第2話「六家二十三派・雲家衛藤派」
北県へと渡り、そこから新幹線とローカル線を乗り継いだ先にルゥウシェの実家がある。
それがルゥウシェの実家である。
衛藤家は地元では誰もが知る資産家であるが、もう一つ、「知る人ぞ知る」顔がある。
百識がいつから存在しているかと言われれば、様々に意見がある。極々、最近であると言う者も言えば、この国で最も古い血筋であると言う者もいるが、それら全員が、唯一、共通して考えているのが、その六家二十三派が最も古い血筋であると言う事だ。
百識を大雑把に分けて、六家二十三派ある。他にも独自の集団も存在するが、それらは複雑で専門家など存在しない百識の世界では、誰も全容を把握していない。
その六家――五家という説もあるが、六という説が優勢――から派生した二十三派が、文献で遡れる限界であるから、現在まで残っている百識の家系で最古という事になる。
故にルゥウシェの出自は、百識の中ではエリート中のエリートであると言える。
「ふぅ」
本家までの道程は、ダメージを負ったままのルゥウシェには辛いものがあった。
他家がどうであるかは知らないが、衛藤家は交通の便がお世辞にも良いとは言えない所にあるからだ。
ローカル線の駅からは徒歩だ。
衛藤家の屋敷までは相当な距離があるが、バスが寸前まで連れて行ってくれると言う様な事はない。
「ふぅ」
今度は溜息ではなく深呼吸だった。駅からでも見えるような巨大な邸宅は、ここからでも車で行くような距離にある。
その距離は、衛藤家が決して来客を歓迎していない事を示している。
去る者は追わないが来る者は選ぶ、と言えば聞こえはいいが、そこまでしてでも来たい者だけ来いと言う事だ。
ローカル線しか通っていない場所であるから、タクシーをすぐ拾えるわけでもなく、結局は歩く事になる。
ルゥウシェでも、《導》や《方》を使って移動する方が歩くよりも早くて楽、という訳ではない。そもそも身体強化は得意な分野ではなく、障壁を作る事はできるが、弓削のように身体操作に使うような発想はない。
休憩を挟みつつ、半日かけて移動する。
見上げるしかないような正門まで辿り着いた頃には、日は中天を越えて陰りを見せ始めていた。
ここに――「実家」に帰るのがいつ以来であるか、もう思い出せなかった。家を出て以降、ろくに帰ってきていなかったのは確かだ。
勝手口ではなく玄関から入る程、敷居が高かった。
「ごめん下さい」
それが実家に戻ってきた際に言う言葉に相応しくない自覚はあったが、それでも言ってしまう。
「あら」
出て来たのは、開衿ブラウスに茶のスカートと言う出で立ちの、いかにも婆やと言った姿の女。
「
意外な顔だと目を見張った婆やに、ルゥウシェは「ご無沙汰しています」と頭を下げた。椎子と本名で呼ばれたのも、久しぶりだった。
「ご当主様は、おられますか?」
声も余所行きになっていた。
当然だ。
それでも婆やも怪訝そうな表情を隠そうとしないのだから。
「……伺ってきましょう」
「お願いします」
はにかんでみせるルゥウシェは、クスクスと笑いかけられているような感覚に陥っていた。
事実、笑っている相手はいる。
――盗み見?
気配を読んだルゥウシェが目を向けるが、盗み見ではない。
数人分の人影は、隠れようともしていないのだから。
衛藤家の次代を担う百識たちだ。
揃いも揃ってルゥウシェへ侮蔑の目を向けているのは、皆、女子だ。
これも不思議な事ではない。
六家二十三派に属する百識は、例外なく女系、女権である。
これは血統を何より重要視するが故だった。今でこそ、DNA判定で血縁関係の有無が分かるが、六家二十三派の歴史に比べれば極々、最近の事。
源平の時代以前から存在している百識にとっては、「誰から生まれたか」しか確実なものがなかった。
男系であれば、子供が父親の血を引いているか否かの可能性は、どこまで行っても可能性でしかないが、女系ならば父親が誰であろうと母親の血を継いでいる。男系ならば当然の如く起きる正室と側室、長男と次男の争いも、それ故だ。正室ならば男を断たせて囲い込む事も可能であるが、側室までは手が回らない。正室とて初産は兎も角、それ以降は子弟の育成にも手がかかるため緩くなり、結果、当主の血を引かない子供が生まれる可能性は高まってしまう。人数を揃えるのならば男系が向くのだが、そう言った血統を何としてでも守ろうとするならば女系の方が確実だ、と六家二十三派の先達は判断したのだろう。
結果、父親が誰であろうと、確実に当主の血を引いている女子たちは、当主争いを「能力」の一点で争う事ができる。だから六家二十三派は女系、女権だった。
今、ルゥウシェへと嘲笑を向けている女子は全員、熾烈な競争を戦っている。まるで競走馬でも作るかのように、優れた百識を残す事に邁進する衛藤家であるから、当主になれなかったルゥウシェは「落伍者」だ。
――今、何をしてるんだったっけ?
――舞台女優? 声優? アイドル? 忘れた。
――どれも芽が出てないんでしょう?
聞こえるように言っているのか、それとも聞こえないように言っているのかは分からないが、ルゥウシェの耳には確かに嘲笑が届いていた。当主争いは子供を産めるようになった年齢から始まるから、その子たちが当主争いに加わっていてもおかしくはない。最前線で戦い始めたばかりならば、ルゥウシェを負け犬と
それでも否応なく頭に来るのだが、ここで爆発させるわけにはいかない。
――概ね、合ってる。概ね、合ってる。
当主になれなかったのだから、負けた事に違いはない。もう当主の座など狙えない程、衰えているわけでもないのに、挑まないのだから、言われている通りの境遇だ、と考える事で気を静めようとしている。
「椎子様」
婆やが声を掛けてきた所で、自分が息を荒くしていた事を自覚させられた。
「お会いになるそうですよ」
普通はアポイントメントがなければ会わない――会えない相手であるが、身内となれば話は別と考えてくれたのかも知れない。
「どうぞ」
婆やに案内される広い衛藤家の屋敷は、ルゥウシェが知っている頃とは様変わりしてしまっていた。そもそも家の歴史と同じくらいの時を、増改築を繰り返して過ごしてきた屋敷だ。今も、それは変わらない。
和式とか思えば洋式にと変化している室内は、和洋折衷とも言えない。
――節操がない。
ルゥウシェまでもそう思う邸内を見回せば、ロココ調もヴィクトリアン調もバロック調も、何もかもを無造作に並べられている。
その様は、寧ろごった煮――まるで明治の成金が、差し当たって集め、並べてみたと言う感じだ。当主が代わる度に増えていったのだから、当然と言えば当然かも知れない。
そして案内されたのは、応接間ではなく書斎。
「では」
婆やは扉を開けた所で一礼し、室内へは椎子が一人で入る。
書斎というが、その言葉から受ける印象を徹底していた。調度品は一切なく、机と本棚に囲まれた広い部屋は、あまりにも無機質だった。
「珍しいですね」
衛藤家の現当主は、やはり他の者と同じく冷たいものだった。
ルゥウシェが何を求めて来たのかくらい察せている。
「他の百識に後れを取り、劇団を潰すか潰さないかの瀬戸際なのでしょう?」
ソファーなどない部屋であるから、お互い立ったままルゥウシェへと言葉を向けた。
「……」
返事を躊躇したルゥウシェは、躊躇した事が返事だ。
「喉の包帯を見れば分かります」
そんな傷であるから、《導》で敗れたわけではなく格闘戦で敗れた事も分かる。
「殴る蹴るぶっ飛ばすしか能のない相手に……」
それこそが屈辱だと、当主の目が細められた。
剣呑さが増すのだが、ルゥウシェは何も言わない。この場合、耐える事が優先されるべきだと知っていた。
それでも足が竦む。こんな家に生まれていながら、貧乏劇団を維持するのがやっと――舞台に上がって稼いでいるのだから、本当はやっととも言えない――と言う
――消える? なくなる? それは嫌!
ルゥウシェにとって貧乏劇団は、趣味や仕事を超越した存在になってしまっている。
居場所だ。
ここで出してもらえなければ、ルゥウシェは自身の居場所を失う。
だから黙って、顔を伏せてやり過ごし、場合によっては
「……」
言いたい嫌みはまだまだあったのだが、当主は言葉を切った。自分がどれだけの嫌みや皮肉を言っても、ルゥウシェが引き下がらないと感じ取った。
「この切りは――まぁ」
そこから先の言葉は、当主もあまり余人に聞かせたくはなかったかも知れない。
「出しましょう」
ルゥウシェが要求する金額など衛藤家にとっては
六家二十三派が愛するのは才能のみなのだから。
――この
そう思った事も口には出さない。
「ありがとうございます!」
また一段と深く頭を下げるルゥウシェは、暫く動かなかった。
「……もういいです」
当主がそう言うまで。
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