第13話「現実は、否応なしに進んでいく」

 安土が世話人として生き残る術として選んでいるのは、舞台に上がる者に最適のコーチ役を付ける事だ。


 それを実行し続けてきた。


 孝介こうすけ仁和になには矢矯やはぎを。


 陽大あきひろには弓削ゆげを。


 はじめにはきよしを。


 それぞれ最も適した《方》を身に着けさせ、確実に生き残る術としてこられていた。


 ――ヒビを入れてしまった?


 愛車に乗り込みながら、女医は舌打ちしていた。


 今の状態で、孝介に最適な《方》を身に着けさせられるのが弓削である事に間違いはないと思っているが、まず話を持っていかなければならなかったのは、直接の師である矢矯だった。


 ――いった方がいいかしら?


 女医が目をやる先にはスマートフォンがある。安土へ連絡しておいた方がいいかと考えたが、迷わされた。矢矯と孝介の仲が険悪になってしまった事を告げれば、安土ならば何か打つ手を見つけられるかも知れない。



 きっと正解だろう。


 ――説明を、最初からする?


 だが、それが浮かばない。女医とい何もかもを知っている訳ではない。


 女医が知っている事は、何かの理由で孝介が一人で舞台へ上がり、石井から呪詛の《導》を受けた事だけだ。


 その呪詛の《導》を打ち破れる可能性があるのは、医療の《導》を持つ聡子しか浮かばず、防ぐ手段は念動と感知を全開にして防ぐか、新たに障壁の《方》を身に着けさせるかなかった。


 ――それは間違いないけれど。


 その確信に変わりはないが、人間関係を崩してしまっては元も子もない事も、女医は心得ている。的場姉弟のチームが制裁マッチを免れているのは、矢矯が強く関わっている。孝介だけ弓削のチームに入れるというのも、角が立つのでは意味がない。


「頭を抱えるでしょうね」


 妹の苦悩が浮かぶのだが、女医は路肩に愛車を寄せるとスマートフォンを手に取った。


「もしもし――」


 コールは極々、短かった。





 医務室のベッドに身体を横たえた師弟は、共に眠れない夜を過ごす事となっていた。


「寝れねェな……」


 目が覚めてしまっては、孝介は《方》による防御を行わなければ正気を保っていられない。意識を失っている間も精神的に攻撃してくるのだから、石井の呪詛は本物だ。


「……」


 ベンゾジアゼピン系とチエノトリアゾロジアゼピン系の睡眠導入剤を併用しても、今夜ばかりは矢矯も眠れなかった。


 ――弓削ゆげ わたる……。


 矢矯は弓削と面識らしい面識はないが、自分と同じアプローチで《方》を駆使する男がいる事は知っていた。


 弓削は矢矯に対し、似たような《方》の使い方をするというので反発を覚えているが、矢矯にはなかった。《方》の使い方に専売特許はないのだが、似たような使い方というならば、身体操作を全て手動で行うという二人の《方》は、あまりにも個性が強すぎる。理屈は簡単だが誰にも真似ができず、そもそも人に教えるにも手間も時間もかかる。


 それを仕方がないと思うのが矢矯で、仕方ないと思わなかったのが弓削であり、故に反発を覚えなかった。


 だが、今、この瞬間までだ。


 ――何で、俺より先に話を持っていく。


 まだ知り合って長いとはいい難いが、それでも弓削よりは信頼関係を築ける時間はあったはずだ、と矢矯は思う。


 自分への不信感か、それとも弓削が優れているのか――元より執着心の強い矢矯であるから、そのスパイラルは止まらない。


 ただし手はあるのかと問われても、矢矯には障壁の《方》はなく、念動の使い方とて、誰でも使えるパッケージ化は不可能ときている。これら《方》をパッケージ化し、自由自在に発動させ、制御できる手腕を持っていたならば、こんな嫉妬は起こらないかったかも知れないが、そうではない現実が阻んだ。


 ただ二人とも出せる言葉は共通している。


 ――どうでもいいか。


 結論ではない。


 よくはない――そう思っている。





 新家しんけは《方》の進歩、進化に興味を持たない。百識ひゃくしきとして身を立てられる程の遣い手は希である。


 その点に於いて、みやびは希有な百識ひゃくしきだった。


 舞台用の衣装を手に、雅はウエスでゆっくりと磨いていく。白地に赤がワンポイントのように入った全身鎧と鉄仮面は、ヒーロー然としていると同時に、ヒール的でもある。


 武器としているのは小振りな片手用の剣。しかし柄尻は連結できるようになっており、双刀身の剣としても使う事ができるようになっている。


 丁寧にウエスで磨き上げる武器を、雅はランサーと呼んでいた。


「即ち《方》とは、方向を示すもの。つまりエネルギーの発生」


 ランサーを磨きながら独り言ちる。


「そのエネルギーは、身体に流す事で身体強化や感覚の鋭敏化をもたらす。放出する事で、障壁や念動にできるし、集束させ、ビームや或いはボールのような形にする事もできるが、威力は弱い」


 雅も基本攻撃は接近戦だ。身体強化と感覚の鋭敏化――標準的な《方》を駆使する事で、ランサーを強力な武器にする。全身鎧と鉄仮面も、外見ばかりを重視している訳ではない。接近戦で起こる衝突という事故を防ぐためだ。


「それに対し、《導》はエネルギーを具体的な事象に変換する。プラス側に使えば炎に、マイナス側へ使えば氷に、双方に揺すれば雷に変わる」


 ルゥウシェのリメンバランスは、この原理を利用している。炎や氷、また基が操る魔晶氷結樹結界のような水晶を模した結界になる事が、《方》と《導》が持つ最大の違いだ。


 しかし口でいう程、簡単なモノではない。


「だが適切な動作、言葉を使わなければ発動しないか、発動しても弱いモノになる」


 適切な動作と言葉――これを乙矢と真弓は時間計測のためだと判断し、コンピュータ制御によって《導》を発動させる事に成功した――が、新家にはネックとなる。


 確実に発動させる手順を、ただ望むだけで完結させる事を指して、矢矯や弓削はパッケージ化と呼んでいる。


 それは本来、門外不出の技だ。


 百識が自らの機知で作り上げるしかなく、そこまでの研鑽を積める百識が新家にはいない。


 雅とて、いい方は悪いが食うや食わず同然の生活をしているのでは、研鑽などする暇がない。百識として身を立てたい訳ではなく、物書きとして大成するのが望みなのだから余計だ。


 コンピュータ制御という新たな一手も、気付いた乙矢と真弓が優秀なのであって、辿り着ける百識は無縁だ。


 そして雅も優秀だ。



「だが《方》には《方》の利点がある」



 パッケージ化の一手に気付いた。


「エネルギーは無属性。故に、どんな防御でも一定以上のダメージを見込める」


 具体的な事象に変えるものではないため、《導》とはいえないのかも知れないが、いずれ《導》に置き換えられると雅は思っている。


 ランサーの中心に光が点る。それは孝介が初戦で戦った女が作り出した光球と似ている。《方》のエネルギーを可視化できる程、集めたものだ。


「……」


 その光を見つめる雅の目は、心持ち笑っていた。

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