第12話「雁字搦めの行き止まりは、逃げた事への罰」
二戦分の時間は失われたが、それでも幾ばくかの時間はあった。
――慣れるまでは来ない。
小川は自分へのペナルティを、自分の駒を使って消化しつつ、
――相手が狙ってるのは、単純に俺たちを殺したい訳じゃない。
矢矯の認識も安土と共通していた。
――自分たちは優れているってアピールしたいんだろう。
落ち目となったルゥウシェたちを狙ったのも、小川の復讐戦という意味もあるが、レバインたちの名を上げたいという欲求があったからだ。
――力を
矢矯の見立ては正しい。
落ち目のルゥウシェを倒しただけでは、レバインたちが
ルゥウシェたちに勝利した矢矯たちを、それを上回る力を見せて
――なら、もう少しでしょうけど、時間がありますよ。
安土もそういえる状況である。残された時間は長いとはいえないだろうが、短いともいえないくらい、という状況のはず。
だから矢矯は今夜、
たまに三人で夕食を取る事がある、そんな夜だった。
安土からの連絡は、
安土の上手いところは、矢矯や弓削がこういう情報を漏らす性格ではないと把握しており、そういう
――こちらには、特別にする事なんてものはない。
矢矯はテーブルに肘を着いてキッチンを眺めながら、フッと口の端を吊り上げて笑った。
矢矯と弓削の《方》は特別な訓練を必要としない。日常生活を《方》による身体操作で送る事が最も効率的で、究極的な訓練になる。攻撃に関しては、フォームを身体に叩き込む必要があるが、それは副次的なものといえる。
今、キッチンで料理をしている仁和は、もう完全に身につけている。
――たったこれだけの期間でだ。
孝介もいるのだから、万人に一人の適性とまではいわない矢矯だが、二人とも、自分以上に水が合ったという事だけは分かる。
いずれは矢矯と同等の技術を身につけられるという直感が、矢矯の中に生まれるのだが、
「そうじゃないな」
思わず口を突いて出てしまった言葉は、矢矯にとっては些か大きい声だったようだ。
「何かありました?」
ダイニングと隣り合ったリビングスペースでテレビを見ていた
「ん? いや……」
一度は言葉を濁す矢矯。
――《方》の扱いがいくら上手くなっても、他に使い道がない。
矢矯が思うのは、それだ。
百識の実力を伸ばしても、実生活では何の役にも立たない。
六家二十三派に繋がっていて、当主争いをするというのならば話は別なのだろうが、新家である矢矯は的場姉弟には関係がない。
だが二人が目標としている事に関しては、《方》が有効である事も確かだ。
それらが矢矯に言葉を濁らせた理由であるが、矢矯は軽く頭を左右に振ると、
「どこかで舞台から降りる算段を立てないといけないなと思ってね」
このまま舞台に上がり続けるのは現実的ではない。得られる金額に対し、リスクが高い。
「手元に残るのが小銭に過ぎないんじゃね……」
デビュー戦、ルゥウシェたちとの制裁マッチ、矢矯抜きで挑んだ制裁マッチ、明津とアヤとの一戦、石井戦、雅戦――これだけの戦いを経て、得られた金も大金だが、治療費も莫大だった。
最後の
「そうですね」
孝介が溜息を吐かされていた。
「本当の事をいうと、降りられるなら、もう降りたいと思ってるんですよ」
軽い自嘲を浮かべるのは、こういう展開が嫌になったから、という訳ではないからだ。
「コレしかないと思って上がった舞台だったけど、間違った方法だったというの、よくわかったんですよ。割に合わないとか、そういうのじゃなくて」
コレしかないと自縄自縛になって選んだ道は、それこそ行き止まりにしか繋がっていなかった。世の中、デフレだというが、命までデフレになっているのが、この舞台だ。ルゥウシェやアヤのような、一方的に瞬殺できるような《導》があれば、手元に残るのが小銭という事はないのかも知れないが、それでもルゥウシェは三連敗し、三敗目には命を落とした。
「割に合わないとか、そういうんじゃなくて。本当に俺や姉さんに必要だったのは、こういう舞台で一発逆転なんて狙う事じゃないって」
目を伏せる孝介の視野の隅に、ダイニングテーブルへ置かれた鍋敷きの上へ鍋を置く姉の手が入った。
「何か掴めた?」
そう仁和が訊ねると、孝介は「ああ」と頷く。
「
挙げた名前は、ある意味では意外で、ある意味では順当だった。
強制的に舞台に上らされ、戦い続ける事だけを望まれた少年に対し、孝介は軽いコンプレックスを懐いている。
「弦葉を見てると、本当に必要なのは、コツコツ働く事なんだって思った。苦痛に耐える、粗食に耐える……そんな事の方が、本当は舞台に立つ事よりも安全だけど厳しい道だ」
孝介の言葉に、矢矯は瞬きする事も忘れてしまう程、驚かされた。
孝介が至った境地に対してだ。
「舞台に立つって事は、そこから逃げてるって事だ」
それは矢矯が求めていた点ではないか!
「舞台から降りる。来年一年、何とかできたら、俺と姉貴が二人で働けば、貧乏かも知れないけど、父さんと母さんが残してくれたものを守って、生活していく」
「現実から逃げずに、ね」
仁和も弟の意見に賛成だ。
「なら――」
矢矯が軽く手を上げた。
「次の戦い、相手は7人。こっちは何人か休める。孝介君と仁和ちゃんは休むといい」
矢矯は孝介と仁和に視線を往復させ――、
「俺が、その分を稼いでくる。最後の舞台にするんだ」
浮かべたのは、きっと精一杯の笑みだったのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます