓も分かっていない。

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