第9話「中古のスズキ」

 いつもと違う鞄は、本来は釣り竿を入れるケースだ。


 伸縮させる竿ではなく四分割された竿を入れられケースだけを持つかいは、中身の感触を確かめるように手を表面に滑らせた。


 ――しっかりしてる。


 中身は会が舞台で愛用している槍だ。


 得物の状態を確かめるようにでた後、会は止めてあったバイクに目線を移動させる。


 荷台に固定してあるトップケースに画材の入った鞄を収め、槍の入っているケースはタンデムステップとトップケースの二点で固定。


 槍をもう一度、ポンポンと叩いた後、バイクにまたがる。


 ――ここからだと、電車の方がいいのかも知れないけど。


 ハンドルを握る手に力が入るのだから、会が向かう場所はあずさと住んでいるマンションではない。


「戦場に、電車で向かう戦士がいるか」


 会が呟いたとおり、向かう先は戦場だ。



 月家つきけの屋敷。



 当主争い最前線へ戻るための愛馬ならば、電車よりも自動車かバイクが相応しい……と考えた所で、今の今まで浮かんでこなかった苦笑いが会の表情に浮かぶ。


 ――中古の、乗れればいいくらいの程度で見つけた格安バイクが、ね。


 会のバイクは、高速道路を走れる事だけを条件に、十万も出せば買えるくらいの代物だった。


 しかし故郷に錦を飾るというのであれば新車に限るが、そんな華やかな場に戻る訳ではない。


「お願いね」


 キーを捻り、エンジンを指導させた会は、酷い振動とマフラーから吐き出される黒い排気ガスに顔を顰めさせられた。会よりも年上の、散々、使い倒された中古車なのだから当然だ。250ccのスポーツタイプとなると、乱暴な運転もされた事だろう。


 ――覚悟の上、覚悟の上。


 そのバイクの身の上が、会にとっては自分と重なる。


 素人の目から見れば壊れかけ、マニアの目から見れば程度が悪いとしかいいようがないのだが、一世を風靡ふうびしたであろう性能を持ち、今も会が要求するに十分なスペックがある。


 ――私のバイクなんだから。


 会は自分が身に着けているものと同じだと思ってた。弓削ゆげから六家ろっけ二十三派にじゅうさんぱが切り捨ててきた《方》を教わり、鬼家きけ月派つきの《導》にも一手、加えた事で、会は相手の想定していない力を宿している。


 ――使い方次第、戦い方次第!


 自身の能力が六家二十三派の当主にも通用する事を確信している会であるが、自分の自己評価は――、



「頑張ろうか、ポンコツ!」



 会は精一杯、叫んだつもりだったが、それは少なからずいた周囲の人々に一瞥すらされなかった。


 中古のバイクに無理をさせるかの如く、アクセルを全開にした事に対しては、一様に嫌な顔をする事になったが。





 交差点を勢いよく飛び出し、国道から高速へ。


 スマートフォンが示しているのは、月家の屋敷――だが懐かしの我が家などという感傷は当然ながら不在。


 梓に何も知らせていない事が唯一、会にとってとなっているが、それは高速道路でスピードを上げた事で増してしまった扱いにくさが無理矢理にでも消してくれる。


 ――梓は、私の力じゃない。


 時折、蘇ってくる感情に対しては、その言葉でねじ伏せた。


 梓は会の従者であるから、協力する事に文句をいうのは筋違いというものであるし、当主争いしている姉妹は兎も角として、当主は雲家うんけ椿井派つばいはの当主と会が二人がかりで挑んできても文句はいうまい。


 また百識ひゃくしきが女系女権であるのは、手段を選ばない事こそを是とするためでもある。



 梓が強力な戦力というのであれば、むしろ使わない方が恥――それが六家二十三派の女といものだ。



 そんな理屈が出て来て、梓は自分の力の一部ではない、という反論ではねじ伏せられなくなってきた所で、会は吐き捨てた。


「だから嫌」


 利用できるものは全て利用するのが六家二十三派の常識だからこそ、会には反発が生まれる。梓が会の中に見つけた、ある意味、反骨心と見る事もできる反発こそが会の立つ礎だ。


 ――笑うなら、笑えばいい。人から貸し出された力なんて屈辱でしかない!


 知らず知らずの内にハンドルを握る手に力が入り、スロットルが開いてしまう。


 雲家椿井派の当主になった梓であるからこそ、会は自身も独力で当主になってこそ釣り合うのだと考えている。


 ――バカだっていうだろうけどね!


 高速の出口へ向けてアクセルを緩めた事が、会の思考を今までとこれからへ向けてしまう。


 姉妹たちの感覚からすれば、梓の助力を無視した結果、敗北したとなれば愚か者の極みとでもいうべきもの。


 そんな想像を振り切るためにアクセルを開きたいところであるが、幸いな事に雲家うんけ衛藤派えとうはの屋敷がそうであったように、六家二十三派の本邸は辺鄙へんぴな場所にあるのだから、高速道路ほどではないにしろ、スピードを出す事ができる。


 ――改めて見ると、用事があるなら自分から来いって感じよね。


 舌打ちする会の視線は、姿は見えているのに近づいている実感のない月家の屋敷を射貫くように向けられていた。


 バイクを停めると、エンジンがプスプスと溜息を吐くような音を出し、


「!」


 ヘルメットを被ったままの会は、自分へ視線と共に向けられる嘲笑に振り返る。


 屋敷を出て行く時、向けられていたものと同じだ。


 ――見てるのね。


 だが会は姉妹達を一瞥しただけ。


 ――ポンコツの中古バイクと同じだと見てるんでしょ。


 それだけで十分だ。


「あら、会……様……?」


 会の呼びかけに玄関から出て来た女中は、目を之丸くして首を傾げた。もう見る顔ではないと思っていた相手なのだから当然かも知れない。


「当主は?」


 会はフンと強く鼻を鳴らし、この屋敷の主、鬼家月派の首領はどこだと訊ねた。


「あの……アポイントメントは……?」


 女中が、何を不躾にという態度に出るのも当然と言えば当然。


 だが会はいう。


「娘が――」


 笑みはない。


「母に会うんだから、アポイントメントが必要ない用事があると思うけれど」


 笑みは笑みでも、そんな事をいい出した会へ向けられる嘲笑はあるが。


 女中も同じような嘲笑を浮かべたかも知れない。


 会は既に当主争いから脱落したのではないかというのだろう。


 だが会には黙らせられるものがある。


「それとも、いつどこでやるのか知らせて、ワナでも張る隙をあげないとダメだったっけ?」


 そんな会から、ここまでいわれる事は屈辱なのだろう。


「……どうぞ」


 女中は、会を邸内へ招き入れた。


 全ての情報を持つ者がいたら、これは滑稽だった事だろう。

長らく会っていなかった幼なじみの男からいわれた「一勝負できるはずだ」という言葉にすがる会が、大物ぶった言葉で挑もうとしているのだから。

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