第13話「輝く時」

 きよしの名前はかいも知っている。聡子の祖父であり、はじめを鍛えた師だ。


 ――山家さんけ本筈派もとはずはの《導》は、確かに結界……!


 そして会は直接、見た事がないが、清の本領は基と同様に格闘戦にこそある。


 基に教えたのは防御のための魔晶ましょう氷結樹ひょうけつじゅ結界けっかいであったが、初めて見せたのは効果範囲の中では物理的法則から解放されるというものだった。


 その結界の中で、清は基が感知の《方》を使っても判らないくらいの動きを見せた。


 ――それで!


 清がどれ程の遣い手であるかは、実際に見た事のない会には推測もできないのだが、当主が操る蛮力、暴力の脅威をはかる事はできる。


 心臓を破裂させる打撃など現実離れしているが、あらゆる法則から解放された結界の中なのだと考えれば、納得するしかない。


 ――現実を受け入れないと死ぬ!


 命のりを始めているのだという自覚は、ただ二度しかないにせよ舞台に上がった経験を持つ会には容易たやすい事。


 逃げつつ、対策を考える事を第一とし、会は逃げた。障壁を柄っての身体操作と、鬼神の動きを一致させる技術は、何とか下位の者になってくれていた。


「覚醒ってね!」


 らしくもない強がりを口にしていると自覚しつつ、会は廊下を走る。


 決して触れてはならない鬼神をまとっているため、高速移動の失敗は致命的になってしまうが、この緊張感が会をもう一段階、レベルアップさせたのかも知れない。


「会」


 当主の声がした。またしてもどこから聞こえてきたのか分からない、結界の影響下にある声だ。


「会」


 当主の声が繰り返させる。


 ――呼びかけてるんじゃない。私が下手に動くのを待ってる。


 さしあたり、会は姿を隠す事が優先だった。鬼神を纏う事は卓越した攻撃力と防御力を得る事になるが、それと引き換えに目立つようになる。


 ――攻撃力、防御力、か。


 屋敷にいた頃の自分ならば、その二つを強大にする事こそが戦いに勝つ事に直結すると思っていた。だから姉妹たちのように、鬼神を巨大化、異形かさせられない自分は劣等であると思い、身体的なハンデを背負っている事に感じていた負い目が、屋敷を出る選択をさせた。


 だが今は違う。


 ――《導》が大きいか小さいかでいえば小さい。でも、私は弱くはない!


 自身の鬼神は、強弱ではなく大小、つまりカテゴリーが違うのだというのは、会以外の百識にとっては言い訳に過ぎないのだろう。


 しかし例外は、ここに会意外にもう一名、いる。


「会」


 今も声をかけている当主だ。


 当主は会の人鬼じんき合一ごういつを貧弱とは思っていない。


 ――やっと一人、これを見つけ出してくれた。


 むしろ歓迎している。


 先程からかけている声は、会の動揺を誘おうというのではなく、当主の内に生まれた感激からだった。


 ――皆が格闘戦など下品だという。《導》を持たない貧者の仕業だと。


 自らの拳を一瞥する当主は、その言葉に嘲りを含めている。


 ――とんでもない。実際に、拳と刃で《導》を打ち破っている者は何人でもいる。


 舞台の事を知っている当主であるから、当然、矢矯やはぎ弓削ゆげの事を知っていた。脳筋と皆がいう二人が、六家りっけ二十三派にじゅうさんぱ百識ひゃくしきを平らげてきたのは、偶然でもマグレでもない。


 ――念動、障壁、感知……基本的な《方》も、究めれば立派な戦力。そして相手が侮って油断しているのが確定しているならば、絶対不破の絶技。


 接近戦は有り得ないと思っている相手に対し、接近戦を挑める力を身につけているならば確実に隙を突ける――それを体現できたらこそ、鬼家きけ月派つきはの当主になったのだ。


 鬼神を巨大化させて戦場ごと相手を飲み込んでしまうという使い方は、思いつくくらいはしたかも知れないが、下らないと皆が切り捨てたもの。


 ――だから勝てた。


 敵を知り、己を知れば百戦危うからずの例え通り、また己を知り、敵を知らざれば一勝一敗するの例え通りの結果だった。


 ――会は追い付いた。


 自分と同じ方向へ来た娘は、自分と同じく六家二十三派の当主を打倒した。


 ――まだまだあずさの助力が必要なくらい、未熟だけれど。


 自分と同じように鬼神を巨大化させ、敵も飲み込む結界を作る事ができたならば、梓の助力なしでも勝てたはずとは思うが。


 ――相手の《導》を完封できる結界を作れるようになれば、完勝できる。


 それは当主も不可能な事であるが、世代が変われば――つまり会ならば成し得る事だとも思っている。


 そしてもう一人、必勝の術を身に着ける切っ掛けとなった男の名を思い出す。


 ――清さん。


 男の百識を始めて凄いと思った。山家本筈派の結界と体術を併用する戦闘方法は、決して攻撃に向かない《導》である事も相まって、軽んじられるのは必然の事だが、それでも思った。


 大抵の百識が下品、下等な手段と蔑む攻撃を、防御と感知を駆使することで絶対の技にしている男の姿だ。


 ――もしも清さんとの間に子ができていたら、もっと早く鬼家月派は完成していただろうに。


 そう思うのだから、清との間に関係はない。


 会が清との間にできた娘だったならば、もっと強力な百識だったのだろうかと考えた所で、当主は考えるのを止めた。


 ――思えばその時、私は当主になった。


 清に惹かれたのは能力だけではなかったと自覚していた事を思い出さされたからだ。


 六家二十三派の女が愛するのは能力のみ。


 望むのはより強大な百識を生む事だけ。



 惚れた腫れたで相手を選ぶ事は、常識外れの行動だった。



 そういう意味では、清との間に子供を作るという行動は、鬼家月派の当主としては問題のある行動と見られただろう。


 ――親子ほども歳の離れた相手となんて、清さんが望まなかっただろうけど。


 諦めた理由だ。


 それ以来、当主という肩書きが自身を指す名称となった。


 ――自分に名前なんて、忘れても支障がない。


 そんな当主であるから思う。


「使える手段は全て使うものです。何故、梓を連れてこなかったんですか?」


 思った事を口にした。


「ここの場代も道徳、支払いは命になるのに」

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