第18話「タイムリミットは歓迎できるか?」
だが人工島から戻った
「……」
スマートフォンを開いた聡子は、自身が開設しているブログを見て
ブログの内容は実に他愛ない。カミーラとペテルを並べ、庭先や公園で撮った写真を面白おかしく載せているだけのブログだ。
ただし他愛もないといっても、ペテルとカミーラは聡子が《導》で命を与えているのだから、思い入れのある存在だ。
ペテルとカミーラの会話も、直にセリフの掛け合いをして載せており、一日に20人程であるが固定ファンもいる。
ネットの繋がりは薄いと大人たちは言うが、聡子は決してそうは思っていなかった。
――ネットは、歳とか性別とか、住んでるところとか関係なく友達になれる場所。
それが聡子の考えであり、決して薄いとは考えていない。薄いと断じる事は一方的な――それも乱暴な方向でしかない意見だと思っているからこそ、一つ一つの繋がりを大事にしたいのだ。
それ故に、その日、画面に表示された言葉はショックが大きかった。
最初に飛び込んできたのは、たった3文字。
――キモイ。
人の言葉は善意で解釈し、
そして書き込まれているコメントは、これだけではない。
――キャラクター汚すな。
これはペテルとカミーラへ向けられたものだ。
二人ともマイナーではあるが、商業キャラクターのぬいぐるみだ。それを好き勝手に喋らせている事に対するコメントだった。
そして三つ目。
――レイプ魔と同じ。死ね!
一つなら忘れられた。
二人なら我慢できた。
三つとなると――、
「聡子さん」
スマートフォンを投げそうになってしまった手を、カミーラが掴んだ。
――人に当たるよりも、ものに当たる方がいいですけど、抑えましょう?
ただしカミーラは、思っても言わない。
聡子とて分かっている。ものに当たる事がマシとは思わないし、それで壊す事を
「大丈夫……大丈夫……」
口ではそう言うが、聡子はスマートフォンのブラウザを閉じられずにいた。
見ても、得るものはなく、どう考えてもマイナスだけなのだが、それでも見てしまう。
ブログに書き込まれた罵詈雑言は、数こそ多いが、概ね3種類の言葉しかない。
――小学生くらいの語彙しかないの?
その種類の少なさは、カミーラですら
その嘲りが嘲りではなく真実だという事に気付くまで、時間はそう必要ではない。
――クラスメートか。
カミーラの見立ては正解だ。
生け贄役である聡子なのだから、その全てを自分たちへ差し出せといっている。
――ペテル、早くしなさいよ。
時計を見ながらカミーラを一度、舌打ちした。本来、聡子と一緒にいるはずのペテルの姿が見えないのには理由がある。聡子がスマートフォンを手放せない事と同じ理由だ。
気を揉むカミーラには時間がゆっくり過ぎる程、ゆっくりだと感じるが、時計の針は午後5時前から動いていない。
しかし待っていれば来る。
「!」
突然、鳴り始めたスマートフォンに聡子が身体を震わせた。
その着信こそがペテルからだ。
「もしもし」
聡子が画面をタップすると、画面がブラウザからビデオ通話に切り替わる。
「こんばんは。ペテルから、
ニュースキャスターを真似たような口調になっているのは、ペテルも何かを感じていたからかも知れない。
「私が伝えなくても、隣にいるんですけどね」
そう笑ってペテルがスマートフォンを横に向けると、修練が終わって風呂に入ってきたばかりの基が座っていた。
「お疲れ様」
基は自然と笑みが浮かんでいた。
その様子は聡子と好対照だった。ブログを荒らされて意気消沈していた聡子に対し、基は学ぶ事の醍醐味を感じ取っているのだから。
「もう少し早く連絡してきなさいよ」
カミーラが画面から見切れつつ唇を尖らせてみせるのは、ペテルとのコンビ技だ。もしいっていなければ、聡子の方がいってしまっていたはずだ。基に「手下になって」といってしまった時と、よく似た状況なのだから。
カミーラが先にいうと、聡子は「いいから。大丈夫」と穏やかな言葉を出せる。
「お風呂に入ってた?」
「うん。練習の後、汗を掻いてたし、筋肉をほぐすのはお風呂に入った後の方がいいって、
基は毎晩、修練の後に清から整体を受けている。清は若い頃、そういう仕事をしており、資格も有しているのだといっていた。
「僕の方は一週間で終わる目標になってる。一週間で、僕を戦えるレベルに引き上げてくれるって。本筈さんの……《導》っていうの? それと、武術を組み合わせて……って。よく分かってないんだけど」
基は照れ笑いと苦笑いが混ざったような、曖昧な表情を見せていた。基は自分にできる限界までの努力をしているが、それでも10歳だ。理解が追い付かない。
ビデオ通話は基の方からも聡子の様子を見る事ができ、それ故に
「そっちは、まだ何もない? 大丈夫?」
水を向けたのは、話の流れを変えたかったからではない。
舞台へ上げられる時は唐突に訪れる。基が上げられた時、何が起きたのか記憶が欠落している。拉致同然に連れて行かれたのは間違いないが、どこで、またどういう方法で拉致されたのか、全く覚えていない。
行方不明としか処理できない方法、経路だったはずだし、基がルゥウシェによって惨殺された後も、事故として処理できる「システム」を持っているはずだ。
「こっちは――」
しかし聡子が言い淀んだのは、舞台の事ではなく、ブログに現れた荒しの方に意識が向いた。
「……何かあったら、
そうとしかいえないのは、基にとって苦痛だった。
「……うん。気をつける」
聡子はそう言うと、大きく溜息を吐いた。
基は自身では役に立たないと思っているが、それは違う。
聡子にとっては、基が傍にいる事こそが現実に耐える力をくれる要素だ。
カミーラとペテルの存在も大きいが、出会って高々、数日、数週間に過ぎない基の存在は、もっともっと大きいものになっているのだ。
「鳥打くんも、気をつけて」
「うん」
ビデオ通話を止めると、聡子はもう一度、深く溜息を吐いた。
その溜息を打ち消すように、時計が鳴った。午後5時半を告げる音だ。
「ご飯の……何か材料を、買いに行かないと……」
そういう気分ではないが、母親は今夜も遅いのだから、自分で何かを作らなければならない。
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