第13話「矢矯の覚悟」
全く違う動きを同時に行うことは不可能だ。時間が止まっているならばともかく、タイムラグなしで胴薙ぎ、逆胴、打ち下ろし、斬り上げ、つまり上下左右から斬撃を放ちつつ、刺突を繰り出すことは現実的ではない。
それを可能にしているのが、
体内で発生させるそれは、結界と言ってもいいかもしれない。
身体の表面に物理的な攻撃に対するものと、《導》に対するものの双方の防御を備えさせ、身体の中に細胞の活性化を備えさせている。
その内、防御は捨て、全てを身体強化に回せば、5連撃のスピードは増し、タイムラグは消される。
「おおッ!」
短く、そして低く唸る明津は、必死の思いで目を見開いた。猛スピード故に狭くなっていく。
――全て一撃必殺、防御不可能の乱撃技であると同時に、回避不可能の突進技!
斬った手応えを全く感じさせないのは電装剣の特性であるが、この技に死角はないと明津が灼熱化した言葉を発する。
「斬ったぞ!」
明津の奥義は炸裂したのだ。
だが、八つ裂きにされた
確かに明津の奥義は防御できないし、回避もできない。
ただし逃げる事ならばできる。
矢矯の場合、「逃げる」という表現は正確ではないが。
「……出たな」
ステージを見下ろす観客席で、
矢矯がいたのは、
目にも止まらなかった。
弓削だけが感知できた矢矯の動きは、いうなれば瞬間移動だった。
電装剣を振るうのは、アヤの剣が放つプラズマ。物質として存在するならば、全てを切り裂ける電装剣である。プラズマも消滅させる威力がある。
「小さくなっていろ!」
怒鳴り声か叫び声か、矢矯の大声が
それでも二人が棒立ち同然になったのは、複数の方向から矢矯の声が聞こえたからだ。
眼前に、矢矯は何人もいた。
「何だよ? あれ!」
何なんだと叫びながら、客席で
「矢矯の《方》だ。念動を突き詰めた奴だ。自分が存在している時間か空間、あるいは双方に干渉、作用させている」
時空の軸を歪めていると言う弓削に、陽大は口を大きく開けたまま顔を向けさせられた。
「そんな無茶苦茶な……」
矢矯には《方》しかない、と弓削も言っていた。
――これでも《導》でなくって、《方》なのか?
「空間を歪めて瞬間移動し、時間を歪めて、極めて近い時間に存在させている」
弓削はフンと鼻を強く鳴らした。
自分の身体の内部で使っている事に変わりはなく、他者に対して行えないのだから、《導》ではなく、《方》だ。
ただし究極の。
だから消耗は最大になった。
身体だけでなく、時間と空間にまで使用した念動。
相手を複数の方向から捉えることになるのだから、これ以上にない負担となった感知。
電装剣の維持。
それら全てを行う矢矯必殺の《方》は――、
「
プラズマを打ち落とし、明津とアヤの行動を探る。
「もう秒しか保たんぞ」
賭けだ。
アヤと明津の《導》が尽きる事はない。腐っても
数秒を耐える事など容易い。
「高が数秒!」
アヤは飛翔を再開する。矢矯の攻撃は分身ではない。今、見えているのは全員、矢矯本人であり、一人でも致命傷を負えば全員が致命傷を負う。
瞬間移動などが出来るのならば、そもそも自分の眼前に来て斬ればよかったのだ。
それを選択せず、いや孝介と仁和を守るため、選択できなかった事こそが矢矯の隙だ。
「寧ろ的は増えている!」
明津も同様だ。
数秒間、逃げる事は選ばなかった。それは矢矯の攻撃が恐るべきものであると認める事になるのだから。
アヤも明津も、自らの秘技、奥義で矢矯を
アヤは飛翔を再開するため舞い上がり、明津は奥義を放とうと、
――ここだ!
そこにこそ、矢矯は活路を見いだしていた。アヤのプラズマを掻き消して孝介と仁和を庇い、文字通り地に伏して待ち続けた瞬間だった。
上昇から降下へ転じる一瞬、構えから発動に繋げる一瞬は、制止せざるを得ない。
「俺の一生分の時間! 一秒でも無限大!」
血を吐くような叫びと共に、矢矯も動く。
矢矯は孝介と仁和のためならば、必死になると決めている。
斬ると決めたのだ。
降下しようとしたアヤ、奥義を放つために構え、
無理に無茶を重ねた矢矯の身体であるから、あらゆる痛みが襲いかかってくる中、自ら無限大だと言い放った瞬間に想いを
アヤへ振り下ろしと斬り上げ、明津へ袈裟と逆胴――電装剣は防御できない。
「ッ」
矢矯が限界を迎える中、ステージに立っていられたのは、たった二人。
孝介と仁和だ。
「……」
声を出す余裕もない矢矯は、二人へ目配せするのが精一杯だった。
――言え。言え!
勝利宣言しろと言う矢矯。アヤと明津を立てなくした矢矯の絶技に、観客も審判も目を奪われている。
今ならば、二人を殺すまでもなく勝ちなのだ。
「ベクターさん!」
仁和は駆け寄りながら、孝介を呼んだ。
倒れているベクターに肩を貸しながら、孝介は力の限り叫んだ。
「こっちは二人とも無傷だ! どっちの勝ちだ!?」
3対2という変則マッチではあったが、それを選んだのはアヤと明津だ。
観客の声から、怒声は消えていた。
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