第6話「破滅から抜ける道」

「舞台ですか……」


 小川は勿体もったい付けるようによどんだ。胸ポケットからタバコを取り出し、口元に持っていく。分煙、あるいは禁煙が増えている昨今、珍しいが、ここは昼のカフェ営業中も喫煙可能だ。


「何があるというんですか? 世話人でしょう?」


 紀子みちこ伝手つてを、文字通り手繰たぐせて掴んだのだから、みやびの声は苛立ちがあった。


 ――あれだけの数の六家りっけ二十三派にじゅうさんぱ百識ひゃくしきと繋がってる世話人なんて、他にいないんだ。勿体付けるつもりか?


 世話人はそれぞれ目玉となるような百識を抱えているが、そこに六家二十三波に繋がる相手を、ルゥウシェ、石井、アヤ、ともと4人も揃えている世話人は小川くらいだ。


 雅が組んでいた紀子は自身が六家二十三派であったため、他に六家二十三派と繋がりのある百識と関わる事はなかった。


 ――勝手が違う。


 どう間合いを詰めていったものかわからない雅は、必然的に口調も態度もとげとげしくなっていく。


 その雰囲気は如実にょじつであるから、小川も感じ取れない程、鈍感ではない。


 だが、その程度で慌てているのでは世話人の仕事などできないと小川も心得ている。


「今、世話人の仕事を休んでるんです」


 小川が紫煙と共に吐き出した言葉は、重苦しかった。


 元々、世話人を副業としか思っていない小川であるから、世話人の仕事は休み休みとしかいいようがないのだが、それを「休んでする」と明言するのは、特別な理由があるからだ。


「……」


 とはいえ、小川もその理由を口にはしない。



 ――六家二十三派に関係する百識を総動員して新家しんけに敗れたなんぞ、口が裂けてもいえねェ。



 雲家うんけ衛藤派えとうは海家かいけ涼月派すずきは火家かけ上野派こうづけの百識を動員しながら、新家に敗れた――レバインのような者までが六家二十三派の凋落ちょうらくを感じる事態になる引き金を引いたのは、小川だからだ。


 ――知ってるだろうに。


 小川が顔に苦みを滲ませた。雅とて六家二十三派の一つ、風家ふうけ土師派はじはの紀子と関わってきたのだから、小川の窮状くらい知っているはずだ。


 それを敢えて小川の元へ来るなど、嫌味以外の意味がない。


 ――何の用だと文句の一つもいっていいな。


 タバコをゆっくりと吸う小川は、吸わなければ際限なく呪いの言葉を吐き出したくなってしまっている。


 しかし苛立ちを飲み込まなければならないのは雅も同じ。


「……」


 雅もタバコに火を付けて口にくわえる。


 しかし紫煙は黙って吐き出すのではなく、言葉と共に、だ。


「問題があるんですか?」


 ともすれば喧嘩腰ととられかねない剣呑な態度であったが、この時こそが小川と雅の気持ちが繋がった時だった。


 小川が感じている苛立ちは、六家二十三派を擁しながら新家に敗れたお陰で、本来、調整役である世話人の仕事がしにくい所へ話を持ってこられた点だ。


 ――話を持っていけん。


 小川と関わりたい百識はいない。無論、舞台に上がりたいと手を上げるのは百識ばかりではなく生活に窮した一般人もいるが、小川は自分が犯罪者だと断じた者としか関わりたくない気持ちがある。


 しかし雅が持っていきたいのは――、



「仕事をしにくくした原因者と、戦わせて欲しいんですよ」



 雅が欲しいのは、石井が作った日本刀であり、それを持つ百識を斃す事だ。


 ――繋がりが断たれた訳じゃないんだろうが。


 雅はまだ長かったタバコを灰皿に擦りつけ、睨み付けるように目を細めた。


 小川は対照的に、タバコを持った手が完全に止まる。


「あの7人と?」


 手は止まってしまった小川だが、口は動いてくれた。


 7人というのが、これは正確ではない。


「いえ、6人」


 雅が訂正するように、開いた左手と人差し指だけを立てた右手を突きつけると、小川はやっとタバコを持った手を下ろし、雅と同じく灰皿に擦りつけた。


「確かに、バッシュは亡くなっていますからね」


 調べた上で来ているという確信が、小川の気持ちをほぐした。


 その気持ちの変化こそ、雅が導き出したかったものだ。思い通りに進まなかった事が苛立ちだったのだから、雅の苛立ちも消える。


「失敗した理由は、六家二十三派がどうのこうのというのではなく、その7人が弱かったから――」


 乗ってこいと気が乗り、手にしていたタバコの箱を握りつぶしてしまうが、そんな感触は忘れてしまう。


「それを証明できれば? 私たちが証明できれば?」


 新家が六家二十三派を破ったのではなく、弱いから負けた事にしてしまえばいい、と雅はいっている。


「全員、連敗を喫した事が、今の騒動を起こした訳でしょう?」


 六家二十三派を軽視する空気を作り出した原因を口にした雅は、そこで若干、身を乗り出した。



「だが3連敗となれば……?」



 雅たちの勝利にタイミングを合わせ、小川は喧伝すればいい。


 ――ルゥウシェたち個人が劣等であったとすれば……?


 小川もその答えを出すのは素早かった。


 しかし飛びつくような真似はしない。飛びついては失敗するという哲学がある訳ではなく、足下を見られてはならないというプライドだけだ。


「勝てるという話……担保は?」


 改めてタバコを一つ、手に取った。余裕を見せ、余裕を取り戻すために。


 くわえ、火を付けようとしたところで、雅から側頭があった。


「あります」


 雅が示すのは、日本刀。


「……それは……?」


 訪ねた小川も見覚えがある。


「死んだバッシュが持っていた、《導》で作られた刀ですよ。ただし、新しい《導》もかけますが……」


 雅の言葉は、ライターを構えたまま小川を固まらせた。

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