第27話「電光石火の快男児」

 ――籠城は援軍がある時か、敵の補給に不安がある時しか意味がない。包囲した相手より先にへばったらお終いよ。


 何の策もなく、ただ結界を張るだけで勝てると思ったのならば甘い、とともは嘲笑していた。後北条氏とて天下の小田原城を要して尚、一年もの包囲には耐えられなかった。それに比べればはじめの《導》など、どれ程の事もない。


 頼みの綱はペテルの目とカミーラの右手だったが、それとて活かす術を知らない二人では十分な効果を発揮できなかった。


 今や那の《方》によって死に体だ。


 基の《導》は、何分も保たない。魔晶ましょう氷結樹ひょうけつじゅ結界けっかいが維持できなくなった時、順に始末されていくだけの運命だ――



 とは、この時、那だけが描いた絵図面に過ぎなかった。



 ――鳥打とりうちくん……。


 ペテルの表情は歪んでいたが、基へと向ける目には未だに光があった。


 ――鳥打くん……。


 カミーラも同様だ。


 腕一本、動かす事すらできなくなったが、思考までもは奪われていない。



 その目が告げるのは、基は自身の持っている最高の力を未だに見せていないという事だ。



 ――僕が……。


 しかし基は思いつかない。


 ――段取りは、確か……。


 安土あづちから教えられた段取りは、基が《導》で聡子を守り、カミーラとペテルが那を倒すというものだった。お世辞にも完璧とはいえない、穴だらけの段取りだ。そもそも六家りっけ二十三派にじゅうさんぱの那が、ペテルとカミーラよりも弱いはずがない。


 この危機は招くべくして招いてしまった。


 10歳の子供の思考を停止させるには十分だった。


「……違うんですよ」


 ペテルが声を絞り出した。きよしから授かり、乙矢おとや真弓まゆみが実現してくれたものは、結界だけではない。寧ろ結界の方が余計だ。


 ペテルの声に、基は泣き出しそうな顔になってしまう。


 ここで気づかなければ、安土は聡子の守り手に基など選ばない。


 基が期待されている事は――、



「考える事……」



 皆が基に期待し、伸ばそうとした事は、《導》でも武術でもない。


 安土が穴だらけの段取りしか持たさなかったのは、前もって用意していたのでは那との知恵比べでは勝てないからだ。


 ここで基が考え出す事が、唯一、那を出し抜ける。


 ただし小学生と大学院生の知恵比べならば、まともに考えれば基の負けだ。


 それでも基ならば――安土がそう感じたのは、背後に聡子がいるからだ。



 那に相手を見下した感情がある限り、基が突ける隙はある!



「!」


 基へと向けていた那の目が驚愕きょうがくに彩られる光景が、唐突に現れた。



 基は結界を解除したのだ。



 維持できなくなったのではなく、基は自分で解除した。


「呆れました」


 今更、白旗を揚げてどうするというのか――那の嘲笑が強まった。


 その嘲笑にペテルは勝機を見る。


「うおおおお!」


 雄叫びと共に、残されていた全てを四肢に込めた。


「!」


 急に増した圧に、那がハッとさせられた時には、もう遅い。


 ペテルは那の手を振り解き、基へと那を突き飛ばしたのだった。


 ――悪あがきを!


 しかも自殺行為だという那であったが、ペテルの目は捉えていたのだ。



 基の手がホルスターから取り出した筒を、那へと投げつける未来だ。



 その衝撃は衝撃という程でもなく、石が当たった程度にしか感じなかった。そもそも頭に当たった訳でもなく、命中したのは急所でも何でもない胸だ。


 だが命中した瞬間、基はスマートフォンを操作していた。


 その操作が示すのは――、


「魔晶氷結樹結界!」


 筒を中心に《導》が展開される。


 那は「バカか」と口走った。間違いなく。


 敵を中心に結界を展開させて、何を守るというのか。


 無論、基は守ろうとしたのではない。


ばく!」


 縛れと叫ぶと同時に、魔晶氷結樹結界は那を取り込んで展開される。



 結界で縛り付けるためだ。



 それでも那は馬鹿馬鹿しいとしか思わなかった。


 ――ただの時間稼ぎ。


 基が《導》を維持できなくなる未来が変わる訳ではない。基が天才だというのならば兎も角、多少は優秀かも知れないが、それでも六家二十三派から見れば取るに足らない劣等だ。


 ――何分、維持できる? 何十秒? 何秒?


 顔の筋肉も動かせなくなるが、那は何秒かを稼いだに過ぎないとしか思っていなかった。


 奇しくも、それはアヤと明津あくつ矢矯やはぎへと向けた言葉と同じような内容だった。


「同じ未来が来るとは思わなかったのですか?」


 肩で息をしているペテルは、言葉は那へ、視線は基へ向けていた。


 基は外套を投げ捨てるように脱ぐと、ホルスターにもう一つ、入っていた筒状のモノを手に取った。


 それは懐中電灯くらいにしか見ていない者が殆どだったが、知っている者は知っている。



 電装剣でんそうけん



 ――今なら感じ取って、行動する事ができる。考えてみて。


 乙矢がいったのは、感知の《方》を持つ基ならば、自分の電装剣を作れるからだ。


 そしてどれだけ堅牢であろうとも、電装剣ならば魔晶氷結樹結界も「中身」ごと斬れる。


 ――まさか!


 那が目を剥く中、基が電装剣を作動させた。


 現れ出でるのは真っ黒い光。矢矯の赤い電装剣よりも幅の広い刃が形成されるのは、矢矯の電装剣が《方》を循環させているのに対し、基の電装剣は《方》を放出して刃を形成しているからだ。


「ううッ……」


 基の口から苦痛の呻き声が漏れた。結界と電装剣の両方を維持するには、基の身体は小さすぎた。


 那は安堵の吐息を吐こうとするのだが、基は膝すら折らない。


 電装剣を構え、腰を落とす。清から習った騎馬立ちになり、電装剣は八相はっそう――基は構えの名前など知らない。半身に構えるのならばこれしかないと思っただけだ――に構える。


 ――無理。そんな余裕のない体勢で、どうやって電装剣を振るのよ!


 那は発せられない声で嘲っていた。


「……心の――」


 感知の《方》で感じ取った那の感情に、基が答える。それはペテルとカミーラが相貌の光を途切れさせなかった理由でもある。



「心が苦しいのに比べたら、身体が苦しいのなんて何でもない!」



 叫びと共に持っている力を全て托す。清が教えてくれた技、真弓が使えるようにしてくれた《導》と、乙矢が気付かせてくれた電装剣――その全てを統合する。


 感知の《方》を駆使し、身体を地球の中心と繋げる感覚を巡らせる。


 黒の電装剣が意味するのは、剛直、武勇、愚直――この一撃に懸ける基の性格だ。



斬奸剣ざんかんけん両断りょうだんッ!」



 炸裂する一撃は、結界ごと那の身体を切り裂く。


 急所を的確に捉える事は基の性格もあってできなかったが、カミーラを捕らえていた腕は、肩から膝へと振り抜かれた一撃によって切り裂いた。


 ――外したわね!


 赤い結界の残滓ざんしが舞う中、那が勝機が生まれたと目を見開いた。手足ならば何の問題もない。有り余る那の《方》は、手足を再生させる事も容易い。それに対し、基は電装剣の維持も、結界を発生させる事もできなくなった。


 だが現実に那の目へと飛び込んでくるのは、勝機ではなくカミーラだ。


 カミーラも、この一瞬に懸けていた。


 レイザークロウが閃く。喉元だ。


 抉るように振るった爪に、那の身体は崩れ落ちた。


「……」


 審判は那と聡子へ視線を行き来させるしかなかった。


 ――違う。宣言しないで。私は、すぐ戦えるようになるんだから。


 倒れた那は、審判へそう言おうとしたが、声が出なかった。カミーラのレイザークロウも、那の急所は捉えていなかったのだ。


 声が出ない理由は、すぐに分かった。


「死んでるわ」


 審判へとカミーラが投げつけたのは、那のだったのだから。


「そこまで喉を抉られて、生きている人間なんているの?」


 ハッタリだ。


 だが治癒の《方》を最大にする那は、再生させる順序を迷った。手足を再生させなければ立てず、しかし声帯を再生させなければ審判を止める事もできない。


 ――声帯!


 声が先だと決めたが、切り取られた手足を接合する事は簡単だが、身体の中から失われた声帯を一から作るのには時間がかかる。


 手足を結合させるのを優先させていれば、審判の判断を覆す事は簡単だっただろう。


「ブルー」


 審判の手は、聡子の陣営を指したのだった。

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