第23話「我が師の瞳」
久しぶりの舞台に感慨深さを覚えてしまうのは、
この上で繰り広げられるのは、この世で最も
――だから出会えた縁もある。
生きる術を教えてくれた
しかし、そういう小さな幸運が、大きすぎる不幸を塗り潰してしまうような気性は、陽大の長所であり、短所だろう。余程の事がない限り他者を嫌いになれない性格が、40人中39人のユートピアで生け贄役にされていた原因である。
――生け贄役か。
その生け贄役ですら、今の陽大にとっては悪いだけの思い出ではなくなっていた。
「
今、陽大が口に出した児童の存在が、陽大にとって自分が生け贄役だった過去を、忘れたいだけのものにしていない。
今の状況が幸か不幸かと問われれば、陽大はこういう事に決めている。
――望んでいたぞ。
道徳を場代にして命を張るギャンブルなのだから、誉められる要素は何一つないが、こういう場合、陽大は一つ見つけられる。
基と聡子が関わるならば、この場のリターンは何より大きい――陽大の欠点でもある長所が告げるのだ。
スタジアムの花道は、いつもとは違った。孝と陽が関わっていないからという理由だけではなかろうが、カクテルレーザも音楽もない。
花道を照らすライトがなかったら、処刑場にでも向かわされている雰囲気になってしまうのだが、今日の観客はそんな雰囲気の方を好んでいる様だと思うと、陽大の顔に苦笑いが浮かぶ。
――これは……何だかな。
陽大の篭手や脚絆、胴着風の衣装は、あのカクテルレーザと音響とスモークや花火などを使った非現実的な雰囲気があってこそ映える。
それがない今、花道の陽大は道化にしか見えない。。
道化を待ち受けている舞台上の百識は、スウェットパンツとオーバーサイズのシャツを使った、こんな場所には似つかわしくないが、町中ではよく見かけるコーデだった。
怒声も歓声もない中を淡々と進んでいく陽大の顔を、ポツポツと照らす光が現れ始める。
それが陽大を叫ばせた。
「いきなりか!」
双方が舞台に上がってからがスタートと決まっている訳ではないし、小川が全てを仕切っているこの舞台では、陽大を苦しめる手段は何もかもが許容される。
陽大の顔を照らした光は、《方》の光球となり、一斉に陽大へ殺到した。
飽和攻撃――と思ったのは、舞台上の
陽大にとって、これは飽和攻撃とはいわない。
――いいや! これは
感知を駆使して隙間を探る。
そこへ障壁を利用した身体操作で、身体を滑り込ませるように掻い潜っていく。
基本的な《方》といわれる念動、感知、障壁の内、陽大は念動は持っていないが、他の二つは
ましてや、この百識が放っている光球は、アヤの《導》とは違い、《方》なのだ。
少々、避け損なっても致命傷にはならないのだから、陽大も分の悪いギャンブルだとは思っていない。それが顔に出てくる。
――行ける!
肉薄していく。回避を最優先に行うため、理想的な身体の動きをイメージし、感知は常に精度を高く保つ。負担は今までになく大きくなるが、今の陽大は押さえつける術も知っている。
――
一度目は、薬物の過剰摂取で身体だけでなく頭もまともに動かない中、ルゥウシェと対峙する孝介を助けるために。
二度目は、心臓を貫かれた状況で、念動でコントロールするのは手足だけでなく、止血や心臓の鼓動すらあった。
コントロールの失敗は死に直結し、もう自分の命が分単位になっている中でも誤らなかったのを眼前で見た事と、もう一つ、陽大にを焚きつけるものがある。
――そのベクターと互角に戦った弓削さんが、俺の先生だ!
矢矯と互角に戦った唯一の百識が、陽大の師なのだ。
――あいつも、できてたからな!
矢矯を「事の善悪は別にして、ただ勇敢であるという一点で、どこに出したって恥ずかしくない人だ」といった
孝介もルゥウシェとの決戦で、念動、感知、障壁を駆使して勝利を掴んだ。
今、陽大が退治している相手とルゥウシェならば、ルゥウシェが格上なのだろうが、だからこそ陽大は身体操作と感知は誤らない。
タイムラグなく殺到してくる光球であれば躱しようがないが、僅かでもタイムラグがあれば、もう陽大には掻い潜る事も可能だ。
「ッ!」
歯くらいは食い縛る事になるが。
光球を回避し、確実に舞台上の百識へと近づいていく。
舞台上の百識は、果たして陽大をどう思っていただろうか?
ルゥウシェたちが思っていたように接近戦しか攻撃手段のないと軽く見て、脳筋とでもいっていたのかも知れないが、今、百識の顔に浮かぶ表情にあるのは、嘲りよりも不平不満が浮かんでいる。
――脳筋のくせに、何で当たらないんだよ!
百識にとって肉体を駆使する攻撃は、品のない低レベルな攻撃であり、それしかない百識は能なしでなければならない。
そんな陽大が自分を追い詰めようとするなど、あってはならない――という、百識の常識が陽大恐るべしと認める思考を封じる。
――届くぞ!
結着だと目を見開く陽大。
しかし見開いた目が、自分に殺到する光球とは別のものを捉えてしまう。
光線――。
ここに来てスタンドから《導》を持つ百識が援護を始めたのだった。
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