第24話「舞台進行中」

 客席から飛来する《導》は全周囲から絶え間なく放たれた。


 的にされているのが並の百識ひゃくしきであったならば、このまま一方的に蜂の巣と化したところであろうが、陽大あきひろは違う。


 ――かわせる! 躱せなくても軽傷だ!


 それは確信だった。


 感知と障壁に特化された陽大である。客席に配置された全ての百識を把握する程ではないにせよ、自分へ向けられる《導》は完全に把握できた。


 ――全方位から、同じタイミングで来てるってんなら兎も角、バラバラだ!


 身体を滑り込ませる「隙間」を、陽大は感じ取る《方》を駆使していく。


 無傷ですり抜けられる隙間もあれば、急所に当たらないだけマシという隙間もあるが、そういった隙間は身体に張った障壁の《方》と、安土が用意してくれた衣装の防御力を信じて飛び込む。


 客席から飛来する《導》の光線と、《方》の光球を掻い潜り、ついに陽大は追いついた。


「届くぞ!」


 百識を始点とし、黄金比の螺旋を感じ取る。


 ――φファイnullナルエルボー!


 もう一歩でも踏み込めば背を打てる位置だった。


 対数螺旋のイメージは完成済み。感知によって、そのイメージ通りに障壁を展開させていく。


 攻撃する一瞬は静止するしかない――というのは、陽大には当て嵌まらない。


 対数螺旋のイメージを完全にトレースする陽大は、淀みなく標的に迫る。


 ――おっと!


 恐らくは攻撃に映る一瞬は停止するだろうという予測の元に放たれた光線を、陽大は状態を沈み込ませて回避した。それにより軌道には歪みが生じるものの、その修正は容易い。


 射程に入った背へ、今度こそ陽大が必殺の肘を放つ。


 ――狙いは、一番、下の肋骨!


 そこは腎臓の真裏であり、骨ではなく軟骨で支えられているため、容易く折れる場所だ。骨折し、それが腎臓に突き刺ささるような事があれば命に関わるのだが、この舞台で相手に遠慮するのは無駄の一言である。


 陽大は容赦なく振り抜く。


 ――即死したりはしないだろ!


 戦闘不能にするだけで留めるのは、教師役の命と引き換えに舞台を降りられた孝介と同様である。


 軌道修正――下から上へ振り上げるように振るう肘は、背から腎臓を狙うに最適な位置にあった。


「ッ!?」


 息を詰まらせる衝撃は決して小さくない。それも身体の中心で爆裂する衝撃なのだから、沸き起こる激痛は意識を寸断してしまう程だ。


 戦闘不能に陥れる一撃だが、それで舞台が終わらないのは陽大も承知している。


 ――でも終わらないよな!



 舞台の決着は、観客が認めた時だけだ。



 舞台上の百識は戦闘不能になったが、こうもスタンドから《方》の光球と《導》の光線が飛来しているのだから、戦闘不能とはいえない。


 とはいえスタンドも、一方的な陽大へ攻撃を仕掛けられている訳ではない。


 スタンドでも弓削ゆげが剣閃を閃かせていた。


 ――減らせている!


 スタンドにいようとも、舞台上へ攻撃を仕掛けた時点で乱入者扱いとなる。斬る事、斬られる事に文句はいわせない。


 斬る。四肢を切断した痛みで意識を狩っていく。矢矯と違い、舞台上の事ならば殺人も厭わない弓削だが、今はとどめを優先しない。


 負傷者は観客の目を引いてくれる。


 ――主催者の確保だ!


 百識を順に買っていけば小川が現れるというような、都合の良いシステムに期待している訳ではないが、この場限りでいえば有り得るのだ。


 ――手駒が全滅する前に、脱出する必要があるだろう?


 その動きを弓削は見逃さない。


 障壁を変化させて身体操作を行う弓削は、感知に於いては矢矯と互角がそれ以上なのだから。


 大体、斬った数が二桁に達した辺りで、弓削の足を止めさせる光景が現れる。思わず叫ばされた。


弦葉つるばくん!」


 スタンドから舞台へと飛翔する百識が。弓削には見覚えがあった。


 ――みやび りょうの《方》か!


 この百識が飛翔しているのは、《導》によって空を駆けているのではなく、《方》の光球を潰す事によって、その反発力で推力を得ている。


 雅と孝介か、矢矯との戦いを見ていたのだろう。その《方》を模倣するのは、陽大に対する挑発の意味も含まれている。


 この《方》を前にして、陽大は回避を選択できなかった。


 ――迎え撃つ!


 孝介の事を思い出すと、どうしても矢矯の姿が浮かんでしまう。関わった時間こそ短く、矢矯やはぎに関しては直接、言葉を交わした記憶も曖昧であるが、陽大にとって孝介は忘れ得ぬ存在だ。


 孝介から矢矯を奪う一戦で見た《方》は、陽大に逃避など許されないという思いを抱かせる。


 陽大が腰を落とす。


 それに対し、百識は口元を歪め、薄笑いを浮かべる。


「ふん!」


 攻撃は《方》や《導》でしなければならない、というルールなどはない。


 成る程、陽大の感知と身体操作は六家二十三派が操る《導》でも回避できるのだろうから、雅と同程度の《方》を真正面から振るったのではダメージらしいダメージは受けまい。


 ――でも、意識の外にあるものはどうだ!?


 百識が放った光球は、陽大ではなく、陽大の足下に炸裂した。


 次の瞬間、起きたのは爆発――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

DEAD END,STRANGLE 玉椿 沢 @zero-sum

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ