第129話 代償
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「そ、それは流石に嘘だよね?」
神楽は驚いたような目で俺を見てきた。
「いや、嘘じゃないですって」
「だって、あたし、先輩たちとしかクエストやってないし、そもそもパーティー組んだり、フレンドになってくれたりする人もいなかったんだよ……?」
あぁ……、パワーレベリングの弊害か。サークルの先輩たちはパーティーを組まずに手助けしていたから、神楽からすればクエストを一緒にこなしたとは言い難い。
それに神楽が最弱の悪評を気にしていることからも分かる通り、基本的には誰しも悪評の付いて回るプレイヤーとはパーティーを組みたがらない。これまでも一緒に遊んでくれるプレイヤーは他に現れなかったのだろう。
「あれ、でも先輩たちとフレンド交換くらいはしなかったんですか?」
「うん、姫と騎士は同列になれない、とか言ってフレンドには頑なにならなかったんだよねー」
なるほど、鷹条の言っていた「神楽さんはサークルの姫」という言葉が俺の脳内で甦る。ロールプレイが徹底され過ぎているのも考え物だな。
「……分かった」
そんな中、俺のカミングアウトで慌てる神楽をよそに、鷹条が目を細めながら俺を見つめて呟いた。その声音から察するに、どうやら俺のこともバレたっぽい。というか、俺の方も鷹条が誰なのか分かった気がする。
「キミがセオリーだね」
「そういう鷹条先輩はタカノメですよね」
お互いに計算を終えた後に検算をして確かめるように、ほぼ確定だろうという考えの下、相手の名を尋ねる。俺の質問に対して鷹条は静かに頷いた。あちらも俺の反応を見てセオリーで合っているだろうと確信した様子だ。
「え? え? ……淵見くんがセオリーくんなの?!」
鷹条と俺のやり取りを見て、やっと神楽も理解が追い付いてきたようだ。
それから、ややあって落ち着きを取り戻した神楽から矢継ぎ早に質問責めを受けた。
具体的には俺が今までに歩んできた道のりに関してだ。まだ中忍の身にも関わらず、暗黒アンダー都市の元締めや企業連合会の会長に就くといった波乱万丈の忍者生活を送っていたので神楽の方としても気になったようだ。
全てを説明するとなると、さすがにいくら時間があっても足りない。俺は残り少ないサークル活動時間の中で掻い摘んで説明したのだった。
「今日は面白いこと聞けて楽しかったよ! それじゃあ、……また夜にね」
神楽は笑顔でそう言うとサークル室から出ていった。神楽の満足そうな表情を見る限り、どうやら俺の忍者生活はエンターテイメントとして満足いただけたようだ。
それに鷹条も暗黒アンダー都市を中心としたライギュウ戦などの話では手に汗握る様子で傾聴していた。言葉での感想こそ少なかったものの、身体表現では一番リアクションを取っていた。
ゲームの話でいくらでも盛り上がれる。なんだかんだ全員ゲームが好きなのだ。
サークル室を出る頃には、もうずいぶんと辺りは暗くなっていた。
サークル室の戸締りをした後、鷹条は鍵をサークル棟の事務局へ届けると言うので俺も付いて行った。サークルに加入するのならば戸締りなどの雑務も覚えないといけないしな。
サークル室の鍵は事務局保管になっており、正式なサークルメンバーとして登録されている者だけが鍵を受け取ることができるようになっている。
この鍵の受け取りは学生証を用いて管理されているので、学生証を忘れて登校したりすると鍵を渡してもらえないなんてことにもなるそうだ。
また、学生証を紛失してしまった場合にも事務局へ届け出る必要がある。万が一、紛失した学生証が悪用されたらサークル室の物品が盗難に遭うかもしれないからだ。
電脳ゲーム研究会なんかは高価な感覚ダイブ型VRヘッドセットが複数台置いてあるし、棚に陳列されたレトロゲームの中にも高価なものがチラホラあった。防犯意識は大事だろう。
それはさておき、鍵を返却してから鷹条とともに構内を帰路についていると、鷹条から不意に話しかけられた。
「今日、神楽さんの話を色々と聞いたと思うけれど、どうか悪い面だけを捉えないであげて欲しい」
昨日今日と二日間、鷹条と接して一番長い文章を肉声で聞いた気がした。その眼差しは真剣そのものであり、真面目な話だという雰囲気が伝わってくる。
「頭領になる過程や悪評に関してですか」
「……そう」
確かに人によっては拒絶反応を起こしてもおかしくない内容ではある。真面目にコツコツとレベルや忍者ランクを上げているプレイヤーからすれば、神楽たちの取った行動はマナーのなってないプレイヤーと映っても仕方ないだろう。
……とはいえ、だ。
「ゲームへの向き合い方とかプレイ方針なんかは十人十色ですからね。格ゲーやFPSで明らかな
他者に迷惑を掛けてないから全てが良いとは言えないけれど、不正改造を悪用したわけでもないし、誰かに実害を与えたわけでもないようだった。俺としてはそこまで目くじら立てる要素はない。
「それに、むしろ八百万カンパニーに所属する他のプレイヤーたちからもそこまで邪険にされている様子は見られなかったように思うんですよね」
八百万カンパニー殺神事件の情報共有をするためにNPCとプレイヤーを集めて、神楽が状況の説明をおこなった。
その時、プレイヤーたちから忌避感らしきものはほとんど感じられなかった。もしかしたら、忌避感のないプレイヤーだからこそ、あの場に集まってくれたというのもあるかもしれないけれど。
とはいえ、そうやって忌避感なく支持してくれるプレイヤーもいるという事実がある。本当にあくどいことをして頭領に登り詰めていれば、擁護してくれる人は誰一人居なくなるだろう。少なくともそこまで悪辣な行動は取っていないのだと思う。
俺の返答を聞いて、鷹条も思い出すように少しずつ当時の話を聞かせてくれた。
「私は‐NINJA‐になろうVRはあまり遊んでなかったから詳細は分からないけれど、最初に神楽さんや浜宮先輩たちが頭領を目指した時はサークルメンバーの全員が『どれだけ早く頭領に達することができるのか』を検証したいという気持ちが強まっていたみたい」
俺はまぶたの裏にその情景がありありと浮かぶようだった。
浜宮と邂逅したファーストインプレッションは追究欲求が強そうな先輩だ、というものだった。研究者肌というのか、ゲーマーにも少なからずいる最高効率や最大火力などをひたすら探求していくタイプだ。
「でも、彼女も後悔してる部分がある。ゆっくりと遊んでいれば体験できていたかもしれない様々な経験を一足飛びで越してしまったこととか」
「それはあるでしょうね。ゲームで体験できたはずの楽しみを十二分に体感できなかったんじゃないかって」
この辺も人による部分ではある。ゆっくり育成したい派もいれば、さっさと育成を終えたい派もいる。
俺はゆっくりでも良いからゲームの楽しさを十二分にしゃぶり尽くしたい派だ。そのおかげでメインストーリーとは別にサイドストーリーが無限にあるゲームだと一本のゲームが一生終わらないこともあるほどだ。
そんな俺からすると、今回の神楽のプレイはやはり勿体なかったと感じてしまう。本人が後悔しているならなおのことだ。
……そうか、そう考えると本当に一時の感情に流されて始めちゃったんだなぁ。神楽自身が「悪乗りしてしまった」という言葉を用いていたのもしっくりくる。
「今更かもしれないけれど、今の彼女は真摯に遊んでる。だから、どうか色眼鏡で見ないで一緒に遊んであげて欲しい」
つまりは最終的にそういう話がしたかったのか。まるでお母さんみたいな人だな。たしかに神楽は背も小さくて庇護欲をそそる容姿はしているけれど、年齢的には皆どっこいだ。
さて、どう返したものか。
正直、俺はどうとも思っていない。実際に害を受けた訳でもないしな。
「鷹条先輩に言われるまでも無く、俺は他の誰かが付けた悪評だとかは気にしないですよ。結局のところ、俺自身が見て感じたままに行動するだけです」
鷹条は俺の答えに何を思っただろうか。特にそれ以上は何も言わなかった。ただ納得したような表情を見せていたので、それ以降は俺からもその話に触れず、アームドウォー2など他のゲームの話に花を咲かせたのだった。
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自分の趣味嗜好のせいか、気付くと話を暗い方向へ持って行きそうになるので、なんとか明るい雰囲気を保てるよう軌道修正するのに苦労します。
例を出すとSAOよりアクセルワールドの方が好きなんですよね。分かる人にはこれで「暗い方向に持って行ってしまう」の感じが理解してもらえるでしょうか。
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