第26話「魔法使いの弟子」

 ――魔法だ魔法だというけれど、大抵の人が頭に浮かべるモノは魔法とはいえないの。


 衣装一式を用意した乙矢おとやは、はじめに笑いかけた。


 魔法使いと異名を取る乙矢の《導》や《方》は、誰も把握できていない。果たして彼女が持つ能力は、どういったものであるのかは、安土あづちですらも知らないのだ。


 ――科学っていうのは、できる事とできない事がはっきりしてる。ライターで氷は作れないし、発電機だけで火炎放射はできない。


 乙矢のいう事は、基にとっても当然だった。ライターは火を起こすもの、発電機は電気を起こすものだ。氷を作るのならば製氷機が、火炎放射器ならライターと燃料の噴霧器が必要だ。


 ――それと同じで、《導》を魔法のように思っている人が多いけど、《導》は魔法じゃない。何故なら、火を起こす《導》と氷を作る《導》は違うから。


 乙矢の能力は、この言葉にこそ集約される。



 ――法則があるんだから、魔法とはいえない。科学の一種。



 乙矢の能力には、この制約がないのだ。


 ――私が使えるのは、これだけ。ちちんぷいぷい、ビビデ・バビデ・ブゥ。


 その一言――正しくは「知仁武勇ちじんぶゆう御代ごよ御宝おんたから」と唱える――で、乙矢は時速1万キロを超える波動砲レールガンを発動させる事も、おにぎりの具を変える事も、占いもできる。そこに法則性はないため、彼女の異名は「魔法使い」なのだ。


 ――多分、《方》や《導》の源流……もしくは原始といってもいいかな? 兎に角、最初の百識ひゃくしきは、こういう一つの事で全ての事ができたはずなのよ。


 しかし乙矢は、自分の使い方を教える気はなかった。自分の専売特許とまでは思わないが、乙矢の魔法を余人が使えたためしはない


 ――当然、そんな力は複雑に制御できない。


 想像力や倫理観、またタブーといった、個人個人の考え方が強く作用するからだろう、とは確かめた訳ではないが、乙矢が考えている原因だ。基も恐らくはそうだ。


 ――だからできる事とできない事を別けたのだと思う。そして分かり易くなって、使えるようなった……というのが、私の仮説。


 使いやすく先鋭化させたものが、現在、主流となっている《導》であり、それならば別のアプローチを乙矢は用意していた。


 ――できる事とできない事を分け、発動する条件に色々な制約を付けた。その条件って、不思議と似たようなものばかりなのよ。


 乙矢が思い浮かべるのは、ルゥウシェが使うリメンバランスや、明津あくつの使う剣術、アヤのハロウィンなどだ。


 それらには共通するものがある。



 ――どれも呪文の詠唱えいしょう、または舞踊ぶよう、魔方陣のようなものの描画が必要な事。



 それらが意味する所を考え事がある百識は、乙矢が初めてだろう。誰もが「そういうものだ」と曖昧あいまいなままで理解を終えているのだから。


 ――詠唱や舞踊は、なのよ。例えば、祝詞のりととかお経とか、歌みたいでしょ? 歌は誰がアカペラで歌おうとも同じ時間になり易い。それに合わせてるんだから、舞踊もそう。でも個人差がどうしても出てきて、そこが威力の大きさに関わってる。陣も同じ。描画の精密さに個人差があるから、人によって結果に差が出る。


 それらをクリアできれば、《導》は難しい話ではなくなる、と乙矢はいった。


 難しい話であるから、基は首を傾げるしかできなかったのだが、そこへ真弓まゆみが装備一式を基に向かって押しやった。


 ――それなら、コンピュータを使うの。


 それは基が詰め襟の上から身に着けるホルスターと、スマートフォンだった。


 ――コンピュータなら、図形を歪ませず正確に描画できるし、時間を計るのだって向いてる。


 先日から真弓がパソコンで作っていたのは、筒に《方》や《導》を集中させ、その開閉を任意の時間で行うためのプログラムだった。


 ――つまり、この筒に集中させ、決められた時間だけ熟成させて解放すれば、あらゆる奇蹟が起こせる……はずッ!


 なら、基本的な事しか習っていなくとも、基はきよしが使う最大の《導》が発動させられる――乙矢と真弓は、そう仮説を立てていた。


 ――誰にでも教える訳にはいかないけどね。


 見はニッと白い歯を見せて笑った。


 ――鳥打くんだから。


 乙矢の言う通り、真弓が寝る間も惜しんで作ったのは、他ならない基だからだ。





 その装置は間違いなく作動し、乙矢の仮説を立証して見せた。


「ッ!」


 歯噛みをする那だが、ペテルやカミーラに使った《方》は遮られた。


 ――やった!


 基は息を荒らげながら、聡子と自分を包み込んだ結界に視線を巡らせた。山家さんけ本筈派もとはずはは更に強力な結界も有しているのだろうが、清が身に着けている最高の《導》は、この魔晶ましょう氷結樹ひょうけつじゅ結界けっかいだ。


 血でできた氷を思わせる赤い結晶は、その名の通り樹木のような形で伸び、その内部に基と聡子を隔離してくれていた。物理的な破壊は、不可能ではないが難しい、と基が持つ感知の《方》が教えてくれる。


 ――安定さえさせられれば……。


 時間稼ぎができる、と歯を食いしばり、基は相貌そうぼうに力を入れた。


 籠城だ。


 幸いな事に那の《方》は、物理的な破壊力を持っている訳ではない。


 ――勝機がある!


 結界の発動を見たペテルが、全身に力を漲らせた。ともは何とか《方》を届けようと足掻いている。今、攻撃を仕掛ける事ができれば逆転だ。


「おおおッ!」


 一際、大きなかけ声と共に、ペテルが力尽くでのし掛かってきていたゾンビを持ち上げる。10を超えるゾンビであるから、何百キロ――ともすればトン単位だったかも知れないが、それを持ち上げ、投げ飛ばす。


「カミーラ!」


 カミーラの上にのしかかっていたゾンビも弾き飛ばす。カミーラも右手さえ自由になれば、自慢の爪は防御させない。


 ――もう一回!


 那に狙いを定めたカミーラは、右手を引いた。振り回すのが回避される原因だ。どうしても弧を描いてしまうからだ。


 ――突いてやれ!


 真一文字に突き出せば、そのスピードは振るうよりも格段に速い。


「チッ!」


 しかし那は、あっさりと身を翻し、その手を掴んだ。カミーラは突き出せばいいとしか考えていなかったが、「真っ直ぐ」とは簡単な事ではない。孝介や仁和が、どれだけ真っ直ぐ振り下ろす事に苦心したか、陽大が真っ直ぐ拳を突き出す事に腐心したか、カミーラは知らなかった。


 捕まれた手から、那の《方》が流し込まれる。


「――ッ!」


 カミーラは声すら出なかった。今度の《方》は先程とは違い、両手に溜められるだけ溜められていた。


 流し込まれた《方》は、身体のあらゆる信号を混乱させる《方》だった。


 ――痛みも感覚も、突き詰めれば神経が発する電気信号。それを狂わせれば耐えられない!


 身体に一瞬で致命傷を与える訳ではないが、感覚への攻撃は意識のある相手には覿面だ。


 何より聡子の《導》に対しても、この攻撃は効果を示す。死者を生き返らせる程の《導》でも、その効果はあくまでも身体にしか影響を及ぼさない。


 精神が崩壊すれば、その治療はできないのだ。


「カミーラ!」


 ペテルが救援に来るが、死に体になってしまったカミーラの身体は容易く那によってコントロールされてしまう。


 カミーラの身体をスクリーン代わりにし、ペテルを牽制する。ペテルもカミーラの身体ごと攻撃を加える事はできない。躊躇して停止すれば那の思うつぼだ。


 ペテルも那の《方》が流し込まれる。


「――ッ」


 ペテルも同じく、言葉すらも失ってしまう。ありとあらゆる苦痛が身体を駆け巡る。まるで脳の中に手を突っ込まれ、掻き回されているような苦しみだった。


「……」


 二人を押さえながら、那が顔だけを振り向ける。


 その目が基の身体をなめ回すように上下し、


「いつまで保つのかしら?」


 挑発的な表情は、《導》は発動よりも維持にこそ難度があると告げていた。


 確かに基が結界を維持できる時間は、何分もなかった。

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