第8話「帰りのバスの時間」

 ――対数螺旋をイメージして突き入れる。


 ゆっくりと動作を確認するように槍を突き入れていくかいは、弓削ゆげが得意とする身体操作の要諦ようていであり、陽大あきひろ神名かなが必殺の一撃に応用している対数螺旋の動きをイメージしていた。


 しかし陽大がφ-Nullファイ・ナルエルボーやストライクスリーに応用しているのとは逆のアプローチだ。


 ――突くよりも……引く!


 突き出すスピードを増させるために使うのではなく、引く方に使う。


 左半身を引く反動で右半身を突き出せば、会の衝撃しょうげき疾走しっそうは石突きよりも切っ先で見舞う一撃を高速に変える。


「ッ」


 その切っ先から伝わる衝撃も、障壁と身に纏った鬼神によってダメージにはしない。


 ――よし!


 切っ先のスピードは明らかに音速を超えているはずだ、と会は会心の笑みを見せた。


 ――人鬼じんき合一ごういつを併用すれば、もっとスピードは上がるはず!


 会は珍しい部類に入る。この考えに至った六家ろっけ二十三派にじゅうさんぱ百識ひゃくしきは皆無なのだから。


 単純にスピードを上げればいいという話ではないが、会が自信を持つ理由は、この攻撃――衝撃疾走だからこそだ。



 ――とバカにした技よ!?



 拳や刃物を用いた接近戦は下品と蔑む百識が多いからこそ、この会の衝撃疾走は対策らしい対策が立てられた事がない。


 ――空気を壁にして叩きつけました。物理ですよ。


 梓がレバイン一行との団体戦で見せたNegativeCorridorネガティブ・コリドーの一撃も、百識があざける物理だったのも会の自信に繋がっている。


 ――あずさは本当なら、雲家うんけ椿井派つばいはの当主なんだから。


 ただし会の自信は、裏付けのあるものではない。


 梓は確かに雲家椿井派の当主になる力があった過去があるが、その梓と自分の力量差を会は自分自身にすら問いかけていないのだから。


「引く方に対数螺旋を使うのか」


 会の衝撃疾走を見た陽大の気付きは、そういう点を見ている。


「……よく気付いたね」


 会は意外そうな声を出したのだが、陽大は当たり前だと胸を反らした。


内竹うちだけさんの鬼神きしん乱撃陣らんげきじん修羅しゅら夢想むそう乱撃陣らんげきじんも、対数螺旋での加速を突き出す事じゃなくて、引く方に使ってるから」


 神名が放つ必殺の攻撃を知っているからだ。突き出す方へ使えば身体が開き、連続攻撃に使えない。


「引く方に使って連打すると、回転方向が逆になるから余計に難しいはずなんだ」


 だから自分は使えないと、陽大は照れたように頭を掻いた。足払いから跳び上がり、回し蹴りへと繋げるストライクスリーは、横、縦、横と展開させるのだが、その回転方向は同一になっているのが、自分の限界だと陽大は語る。


「それは、左を引く反動で右を突き出して、左を引く反動で右を突き出す時の話よ」


 会も苦笑いで答えた。神名の技は会も見ている。鬼神乱撃陣は5回、修羅夢想乱撃陣は8回の連続攻撃を繰り出す大技で、対数螺旋を拳と蹴りの連動に使っているが、そこまでするのならば回転方向が逆になってしまうため高度になるのだ。


「私は1回だけ。だから同じ」


 回はぐるりと大きく、自分を中心に反時計回りに指を回転させた。


「あ、そうか……」


 陽大はもう一度、恥じ入ったように顔を赤くしたのだが、会はハハハと笑って、その背中を叩いた。


「右で突き入れる時、もう一回、回転させてやればいいのかも知れないけど、それはもっと難しいから」


 会はスッと指を動かすと、


「引く時は、回転の中心にあるのは私。でも突き出す時は、回転の中心にいるのは相手。これを瞬時に切り替えるのって、相当な事よ」


 会の言葉は。神名の技術がずば抜けている事の証明でもあり、続く言葉は――、


弦葉つるばくんの方が上よ、上。引く方に対数螺旋を応用するなら、中心は自分なんだから分かり易いの。動いている相手に中心を見出して振るえるなんて、なかなか……」


 陽大のφ-Nullエルボーの方が、難しい技術を用いていると会も認めている。


 厳密な感知と身体操作を持つ神名と、劣等だから努力するという意識を持っている陽大がいるという事も、会の自信に繋がっている。


 自信。


 陽大とて神名とて六家二十三派の当主を打倒した事などないが、衛藤えとう歌織かおりを打倒した自分を基準として、それよりも優れた技術を持っていると判断する。



 ――強いから。



 会の結論。


 どこまでいっても相対的である事は目を瞑る。


 それどころか、陽大くらい感知の《方》が使えれば衝撃疾走の正体はバレるという事は、弓削や矢矯ならば確実にネタを掴む事を示しているが。それも無視しての自信だ。


 ――勝てる。私は、鬼家きけ月派つきはの誰にでも。


 その思いに縋りつつ、会は練習用の槍を片付け始めた。


「ありがとう。弦葉くんも」


 汗を拭い、改めて同世代の陽大の顔を見遣る会。


「え? 俺は何もしていない。弓削さんでしょ」


 唐突だなと、陽大は困惑した顔を見せた。陽大も会の練習相手であった事は確かだが、飲み込みの速さから会に色々な面で抜かれている自覚がある。


「えェ。弓削さんに直接、いうべきなんだろうけど、弦葉くんから伝えててくれない? とても勉強になりましたって」


「え?」


 もう一度、陽大は困惑し、目を瞬かせた。


「月さん?」


 呼びかけられた会は、軽く手を上げて振り返らなずに出て行く。


 この時、会が肩に掛けた鞄がいつもと違う種類だった事を、陽大は忘れない光景になった。

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