第276話 ラストワード

▼セオリー


 摩天楼ヒルズ郊外。

 掘り進めた穴の中をアーティ先導で進んだ先、ようやく出口に辿り着いた。


 穴を登り、地上へ出る。辺りは真っ暗だけれど、どうやら平野らしい。振り返ればそう遠くない位置に摩天楼ヒルズの夜景が煌々と明かりを灯していた。


「なんとか外まで逃げられたな。アーティ、追手は?」


「待機させた蜘蛛たちに反応はないです。追手はいません」


「……そうか」


 アーティの報告を受けた俺はその場で座り込んだ。今までの緊張がドッと疲労感に変わって押し寄せてきた。


「セオリー、大丈夫?」


 隣に来てしゃがみ込んだエイプリルが背をさすってくれる。


「あぁ、心配かけてごめん。大丈夫、ちょっと安心して力が抜けただけだ」


 久しぶりに本気で危険を感じた。

 クロのプレイヤーに対する徹底した対応からは、彼の本気度が窺える。まさか他の地方のクランから頭領を派遣させてくるほどとは思わなかった。

 俺の本来の使命は中四国地方の征服だ。これを達成する上でクロは高い壁となることだろう。


「ハァ……、こりゃあ戦力を整えないと話にならないな」


 今の戦力ではとてもカチコミはかけられない。関西地方で途中下車したシュガーとルペル両名と合流するのが先決だろう。


「摩天楼ヒルズって中四国地方の一都市だろ? ここ一つ落とすのすら無理ゲー感あるんだけど」


「摩天楼ヒルズはヨモツピラーも建ってますし、関東の桃源コーポ都市と同じくらい重要な場所ですからね。でも、大丈夫ですよ。セオリーさんはもっとランクが低い時に桃源コーポ都市を手中に収めたんですから!」


 暗にこれ無理じゃねという弱音を吐いているんだけど、そんな弱音も意に介さず、ホタルは前向きに鼓舞してくれた。

 うん、ありがとう。でも、あの時とは状況がだいぶ違うからね……。


「とはいえ、諦めるにはまだ早いか。うし、前向きに頑張るか」


「その意気ですよ!」


「よし、それじゃあ、まずはアリスと合流だ」


 戦力を整えると言っておいて、いつまでも最高戦力の一角をほったらかしにしておくわけにもいくまい。

 本当はアリスを巻き込む気は無かったけれど、ここまで頭を突っ込んでしまったなら仕方がない。そもそも本人も中四国へ行く時に同行したいと希望していたのだ。こうなれば最後まで付き合ってもらうしかない。


(アリス、こっちは郊外まで逃げ延びたぞ。そっちはどうだ?)


 念話術を使用してから気付いた。そういえばアリスがまだ摩天楼ヒルズの中にいるなら念話術は届かないのではないか。

 しばらく待っても返事がないことから、やはり範囲外らしい。


「アリスはまだ中みたいだな。『念話術』の範囲外だ」


「でしたら私が『腹心通信』で連絡を取りましょうか」


「……あー、そういえばそんなのあったな。頼む、アーティ」


 俺の命令を聞き、アーティはアリスと交信を始めた。あの、そういえばまだ聞いてなかったけど『腹心通信』ってなに……?


「エイプリルは分かるか?」


「なにが?」


「腹心通信」


「分からないけど」


「そっか」


 エイプリルが分からないんなら『腹心通信』っていう名前なのおかしくねぇ?

 エイプリルが俺の最初の腹心なんだけど。


 それとも、やっぱりエイプリルとアリスって仲が良くないのか?

 腹心通信とかいうのにエイプリルだけハブってるんじゃないだろうな。ダメだよ、腹心同士でギスギスしちゃあ。今度、アリスに問い詰める必要があるな。


「でも、アリスが言うには私の『腹心』はアリスやアーティの『腹心』とは違うみたいよ。だから腹心通信ってのもできない、って聞いたけど……、えっ、急に肩掴んでどうしたの、セオリー!?」


「良かった。別にエイプリルがハブられてるわけじゃないんだな」


「ちょっと、私がハブられてると思ってたの? そんなわけないでしょ」


 どうやらエイプリルのハブられ疑惑は俺の杞憂だったらしい。


「にしても、エイプリルとアリスたちの違いってのは何なんだろうな」


「えーっと、何だっけ。たしかセオリーを介して繋がってるのがアリスたちで、私は違うとかなんとか言ってたような」


「俺を介して繋がってる?」


 ほぉ、知らん話だ。というか、NPC同士で知らない内に重要そうな話をしてるのすごいな。逆に言うとちゃんと皆から話を聞いておかないと俺だけ知らないこととかでてきそうで不安だ。


 アリスとアーティは俺を介して繋がってる?

 じゃあ、なんだ。エイプリルは俺を介して繋がってないのか。でも、一番腹心としての繋がりを感じるのはエイプリルだ。それはおかしい。

 それとも回線チャンネルの違いとか? 腹心になった方法が違うと繋がり方、つまり回線チャンネルも違うものになってしまうのかもしれない。


 あっ、こういうことを空中庭園の図書館で聞けばよかったんじゃないか。考えればもっと良い図書館の利用方法があったかもしれない。

 また、放浪の名匠エニシと出会ったら図書館に連れて行ってくれないか聞いてみよう。もしくはエイプリルの知識権限をレベル7まで上げるかだ。


「セオリー様!」


 アーティの鋭い声で俺は顔を上げた。

 驚いた、アーティは今にも泣き出しそうな顔をしている。蜘蛛の表情なんて分からないけど、ただそう感じた。直感だ。


「どうした、アーティ」


 なにか嫌な予感がする。第六感とかではない。もっと言いようの知れない胸騒ぎのようなものが感じられたのだ。


「アリスさんから、伝言です……」


 アーティの声が震えている。続きを言いたくないとでも言いたげない歯切れの悪い報告だ。


「なんて言ってたんだ?」


 アーティが逡巡するように顔を地面に向けた。


「答えろ、命令だ」


 俺が命令を下すと、ようやく踏ん切りがついたようでアーティが口を開く。


「『命令に背くことをお許しください』と」


「なんだって!?」


 俺が最後に言った命令は「生きて合流しろ」だ。その命令を遂行できなくなったということは……。


 伝言の意味を理解した瞬間、ぶわっと全身の毛が逆立つのを感じた。

 最初に湧いた感情は、怒り。俺はこんなところで何を呑気にしているんだ。自分だけ逃げ延びたからって安心してへたり込んでる場合じゃないだろう。



 まだ摩天楼ヒルズは目の届く範囲にある。

 俺は立ち上がると一歩、踏み出す。するとアーティが俺の前で両腕を広げて立ち塞がった。


「お、お待ちください、セオリー様! 再びあの都市へ戻るのは自殺行為です」


「分かってる。行くのは俺一人だ。ホタルとエイプリル、アーティは待機」


 アーティの脇をすり抜けて、さらに一歩踏み出そうとしたところでエイプリルに腕を掴まれた。


「行かせないよ。今の話だとアリスが負けちゃうほどの相手がいるってことでしょ。セオリーが一人で行ってもどうにもならないよ」


「そんくらい分かってる。でもアリスが逃げ出す隙くらいは作れるかもしれない」


「無理だよ!」


「ホタル、絶対にエイプリルとアーティに俺の後を追わせるな」


「っ……わ、分かった」


 なおも食い下がろうとするエイプリルを引き剥がしてホタルに任せると俺は雷霆咬牙を抜き放った。


「『雷霆術・雷鳴』」


 身体を雷鳴と化し、摩天楼ヒルズへひた走る。どうすればいいのか、答えも分からないまま、ただ激情に任せて駆け続けた。






「『雷霆術・雷鳴』」


 クールタイムが明けて即座にもう何度目かの雷鳴を使用する。瞬間的に世界の速度が遅くなり、雷鳴の到達地点へ音速で移動する。

 その途中、不思議な現象が起きた。時間の経過が遅くなった世界、色褪せた世界に、突然光が現れたのだ。

 まぶしい光の塊は雷鳴の世界の中ですらより速い速度で一筋の尾を伸ばしながら上空を駆けていた。


「なんだアレは」


 言葉を紡いだところで、この言葉が音として世界に発生するよりも早く俺は通り過ぎてしまうだろう。

 しかし、まるで俺の発した言葉が聞こえたかのように、光の筋は急角度で向きを変えると俺の方向へ迫ってきた。

 光に呑まれる。そう思った瞬間、俺は首根っこを掴まれて引きずられるような感覚に襲われた。






 気付けば俺は地面に尻餅をついていた。


「何が起きたんだ」


「セオリー! 大丈夫?」


 光に焼かれた網膜を労わるように俺は周囲を見回す。


「エイプリルの声……。ここは元居た場所?」


 そこはさっきまでエイプリルたちと一緒にいた平野だった。どうして元の場所に戻っているのか。クラクラする頭では考えがまとまらない。


「たしか、光に呑まれた後、首根っこを掴まれたような」


「その通りだ、セオリー」


 首元を手でさする俺へと男の声が掛かる。妙に聞き覚えのある声だ。声の発せられた方へ顔を向ける。


「お前は、……ルドー。生きてたのか!」


「貴様を殺すまで、俺は死なん」


 驚きである。目の前には桃源コーポ都市の企業連合会の一件で色々と因縁のあった相手、ルドーが立っていたのだ。それからルドーの横には知らない女性と男性もいる。


「俺を殺す為に来たのか」


 アリスを助けに行かないといけないっていうのに、こんな最悪のタイミングがあろうか。ルドーと睨み合う形で相対する。最後に会った時点でもルドーの忍者ランクは上忍頭だ。まともにやりあえば負ける可能性が高い。


「はい、お疲れ様。じゃあ、ルドーはお口チャックね」


「むごっ! むぐぐぐぅ!!」


 ルドーという脅威にどう対処するか考え始めた矢先に、同行していたらしき女性がルドーを後ろへ追いやった。ルドーは怒気をにじませるも口が不自然に閉じられ、言葉にならなかった。


「あんた、誰だ。ルドーの仲間じゃないのか」


「やめてよ~、こんなむさ苦しいオッサン、タイプじゃないってぇ」


 仲間じゃないのか、と聞いたのに返ってきたのはタイプかどうかだった。こういう煙に巻くような答え方をする相手は要注意だ。


「あぁ、そう自己紹介しなくちゃね。私の名前はリンネ。それからこっちはカストル。カストルは私のボディガードみたいなものかな」


「自己紹介どうも。そんで悪いんだけど、俺は急いでるんだ。話があるなら後でもいいか?」


 何故か板前衣装なリンネと執事服のカストルという不思議なコンビは、キャラクターとしては面白いし魅力的なので時間が許すならばぜひとも会話したいところだけれど、今は優先順位というものがある。

 二人をすり抜けるように再び摩天楼ヒルズへと向かおうとしたのだが、そこへ待ったを掛けるようにリンネが口を開いた。


「急ぎの用って鳴神忍軍に襲われていたアリスのこと?」


「どうしてそれを」


 聞き捨てならない単語が聞こえた。思わず俺が振り返って見ると、リンネが一点を指差している。

 その指の先にはカストルが背負う縦長のカプセルのような機械があった。俺がそのカプセルへ注目すると、カストルは背から降ろし、こちらへ向けた。ちょうど内部が見えるように側面の一部分がガラス張りになっていた。


「……嘘だろ?」


 目を疑った。しかし、この距離で間違えようもない。

 ガラスごしに覗くカプセルの中には、アリスの姿があった。

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