第14話「悪友の奸計」
当主の声は淡々としていて、それ故に焦りを呼ぶ。
――落ち着け!
そういうだけで落ち着けるはずもないと自覚して尚、
誰であろうと慌てたまま戦って勝ち目がないのは当然だが、会はより顕著になる。
――感知、障壁、鬼神。
確かめるように一つ一つ数えていく《方》と《導》は、全て冷静な思考がなければ使用できないものばかり。鬼神と自分の動きが一致しなければ、場合によっては手足を失う。
――これに気付かなかった私は、ボンクラね。
鬼神を
「いや、バカね」
会の顔に苦笑いが出てしまう。巨大な鬼神の中に入るのはいいとして、その場合、身体操作よりも厳密な感知が必要になる。巨大になるという事は資格も増えるのだから。鬼神を貫く力を持つ
――鬼神の内部を戦場にして、独力で相手を
今のところ、それ以外の正解が会には浮かばなかった。無論、当主にも浮かんでいないため、こんな先頭になっている。
――結界の中では、色々な制約から解放される。限定的なところもあるんだろうけど、あの打撃は拳の質力を歪めてる。
感知の《方》で見抜いた当主の攻撃を、会は手早く頭の中で纏めていく。
「拳の質量を増させる事で打撃の強さを極端に強くし、でも重力の影響を排除するからスピードが落ちない」
限界、限度はあるかも知れないが、その限界まで高められた時、会の鬼神が耐えられるかと考えると、
「無理」
それだけは分かる。そもそも衝撃に弱いという弱点を持っているのが、会の
「会」
また当主の声がする。
ただし、この時ばかりは会も「またか」と聞き流す事はできなかった。
その声は当主の口からもれたものであり、それが会の耳に届くという事は、すぐそばに来たという事。
「ッ!」
会は槍を構えるよりも回避に注力した。
――感知、障壁!
身体操作を駆使し、鬼神との動きをシンクロさせれば恐ろしいスピードが出ている当主の拳も回避できる。
――槍を振るう隙はないにしても!
懐に飛び込まれてしまっては、会の槍は不要の長物というものだった。
「何故、
当主はもう一度、いった。
梓を連れてきていればよかったという投手の言葉は正解だ。従者に頼っているようでは踏襲の資格はない、などという言動はする方の頭がおかしいと解釈される。
卑怯な手段を執るのは恥ではなく、執らずに敗れる方が恥なのだ。
――まぁ、会様ならば、そう思うでしょうね。
この一点に関しても、梓は会の心境を把握していた。
そして、こんな結論に至っているのだから、会がイラスト教室の帰りに鬼家月派の屋敷へ向かった事も把握できていた。
とはいっても、できなかった事もある。
当主の《導》だ。
会の姉妹、親戚を見ているだけで把握できる鬼神招来の深化は、より巨大に、より異形になる事まで。梓の
会が屋敷へ向かった事を察した段階で追い掛けるべきだったかも知れないが、バイクを使っている会に対し、電車やバスを使って追うのは現実的ではないと別の方法を探った。
「助けて下さい」
梓に頭を下げられた面々は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔になっていた事だろう。
梓が向かったのは、
「……」
軽く眉間に皺を寄せた乙矢は、何故、自分の所に来るんだという迷惑な感情と共に、梓は乙矢が断れないタイミングを狙ってきたと確信していたからだ。
「助けてって、何かあったんですか?」
食いついたのは、今日も聡子と共に乙矢の所へ遊びに来ていた
「
止めろと制そうとした乙矢だったが、タイミングを狙ってきているのだから梓が早い。
「会様が……恐らく屋敷に戻りました」
それでも乙矢が、もう一度、黙らせる事は、梓だけだったならば可能だったろう。
梓の隣に、
「当主と戦うつもりなんだ」
会がいつもと違う鞄を持ってバイクに乗っていた事に違和感を憶えていた陽大は、梓の説明で全てを察し、協力を決めた。
「えっと……?」
基には六家二十三派の当主争いがどういうものであるか知らないが、陽大が血相を変えている事だけで
「月さんが、危ないんですか?」
「はい。六家二十三派の当主は、前の当主を打倒する事を条件に引き継がれます。会様は、一人で当主に戦いを挑みました」
明言はしないが、命懸けである事はいうまでもない。基も六家二十三派の百識がどういうメンタリティの持ち主であるかは知っている。穏やかなメンタリティを持っていたのは、会と梓以外では師である清しか知らない。
「はぁ」
乙矢は溜息を吐いた。
「月さんを助けに行くから、手を貸して欲しいって訳ね}
「全員とはいいません。私と弦葉さんだけでも、月家の屋敷へ乙矢さんの魔法で――」
「僕も行きます!」
梓の声を遮って張り上げられたのは、基の声だった。
――こうなるのよ。
乙矢の溜息は、この光景を想像しての事だった。
――助けてくれといわれ、鳥打くんが挙手しない訳がない。
しかし乙矢としては、基が百識として戦う事は反対だ。
「はぁ」
乙矢の溜息はもう一度。
基を
――真弓ちゃんがいないのがせめてもの救いよ。
言葉を重ねに重ねる説得は、諦めるしかない。
「
保護者役になる梓へ苦々しい感情を隠しもせずに告げたのが、乙矢のできるせめてもの抵抗だった。
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