第15話「シンフォニックメタル再び」

 この「舞台」には他薦が存在する。陽大がそうであったように、運営には執行すべきと判断した相手を確実に舞台へ上げる手が存在している。


 世話人には、この他薦を専門に扱う者がおり、その代表が小川だ。


 どこでどうやって知り合ったのか、小川と川下は出会っていた。


「成る程」


 川下の話を聞いた小川は、ゆっくりと、文字通り鷹揚おうように頷いた。

 ビルの屋上にあるショットバーの一席だった。小川はカクテル、川下は牛乳の入ったグラスを前に、並んでカウンター席に座っていた。


「はい……。教え子が、私のシチューに毒を……」


 ホウ酸は人体に無害であるが、既に川下の中では「基は毒物を入れた」と、自分の中で事実をすり替えていた。


「それは……酷いですね」


 小川は川下の下腹部を見ていた。妊娠している事が分かる大きさだった。飲酒をせず、ミルクを飲んでいる事で、自棄になっていないと分かるのだから、小川の目にある光は、純粋な同情だ。


「先日、自分ではないと保護者を連れて学校に乗り込んできました。生徒は全員、鳥打が入れたと言っているのに、頑なに認めないんです」


 アンケート結果も、もう内容を歪めてしまっている。基だと記入したのは、女子グループの数名だけであったのに、全員が書いた――いや、証言したと川下は言う。


 確かめる術はなく、小川に疑う頭はない。


「……分かりました」


 視線を川下から外す小川は、目配せするように頷いた。


 その相手は、カウンター席からすくっと立ち上がり、


「ルーシェと言います」


 握手を求めるよう手を伸ばすルゥウシェは、笑顔を作ろうとしていたのだが、どうにも上手く行かなかった。



 怒りが顔に出てしまう。



「同じ女性として、そんな男は許せません」


 矢矯と同類だと強く思っていた。


 ――自分のした事を認めず、また事の重大さに気付かない、気付いたとしても自己正当化する。


 そんな相手にルゥウシェが思う事は一つだけだ。



 ――斬るなら、こいつみたいなクズがいい。



 百識ではないが、《導》と刀を併用する使用法の実験台にはなる。


 一石二鳥だ。


「ありがとうございます」


 川下はルゥウシェと握手を交わした。


「これを持っていって下さい」


 川下へ、小川がブリーフケースを手渡す。


「これをクラスの皆に渡して、そのクソガキの名前を書いてもらって下さい」


 中身は、他薦する者の名を記入する書類だ。


 一人が記入しただけでは効力を持たない。「舞台」が成立しなくなる綻びが生まれかねないのが、この他薦であるから当然だ。一定数以上の希望者がいなければ、他薦は成立させられない。


 ブリーフケースの中身は、二種類。


 青地に白いラインが入った封筒と、「いなくなってほしい人の名前を書きませんか?」とだけ書かれた便せんだ。


「不幸の手紙みたいですよね」


 ルゥウシェが川下へ笑いかけ、冗談めかして言った。


「その程度の悪戯いたずらに思われた方が、安全なんですよ」


 仮に票が集まらず、他薦の方法が拡散されただけで終わったとしても、昔懐かしいチェーンメールやスパムと同じ程度の扱いならば、気に止める者も少ないという訳だ。


「はい……」


 川下は受け取った。



 そして配った。



 川下は「配っただけ」と言うだろう。


 それに基の名を書いた女子グループも「配られたから書いただけだ」と言うだろう。



 名を書かれた基が「どうにかなってしまった」としても、自分がやったのは「配っただけ」と「書いただけ」だ。



 基を舞台へ上がる事を強制したのは、川下でも女子グループでもなく、「運営だ」と言うだろう。


 そして何かあれば学校から出て行く基であるから、その身柄を確保する事は容易かった。小川も陽大の時と同じてつは踏まない。





 基は何故、自分がここにいるのか分からなかった。


 ――どこ?


 真っ暗だと思ったのだから、目が暗闇になれていないからだと気付くので時間がかかった。


 ――乙矢さんと久保居さんと一緒に、三瀬神社に行って、おにぎりをたくさん食べて……。


 昨日から起こった事を一つ一つを思い出していこうとするが、突然、頭上から照らされた強烈な光が、全ての思考を奪った。


「!?」


 照明に目を眩まされ、そして耳は大音量の音楽で塞がれた。


 シンフォニックメタルだ。


 何が何やら分からなくなる基の目が光に慣れ始めると、まず目に飛び込んでくるのは青いカクテルレーザー。


 徐々にハッキリとしてくる視界の中心に、日本刀を片手に持ったルゥウシェが進んでくる。

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