第21話「時速4キロの旅」

 全くの無からスタートし、一から都市計画を選定されていった人工島は、公営住宅と商業地への連絡に公共交通機関を発達させている。


 乙矢おとやがいるコンディトライへは、路面電車を使えばすぐにつくのだが、


「使わない方がいい」


 はじめは時間がかかっても歩く方がいいと断言した。


 子供の足には遠すぎる距離であるが、それでも歩きがいいというのには訳がある。


 しかし、その理由の説明よりも先に、基はいう。


「いざとなったら、僕が背負ってでも行くから」


 聡子さとこに対する気遣きづかいだ。


「私も、交通機関は使わない方がいいと思います」


 だからペテルも基に同意する。


「相手の人数が分かりません。あの場に集結していた者が全員だったというなら、何としても振り切らなければなりませんが、相手も烏合うごうしゅうではないでしょう」


 ペテルは特に力を込め、その語尾に可能性が100%とはいえないと感じさせる響きを付け加えた。


「待ち伏せや遊撃が存在している可能性があります。いえ、むしろ用意されている確率の方が高い」


 組織立って活動しているのだから、とペテルへ頷く基は焦る気持ちを抑え込む。


「電車やバスは速いけど、今、最優先なのは無事に辿り着く事。だから余計なトラブルは、どんどんトラブルを呼び続けて、結局、遅くなる。だから負担は大きいけど、歩くのが一番、早い」


 一刻も早く乙矢の元へ辿り着きたいと思う気持ちは、基も聡子も同じ。


 しかし基は、この感情がどこから来るか知っている。



 だ。



 この危機を脱したいという気持ちは、逃げ出したいという気持ちと繋がる。


 だが、基が逃避を選ぶ事は絶対に有り得ない。


 基が必要だと思っている事は、徹頭徹尾、聡子を守る事。


 ――無事に、乙矢おとやさんと久保居くぼいさんの所へ連れていく!


 生死をかける必要のない道を選んでいかなければならない。聡子の危機に関しては、命を賭ける事を前提にしている基だが、実際に死ぬ事は許されない身である。



 それは、ただ速いだけの手段、ただ距離が短いだけ道を選ばないという事だ。



 落命しても、聡子が持つ《導》は死者すら蘇らせるものであるが、それを使わせる訳にも行かない。


 ――本筈もとはずさんは、もう医療の《導》は使わない。


 結局、聡子が《導》によって命を吹き込んだのは、ペテルとカミーラと基の3回だけだった。《導》そのものも、落命する運命にあった陽大あきひろ仁和になを回復させたのが最後。


 ――本筈さんの……えっと……倫理観だ。


 聡子は死んでも生き返らせればいいと考えないと、基は知っている。基の死を見ているからこそ、聡子は死の苦痛を理解し、その苦痛を何度も経験させる事が残酷だと思い、また自分の周囲にいる者は、蘇りを望まない者ばかりだと知っているのだ。


 矢矯やはぎを生き返らさなかったのも、矢矯が望んでいないことを汲んだからこそ。


 ――僕が死んだら……。


 一瞬、基の脳裏に過る考えが合ったのだが、基は頭を振って考えを打ち消した。


 命は賭ける。


 必死になるし、決死の覚悟も持つが、確実に死ぬ事は避ける事も肝に銘じた。


「……」


 黙ってみていた聡子は、ただ基の顔を見て、「うん」と短い一言と共に頷いた。


 元より聡子は基を信じている。もしも基が安易な手段に頼ったとしても頷いただろう。


 だからこそ基は、常に考えて行動しなければならないのだ。


「よし、行こう」


 キッと歩く方向へ顔を向ける基は、すーっとゆっくり、しかし大きく息を吸い込んだ。


拙速せっそくに走れば、途中で絶対にトラブルになる。トラブルは、更に到着を遅くする。遅くし過ぎたら……負けなんだ」


 バイク、車、電車、バスと様々な手段が浮かぶが、自分たちでも使える移動手段は、足だけだ。


「歩いて行く」


 早く着く事が目的なのではなく、確実に着く事が目的である。

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