第14話「綻び」
この国では人間一人が煙のように消える事はできないようにできている。医師が死亡確認するまでは、死が明らかであっても心肺停止と表記され、死亡診断書と死亡届が揃って役所に提出されて初めて、死が認定されるようになっているのだから。
死体の処理も厳格で、火葬する事すら許可制。
それが進められないという時は、漢字二字で表される。
即ち事件だ。
国内に限定しても年間8万にも上る行方不明者がいるとしても、事件を放置する警察は有り得ない。
「おかえり」
本当に何も残さず消滅させた
口では《導》も《方》もないという孝だが、その実、兄弟共に医療の《導》を持っている。そして消滅した陽を蘇らせるのは初めてではない。
「ただいま」
陽は身体を起こしながら、額に手を当てて深呼吸した。唐突に途切れた意識が唐突に戻ってくる感覚には、慣れるという言葉は無縁らしい。
しかし孝は兄が思考力を回復させるのを待たなかった、
「始末は?」
今の状況は、緊急事態といってもいいのだから。
「
陽の返事は短かったが、そこに重ねられた孝の言葉は更に短かった。
「他は?」
ミスがあったのは、正にここ。
今まで、部隊の秘密を守るために消してきた世話人や百識、観客は数え切れない程、いた。
死体があれば殺人、なければ失踪と、どちらも事件であるが、被疑者である陽までもが消えてしまう現象は、事件は事件でも怪事件、超常現象の世界だ。
――FBIには心霊捜査官っていうのがあるらしいが、日本にはいないからな。
そのFBI心霊捜査官というのはフィクションだった事を知っている孝だが、皮肉を込めてそういった。
被疑者である陽は。戸籍上は死人なのだ。
この人間が煙のように消える事を認めていない国で、蜃気楼のように生きる事が可能だ。
だがこの時、ミスをした。
陽はそれに気付かない。
「次に進もう」
「あぁ」
同様に孝も。
「この店で、足取りは途絶えるんだな」
スーツを着た大柄な男たちが姿を見せたのは、川下と小川が会い、陽の《導》によって消滅させられた場所。
「この席で、ミルクを注文したそうです。彼女は妊娠中。勤務先の小学校を産休と年次有給休暇の消費と合わせ、少し長めに取っていたそうです」
先輩刑事に後輩刑事がメモに視線を走らせながら行った。
「誰かと会い、先に男が席を立った。その後も川下君代は席に残って寛いでいたが、いつの間にか消えた。注文した飲み物は残したまま。うーん?」
刑事は眉間に皺を寄せて唸る。
本当に0から都市計画が成された人工島は、事件の手掛かりとなる監視カメラやがそこら中に存在している。
その全てが、この店の中で川下君代が姿を消した事を疑いのない者にしようとしている。
「消える前に、男が一人、話しかけていたそうです。入店してきた時間が違うので、店員は顔見知りではないと思ったといっています。席も離れていますし」
後輩の疑う「男」とは、陽の事だ。
そして陽は小川の退店と入れ替わりに川下の前へ来て――、
「消えた」
そうとしかいえないのは、誰も見ていないし、いつ起きた事なのか分かっていないからだ。
「会計は、もう済んでいたそうです、川下の分は小川が。そのもう一人の男も、川下の前へ立つ前に済ませたようですね」
「……ならば、まずは小川か」
小川が、表に出てしまったのだ。
二人同時に始末するタイミングを逸したせいで。
そして小川は、参考人として表にも存在を表してしまった。
表――舞台も百識も、出ては生らない場所だ。
その時、店内だけてなく店外も――もっというなら、店の様子を窺える場所全てに警戒できなかった警察は、ちょっとした不幸に見舞われる。
――小川が中心か。
陽だ。
陽のプランでは、小川を縛り付けるため、観客を一人ずつ始末していく作戦だった。
変えなければならない。
――中間をすっ飛ばして、小川だな。
陽は決めた。
熟考しないからミスをする。
いよいよ陽も
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