第12話「弱肉強食の浅はかさ」

 明津あくつが驚愕して目を見開いても、それは一瞬の事だ。


「どんな仕掛けか知らないけれど、電装剣でんそうけんに赤などない。電装剣の刃は、橙、緑、藍、黄、青、紫の6色だけだ」


 一体、何の真似だと言われても、矢矯はおもちゃを取り出した訳ではない。


「電装剣は、使う者が自ら作るもの。そして設計図がない理由は、感知の《方》を使って材料と制作を行うからだ」


 感知の《方》を得意とする矢矯やはぎが、作っていないはずがない。


 明津はたまたま自分に合う電装剣に出会えたが、矢矯の場合は自らの手で、自らのために生み出した。



 相性があるならば、どちらが優れているか?



「電装剣には、もう6色あるぞ。赤、すみれ、黒、白、銀、金だ。滅多にないレア色ってな」


 冗談めかして言う矢矯は、間合いを計った。





「これなら?」


 客席で、共に電装剣を構える二人を見下ろしていた陽大あきひろが、弓削ゆげへと視線を向けた。武器は互角か、矢矯の方がやや有利。腕前は――こればかりは分からないが、多少、不利でも矢矯に分があるはずだ、と視線に問いが含まれているのだが、弓削は組んだ手を口元に寄せたまま、


「いいや、分からない」


 どちらが有利とも言い難い、と弓削は言った。


「電装剣は凶悪な攻撃力を持っているが、発生させるだけで《方》を必要とする。ベクターの場合、今までは念動と感知だけに使っていればよかったのが、負担が増える事になる」


 矢矯がどれだけの時間で限界を迎えるのかは分からないが、限界が早まったことは間違いない。


「その上、電装剣は扱いが難しい。下手に振れば自分で自分を斬るぞ」


 そして電装剣が百識ひゃくしきの主要な武器にならなかった理由を知っているからこそ、弓削はどちらが有利か断言できない。


「どういう事です?」


 陽大が聞き返すと、弓削は「簡単だ」と前置きした。


「懐中電灯を振り回したことはあるか? 縦横無尽に振れば、時々、自分の手足や、下手すれば胴体に光りが当たるだろう。電装剣は、それと同じ。刃に重さがないから、振って手足に当ててしまうことがある。胴体に当てれば自殺だ」


 人が手に持った物の長さを知る事ができるのは、ある程度の重さがあるからだ。電装剣に重量があるのは柄のみ。刃にはない。


「感知する負担も増す」


 弱点だと弓削は断言する。


 だから今まで矢矯は電装剣を出せなかったのだ。


「そして、ベクターの身体の異常だ」


 組んだ手で隠しながら、弓削は笑っていたに違いない。近親憎悪を抱いている弓削には、矢矯の危機は面白くもあり、つまらなくもある。


「いや……」


 その異常については言わない。代わりに二人が持っている電装剣へ顎をしゃくった。


「電装剣の色は、意味があってな」


 目を矢矯へ向けたまま、弓削は独り言ちるように言った。


「12色の内、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫、すみれの8色は、を表している。赤へ近づく程、自由じゆう闊達かったつの気質になり、すみれに近づく程、秩序を重んじる気質になる」


 奇しくも矢矯は赤、明津は黄と、自由に傾いた性格といえる。


「まぁ、その中でも、更に深く踏み込むと、性格を表すんだ」


 その性格が、勝敗を分けるかも知れない――弓削はそう言った。





「……」


 弓削のことなど知らない矢矯は、電装剣を保持しながら集中力を必死に繋ぎ止めていた。



 弓削が言いたかった矢矯の異常――だ。



 美星めいしんの時から無理に無茶を重ねたような生き方をしている矢矯は、極度の重圧により、毛細血管が一斉に収縮する神経症を患っている。


 最も顕著に出るのは、血管の集合体とも言える心臓。



 機能的には何ら問題ないが、その痛みは心臓発作よりも強烈なものになっている。



 ――痛ェ……。


 痛みは矢矯にとっても絶対だ。電装剣の維持、より精密に感知し、身体操作を厳密な物にする事は、矢矯の戦闘可能時間を凄まじい勢いで削り取っていく。集中力こそが生命線である矢矯は、こう言う状況でなければ電装剣を出すつもりはなかった。


 消耗は隠しても隠しきれず、顔色や呼吸の変化を明津は見逃さない。


「その威力故に、どうしても攻撃の型が限られる」


 同じく電装剣を使う明津なのだから、欠点は知っている。そして切り札的に隠し持っている矢矯と違い、主として使う明津は、その熟練度では格上だと思っていた。


「振り下ろすか、それとも薙ぎ払うか、二つに一つ! 容易く読める!」


 だが矢矯はふんと強く鼻を鳴らした。強がりを多分に含んでいるが、大半は嘲笑だ。


「読む程の何かがねェよ」


 矢矯が持っている技は、二つに一つではない。



 ソニックブレイブの元になった矢矯の剣とて、振り上げて振り下ろす――ただ一つだ。



 ならばと明津が先制攻撃に入った。


 ――上野こうずけさんがやった通りだ!


 ソニックブレイブが持つ弱点は、アヤが突いた通りだ。正面からぶつかれば、地力の差が勝敗を決する。


 矢矯の《方》は孝介や仁和とは比べものにならないのかも知れないが、今の状態では万全とは言えまい。


 ――差はある!


 明津は全ての《導》を身体強化に変えた。電装剣に防御は不要。《導》の障壁であっても、場合によっては障壁ごと一刀両断にできる。


 ――斬れる、斬れるぞ! これは!


 構える明津。


「この世の真理は弱肉強食! 強い者が、弱い者を食う!」


「ハン、違うだろ」


 矢矯は間髪入れずに否定した。



「この世は、適者生存――強弱じゃねェ、適した者が生き残る!」



 それこそが矢矯の矜恃きょうじだ。


 もし、本当に力が強いものだけが栄えるというのならば、百識の力が社会の生産に寄与しないなどという事態になろうものか。


 矢矯の声に反発するかの如く、明津は《導》を全身に行き渡らせ、電装剣を振るう。


「奥義……剣閃けんせん黄龍こうりゅう!」


 電装剣の色と同じ名を持つ龍の技だ。


 黄の電装剣は、勇猛、猛烈、才気を表すという。


「黄龍とは五行の中心。即ち、ごんすいの五つ! 我が《導》を限界まで発動させれば――」


 胴薙ぎ、逆胴、唐竹、斬り上げ、そして刺突の5連撃を、全て同時に、それも突進力を加え、全てが必殺の一撃として放つ、回避も防御も不可能の必殺技となる!


 対する矢矯の電装剣は、赤。



 赤が表すのは、勇気、忠義、中正だ。



 その通りの行動が、現れる。

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