第22話「天地を一つに」
二、三日の内に
――
その二、三日を特定する事ができない。
情報をつなぎ合わせて特定するには、材料が不足だった。そもそも那の存在は、気配を感じているだけで特定していないのだから、考えを読む事は不可能だ。
そして緊急事態には違いないが、
――
「明明後日」
安土の横顔へと、唐突に
「明明後日?」
それ以上はいわないが、何を根拠にしているかは想像に易い。
乙矢の魔法だ。
安土ですら把握できていない乙矢の能力は、こういう時にこそ活かされる。
「あと三日ですね」
ならば明後日の夜、基に知らせれば済む、と安土は
しかし指折り数えるまでもなく、短い。
清は基を一週間で完成させるといったが、昨日と明後日を一日と数えても、4日――実質3日しか基を鍛える時間はなかった事になる。
――《導》を教えるまでいける……?
ギリギリだと思った。しかしギリギリセーフなのか、ギリギリアウトなのかは自分でも考えない。自由自在に使えるとは思えないのだから。
那の《方》には《導》でなければ対抗できないとはいわない。
事実、《方》しか持たずとも、
しかし、それを前提に話はできない。
――
舞台に動員できる聡子の味方は、その3人しかいないのだから、安土が安心できる材料は少ないのだ。
しかし心配そうな安土の顔へ、もう一言、乙矢が付け加えた。
「何も考えていない訳じゃないから、心配しないでください」
「?」
顔を向けた安土は、乙矢の視線を追った。
そこにはパソコンに向かっている
「公表する気はないけど、私も真弓ちゃんも、鳥打くんに貸してあげられるものがあります」
それを作っていると乙矢は告げた。
乙矢の魔法は、確実に基の力になる。
もし今夜、明日にでも基に連絡が行ってしまっていたら、勝利の目は確実に潰れていたのだから。
かなり早い時刻であるが、基は布団に入っていた。夕食前に入浴と整体を済ませると、夕食を食べる頃には船を漕ぎ始め、食休みの後、牛乳を飲むとすぐに眠くなってしまう。
慣れていない畳敷きの部屋に敷かれた布団も、この状態ならば程好い固さだ。
そして、その状態であるからこそ見る夢があった。
あの日、乙矢と真弓の3人で訪れた
夢の中で、基は人工芝に大の字で寝転がっていた。
――空が青い。海も青い。芝生は緑……。
風の
そんな夢を見たのも、清の修練が効果的である証拠だ。
――魚は泳ぎが上手い。それは日々、泳いで暮らすからじゃ。誰かに習うためプールに通ったなどという話はない。
いつの間にか夢の中には清がいて、基にそう語ってくれた。
清の教えとは、
寝ている時も、イメージトレーニングとでもいうべき思考法を基に植え付けていたのだ。
その成果が今、基に生まれていた。
人工芝に寝転んでいる基は、空を見上げているはずだった。
――空が……。
見上げていた感覚が、ふと消失する。
そして現れるのは、上下が逆転した世界。
――!
一瞬、息を呑むのだが、上下の逆転は何度も起こった。
空に落ち込もうとする感覚、続いて地面に押し付けられるような感覚。
それらが何度か続いた時、基は悟った。
――地面に溶け込んで、空を支えてる……。
次の瞬間、基は飛び起きていた。
「!」
夢から覚めたのかどうかを自覚するよりも早く、基は清から習った
「……どうしました!?」
枕元に寝かされていたペテルが。クマの姿で起き上がった。眠る必要がないペテルは、基の様子を見ていただけに、この唐突としかいいようのない行動に驚かされた。
「……」
しかし基は寝ぼけていた訳ではない。
騎馬立ちになり、清から習った構えを取ると、顔が上気してくるのを感じた。
――確か、力の出し方は、重心を下げる事に始まる。
清の教えを思い出していく。
「これだぁ……」
思わず呟いた基は、気付いた。
この構えこそが、基の持つ感知の《方》を最も有効に使える姿だったのだ。
「繋がった。地球と繋がった!」
思わず飛び起き、縁側から庭へ飛び出る。
「鳥打くん!?」
何を言っているのか理解できないペテルも慌てて続く。
基は庭に出て、構えを取る。
――超一流の剣道家や柔道家は、意識を低くするだけで重心を安定させられる。
清の言葉を、ただ凄いとしか感じていなかったが、今、意味が分かった。
基の感知は、自分の重心と地球の中心を繋げるように展開したのだ。
この感覚こそが、清のいっていた一流の武道家たちの感覚だと確信した基には笑みがある。
そして基の姿を見ているのは、ペテルだけではなかった。
「……おお」
慌てて部屋から飛び出した基であったから、まだ起きていた清も自室から見ていた。
思わず
理想型――清が思い描いた
男であるから清に
それでも清が追い求めたものを、今、基が体現している構えだ。
地球の中心と自身の重心を繋ぐという事は、大地の一部になるという事。
隆起した大地を「山」という。
そうして空を支えるのだと基は感じた。
その感覚に到達する事が、清の《導》――結界の基本だ。
――やりおった……。
清も興奮冷めやらない。結界とは、「結ぶ」という字がある。基は空を支えるといったが、正確にいうならば、山となった自分と空を結ぶのが正解だ。
山家本筈派の結界は、天地を結ぶ力なのだ。
「ッ!」
そして繰り出した基の肩口からの体当たりは、何もない空に炸裂したにも関わらず、パンッと澄み渡った音を立てた。
「よくやった!」
思わず清は声をあげ、庭に飛び出た。
「え?」
基が顔を向けると、清は満面の笑みと共に手を伸ばし、基の頭を撫でた。
「たった二日! たった二日で、よくそこまで行ってくれた!」
頭を撫で、抱きしめる。
基は目を白黒させていたが、驚きはゆっくりと姿を消し、喜びがこみ上げてくる。
基に祖父の記憶はなく、教師という存在の印象は最悪であるが、この清にこそ、その全てを感じた。
祖父であり、最良の師であり、文字通りの恩師となる存在だ。
「はい!」
返事をした基を、清はもう一度、強く抱きしめた。
時間は少ないが、皆無ではない。
そして基が成長するスピードは上がった――那の予想を遙かに上回って。
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