第130話 監視と聞き込み
▼セオリー
大学から帰宅し、夕食や風呂、明日の準備を済ませた俺は複雑な気持ちを抱えたまま「‐NINJA‐になろうVR」の世界へと戻って来ていた。
「おかえり! ……あれ、なんだか浮かない顔してる?」
「よく分かったな。ちょっと大学で色々あってさ」
ログインと同時に影の中から現れたエイプリルは、すぐに俺の異変を察知したようだ。よく分かるなー、と感心するけれど、もしかしたら単純に俺の表情が分かりやす過ぎるだけかもしんない。ポーカーフェイスが壊滅的に下手だからなー。
エイプリルは心配そうな顔をして見てくるけれど、別にそんなに心配されるようなことがあったわけじゃない。気にしなくて大丈夫だよ、と声を掛けてから今日の予定へと思いを馳せる。
今日は八百万カンパニーの忍者たちから情報収集をするという体で街中を散策する予定だ。
事件を解決へと導くためには、まずなによりも情報収集が大事である。そして、そのためには地道な聞き込みを積み重ねていく他ない。どこぞの名探偵のように一つの閃きからピタゴラスイッチして犯人を見つけ出すなんてことは一般人には不可能なのだ。
……とはいえ、この聞き込みは建前だ。
なんせ既にツールボックスの忍者をこちらの支配下へ置き、スパイとして放っている状態なのだ。向こうの動向は今後手に取るように分かることだろう。
そんなことを思っていると、ちょうどよく道の向かい側からピックが歩いてきた。ピックはツールボックスの中忍であり、絶賛スパイ中の身だ。
そんなピックは現在、神主に成り代わっているため街中で歩いていると目立つ。いくら八百万神社群が巨大な神社である日輪光天宮のお膝元であったとしても、その周囲に広がる街に住むのは一般人が主だ。そのため、神主が着ている和風な衣装は街中で明らかに浮いている。
まあ、プレイヤーの忍者なんかは所構わず巫女服だったり、ものものしい戦闘用の隊服を着込んでいたりするので、この世界の住人からすれば神主が街中で和装束を着ていようと見慣れた日常にしか見えないのかもしれない。もしくは世界の修正力の方が常識を塗り潰しているのか。
「セオリー様、探しましたぞ。コヨミ様からの言伝でございます」
「そうか、聞かせてくれ」
どうやらコヨミからのメッセージを持ってきてくれたようだ。
それならフレンドチャットを送ってくれれば済む話な気もするけれど、思い返せば最初のフレンドが俺だったみたいだし、フレンドチャット機能を知らないのかもしれない。
「ここでは人の耳がありますので……」
神主はそう言って人通りの少ない路地裏へと俺を招いた。
確かにコヨミから俺へのメッセージとなると事件に関わるものだろう。機密性が高い可能性が大いにある。俺は頷いて神主の後を追って路地裏へと入り込んだ。
「コヨミ様からは、今日の予定が済んだら一度神社へ顔を出して欲しいとのことです。事件の進捗を共有するためのようです」
「なるほど、分かった」
「詳しくはこちらを確認ください」
ピックは懐から封筒を取り出すと俺へと手渡した。差出人のサインを見るにコヨミからの手紙である。わざわざ手紙を書いて送ってきたのか。ずいぶんと古風なことをするものだ。手紙を渡し終え、仕事を完遂したピックは一礼した後、去っていった。
あれ、てっきり何かツールボックス側の情報を横流しするために来たものと思っていたけれど、もしかして、今のピックは神主のロールプレイに徹しているだけなのか……?
去っていく神主を見送った後、俺は手渡された封筒の封を切って開き、手紙を取り出した。俺は中身をサッと見て目を細める。中には簡素な一文があるのみだった。
───主君の監視二名。上忍一、中忍頭一。上忍、
目を通した瞬間に分かる。この文章はコヨミからのものではないだろう。おそらくピックからの情報提供だ。文面を見る限り警告とも取れる。
どうやら俺の周囲にはツールボックスの上忍と中忍頭の計二名が監視についているらしい。こりゃあ、下手な行動は取れないな。
ピックも俺への伝達手段に頭を悩ませたことだろう。神主と俺はコヨミ繋がりで話したことはあるけれど、街中で出会って話をするほどの仲とも言い難い。
その点で、今回はコヨミがファインプレーだった。あえて神主に俺への言伝を頼むことで情報を横流しする機会を作り出した。
さて、せっかく情報を得られたのだ。しっかりと活かしてやらないとな。
まず、監視が二名付いているということだけれど、これは俺という存在がツールボックス的にも警戒すべき相手として見られている証拠だろう。
頭領のコヨミが本格的に事件解決へと乗り出し、満を持して呼び出した相手だ。警戒するに越したことは無い。
とりあえず、ピックから渡された封筒は燃やしておく。これが見つかるとピックの立場が悪くなってしまう。というか、スパイにしていることがバレてしまう。そうなれば全てがおじゃんだ。
証拠隠滅した後、再び街中散策に戻りつつ、手紙に書かれていた情報をエイプリルへと念話術で共有しておく。
(上忍と中忍頭……、どっちも格上じゃない)
(そうなんだよな。監視されているって分かっているのに、どこから監視されているのか全然分からないし)
さすがに暗殺者クランのメンバーなだけあって、何処から監視・尾行されているのか全く分からない。そもそも監視や尾行をされる立場っていうのになった経験がほとんど無いから、それを見破るためのノウハウが経験値として全く貯まってないのだ。
これは困った。今、奇襲を受けようものなら簡単に先手を取られてしまうだろう。誰か監視を見破るのが得意な人でもいれば良いんだけど……。
分からないものは仕方がない。ひとまずは不審に思われないように建前上の目的である八百万カンパニーに所属する忍者への聞き込み調査をした。
あまり得られる情報としては期待していなかったのだけれど、結果として色々と面白い話を聞くことができた。中でも俺の関心を惹いたのは「
その話をしてくれたのは基本的に八百万カンパニーに所属するNPCの忍者だ。
【神降ろしの巫女】であるコヨミとその周囲に侍る「
直近では、日輪光天宮の近くで複数人の上忍で組まれた討伐隊パーティーが返り討ちに合うほど強力な変異種モンスターが出現した際に、「
しかし、そんな彼らの活躍はここ半年くらいの内にほとんど聞かれなくなってしまった。そして、最後にはコヨミ一人しか残っていなかった。
実情を知らないNPCからすると、巫女の護りであった集団が姿を消し、それから巫女の降ろした神様までもが殺されるという事件が起きた。こう続くと関連性を見出す者も少なくないようだ。
……まあ、実際のところ騎士団が雲隠れした原因は就職活動のせいなんだけども。それは知らぬが仏だ。
あとはプレイヤーにも話を聞いた。
聞き込みに答えてくれたプレイヤーの中には、コヨミを介して現れた俺のことも「
うん、この時点でプレイヤーから見た「
ちなみに、プレイヤーへの聞き込みによると、コヨミたちは最速で頭領を目指すという目標を公言していたらしい。物珍しい試みは注目を引き、最初の内は応援するプレイヤーもそれなりにいたそうだ。
ただ、反対派も少なくなかった。どうやら女性プレイヤーであるコヨミを頭領に押し上げようという行動自体への反発が強かったらしい。
おそらく反対派のプレイヤーたちには、コヨミが何も頑張らずに上位ランクのプレイヤー集団である「
反対派のプレイヤーとしては楽して頭領になろうとしているように見えて面白くなかったのだろう。様々な妨害などもしていたらしい。
しかし、上忍頭や上忍で占められる「
そこからは関係のないプレイヤーたちにとって「
なんというか、暇なやつもいたものだ。俺の感想はただただそれに尽きた。
他人が頭領になることを邪魔するくらいなら、その時間も惜しんで頭領になるための任務をこなしていけば良かったのだ。結局の所、頭領という高みを諦めた者たちの嫉妬ではないのか。俺個人としてはそう思えてならない。
とはいえ、当時の八百万神社群に俺は居なかったわけだし、実際の現場を目にしたわけじゃないから一概にどちらが悪いとは言えない。けれど、聞き込みをした限り、現状のようにずっと悪評が付きまとうほどマナーの悪い行動を取っていたわけではないように思える。
できることなら、コヨミが頭領として胸を張って前を向けるようになると良いな。聞き込み調査を通して俺はそんなことを思うのだった。
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この先はコヨミを取り巻く環境とかをどうして書いたのか、
という作者の考えをまとめているだけなので特に読まなくても大丈夫です。
ゲーム内におけるマナーというのは難しい問題だと思います。
必ずしも正解があるわけではなく、個々人の中に正義があったり、暗黙の了解になっていたりすることもあります。
私も過去に初めてMMOゲームに触れた時、怒られてしまった記憶があります。
他人がモンスターを攻撃している所に、私も加勢するつもりで攻撃をしたら怒られてしまいました。
なんでも獲物を横から掻っ攫う行為は「横狩り」とか「横殴り」と言って、そのゲームではバッドマナーだったようです。
もちろん、それはゲームのチュートリアルでは教えてくれない暗黙の了解のようなものです。
そもそも、私としては敵と戦う彼に加勢しているつもりでした。
しかし、彼からすると獲物を横取りしようとする不届き者に映ったのでしょう。
ここで彼の中の正義と私の中の正義は衝突してしまったわけですね。
オフラインゲームと違ってオンラインゲームには、こういったプレイヤー間での認識のズレが生じやすいので色々と問題が起こりやすいです。
しかし、そういう人と人との関わりの難しさも含めてMMOなのかなとも思います。
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