第14話「Last dance」
安土がこういうのは、覆す事ができない決定事項である、と言外に告げている時だけだ。
――それで引き下がる人ではありませんね。
ただ安土も矢矯の気性を知っているだけに、一言だけで終わらせるような事はなかった。
「それに、仁和さんは兎も角、孝介くんは下ろせませんよ」
仁和ではなく基を降ろすには、それ相応の理由がある。
「仁和さんは、小川さんとの団体戦で敗れていますが、孝介くんは勝っています。この相手は、
勝者の孝介と敗者の仁和では、観客の扱いが違うのだ。
「なら、
降ろせるのかといい返す矢矯に対し、安土は「それも扱いが違います」と切り捨てた。
「鳥打くんは、聡子さんの《導》によって使役されている、という扱いだからです」
安土陣営の三番手として登場し、首の皮一枚で繋がる勝利を収めた基は、聡子が医療の《導》によって生き返らせた死者という扱い――即ち、聡子が関わらない舞台には、上げる理由がない。
「他に下ろせる人がいないのです」
他の敗者といえば
つまり、孝介が上がる事は、安土が主となっている舞台であったとしても、逃れ得ぬ事だったのだ。
「構いませんよ」
孝介の発言が矢矯の追求を止めた。
「姉さんが降りれるなら、俺は上がりますよ」
そういいながら、孝介は左手で持っている剣を持ち上げて見せた。
仁和の剣だ。ルゥウシェに折られて以降、孝介の剣は再生産されていない。
「……」
矢矯も孝介がそういうのならば、基を上げて、孝介を降ろせとはいえない。
そんな言葉の代わりに、矢矯は自分の剣を持った手を孝介へ突き出した。
交換しろ――そういう意味だ。
超硬金属を機械鍛造して作られた工業製品であるが故に、矢矯の剣も仁和の剣も優劣はない。
だが優劣ではない、別の次元にあるものを感じられるのが、矢矯と孝介だ。
「……」
孝介も無言で仁和の剣を差し出した。
――これまた古風な……。
道具に宿った意志でも交換しているのか、と感じる
――ベクターさんの剣が、選りすぐれているというのならば兎も角……。
しかし、そう思うのは梓だけだ。
「
気持ちで品物の価値が上がるとは考えていないし、孝介がどう感じようと、矢矯がどれ程の思いを込めていようとも、超硬金属の剣に特別な何か力は宿らない。
しかし今、二人が交換している券には、特別な何かが宿っている、と思うメンタリティが、今の会にはあった。
「失礼しました」
梓は気が付けば頭を下げていた。
「弓波さん?」
孝介がきょとんとした顔をするが、恐らくは梓の方が、もっとそういう顔をしていた。
「会?」
会も目を丸くしていると、梓は顔を上げ、誤魔化すように笑みを浮かべた。
「いいえ、何だか統一性のない衣装になってしまった……と思ってしまったものですから」
そういって一巡させた梓の視線には、それぞれ思い思いの衣装を着ている百識の姿がある。
元より個人の趣味、嗜好が関わる事であるから、チームやパーティといえども統一性などはない。
――鍔付き帽子にタバードとトラウザースという弓削さんに、ベクターさん。青紫の革鎧の的場さん、格闘家といった風の弦葉さんに内竹さん……。
その5名を見たならば、ゲームキャラクターのような格好をしているのだが、会と梓は食い違う。
和柄の着物風コートに、キャミソールとカルソンパンツという会の格好は、どちらかといえばパンクロックというべきか。
そして梓はメイド服を着ているのだから、こちらも地下アイドルかという風。
「格好で闘う訳ではありませんから」
そこへ安土が口を挟んだ。
「格好でも、《導》でも《方》でもなく、舞台での戦いは腕でするものです」
それを体現できるメンバーを揃えている、と安土は自負していた。新たに《導》を手に入れた陽大と、隠していた神名もいるが、その二人も主となる戦法は《方》による身体操作であり、エネルギーを召喚できるだけの《方》に、そういう活用法を見出した者は希有というには、あまりにも稀少だ。
「行こうか」
弓削と共に、その希有な百識である矢矯が促した。
今回も赤側――先発だ。
「今回、
ステージへ続く廊下を歩きながら、矢矯が誰へとでもなく告げた。矢矯が制裁マッチを受ける事になった理由は、
「人を殺すと宣言できるような男が、そう簡単に普通の生活に戻れるとは思えねェが、俺は今夜、ケリをつける。もし生き残れたなら、これを最後の舞台にする」
安土とも話し合いが済んでいる。孝介と仁和が何年か生活を維持できるだけの金を受け取れるように。
――就職して、新生活が軌道に乗るまでに必要なだけあればいい。
それが最後の目標だ、と心中で定めた瞬間、矢矯の顔に苦笑が浮かんだ。
「生き残ったら、か」
クククと喉を鳴らす矢矯。
「死ぬにしても、最後に変わりはねェな」
苦笑いが自嘲に変わり、それに孝介が何かをいおうとしたのだが、花道と廊下を隔てる扉が雑談を打ち切らせた。
「行きましょう」
会が声を張り上げ、緊張感を持たせた。
ドアノブに手を掛け、一息に開ける。
カクテルレーザと共に大音量でユーロビートが流れ――、
「!」
犬張り子の仮面の下で、会は目を見張った。
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