第131話 監視の監視と強硬策

▼セオリー


 聞き込み調査を終えた後、伝言通りコヨミへ会いに日輪光天宮へと訪れた。

 コヨミは境内をぷらぷらと歩き回っていた。目的も無く右往左往する様は何か思い悩んでいるかのようにも見える。


「こんにちは、えーっと、コヨミ、さん」


「あぁ、……セオリーくん、こんにちは」


 お互いぎこちない動作で歯切れの悪い挨拶を交わす。


「どうしてコヨミをさん付けで呼ぶの? 昨日まで呼び捨てだったじゃない」


 エイプリルは耳ざとく俺の不自然な言動を咎める。

 いや、色々とあるんだよ、こっちには。さすがにコヨミの中身が大学の先輩だと知って、前までと同じように呼び捨てできるほどの度胸はない。


「あたしのことは前までと同じで呼び捨てで良いよー」


「いやいや、そうはいかないじゃないですか!」


 俺の返答を聞くと、コヨミは頬を膨らませて憤る。


「逆だよ。急に敬語で話されると、こっちまで調子狂っちゃうの。だから、今まで通り呼び捨てで話しなさーい!」


「ぐっ……、わ、分かりました」


「ほら、もう敬語になってるよ」


「わ、分かったよ!」


 もう自棄やけだ。先輩命令なら仕方がない。恐れ多くも呼び捨てで呼ばせてもらうこととしよう。というか、呼び捨てどころかタメ口だけどね!

 ところで、気になったことがある。


「今日はタカノメ、……さんはいないんですか?」


 そう、ここ最近はずっと一緒にいたタカノメが居ないのだ。何か用事でもあるのだろうかと思っているとコヨミは小首をかしげながら答えた。


「えー、いるよー?」


 コヨミの声色はまるで「あれれ、気付いてないの?」とでも言いたげな様子だ。ということは俺たちの近くにいたのだろうか。全く気付かなかったけれども。

 どこかに隠れているのかと、周囲をキョロキョロと見回していると突然に念話術が届く。


(あまり周囲をキョロキョロと探らない方が良い)


(タカノメさん、どこにいるんですか?)


(……名前)


(え?)


 俺の質問とタカノメの答えが嚙み合わない。しかし、今さっきやった会話の流れ的に察するところもある。


(さん付けは要らない)


(あ、はい。分かりました)


(あと、敬語も)


 コヨミもタカノメも敬称や敬語を使われることが気になるようだ。でも、言われてみると、たしかにゲーム内で現実世界の歳の差を持ち出すと、せっかくゲームをしているのに没入感が失われてしまうかもしれない。


(分かった。……それでタカノメはどこに?)


(後ろを向いて)


 言われるがまま後ろを振り向く。そこには八百万神社群最大の都市「日光」の街並みが広がっていた。

 日輪光天宮は山の中腹を切り拓いて建てられた神社だ。そのため、山の上から見下ろす形で街並みが眺められる。


 街の中にはあまり背の高い建物がないけれど、その中で一際大きなビルがある。八百万カンパニーの本社ビルだ。

 思わず俺はそのビルを注視した。ちなみにビルと言っているけれど、その屋上には神社が建てられている。不思議な構造だ。


(そう、そこ)


(……?!)


 タカノメから再び念話術が届く。そして、その瞬間に俺の第六感が警鐘を鳴らした。俺の身体を何者かに覗き込まれているような感覚が全身を襲う。


(今、何してます?)


(スコープで覗き込んでる)


 俺はタカノメが持っていたあの馬鹿デカいスナイパーライフルを思い出した。それに付いていたスコープのアタッチメントで覗き込んでいるわけだ。


(もしかして、あの一番高いビルに?)


(そう)


 距離にして一体何百、何千メートル離れているのか。どう見てもやってることは忍者ではなく狙撃手だ。

 しかし、今なら分かる。タカノメこと鷹条はアームドウォー2における二つ名持ちネームドプレイヤーだ。そのくらいのこと容易にやってのけるのだろう。むしろ彼女からすればスコープで周囲監視する方が本領発揮できるフィールドなのかもしれない。


(それで、そこで何してるんだ?)


(そこから先はあたしが説明しよう。セオリーくんにはツールボックスからの監視が付くだろうと想像がついたからね、タカノメちゃんにセオリーくんの周囲を探ってもらってたんだよ)


 俺の質問に答えたのはコヨミだった。そして、知らぬ間に俺はツールボックスからだけでなく味方からも監視されていたらしい。


(へぇ、なるほど。それならスパイのピックからも俺を監視している人数のタレコミがあったから答え合わせしようか)


(……監視は二人)


 おぉ、ピックの情報と一致した。タカノメはあんな高い場所から見下ろしているだけで、俺を監視している忍者をどうやって見分けているんだろう。


(正解。上忍一人と中忍頭一人だ。上忍の方は結構やり手らしい)


(その情報は正しいと思う。監視の一人はスコープで真正面から覗けば、私に気付きそうな雰囲気を感じる)


 物理的な距離が何百メートルもあって、その上で狙撃手がスコープごしに覗き込んだのを察知するってどんな存在だよ……。本当に厄介そうな相手だな。


(俺の第六感みたいなものか? たしかに、俺もタカノメに教えてもらってビルを見たら、覗き込まれてる感覚に襲われたけど)


(ちょっと違う。おそらく『危機感知』か『視線察知』の忍術を持ってそう)


(なんだそれ)


(感知系の一般忍術だねー。それぞれ、その名の通り、自身を対象にする危険や視線を感知することができる忍術だよ)


 俺の疑問にコヨミが割り込んで解説する。

 ほうほう、そんな便利な忍術があるのか。俺も今後は暗黒アンダー都市の元締めや企業連合会の会長として命を狙われる機会が増えるだろうし、そういう感知できる忍術を習得しても良いかもしれないな。


(とはいえ、感知系忍術は習得難度が高いから持ってる人は少ないけどね)


 どうやら、そう簡単に手に入るものでもないらしい。残念。



 さて、それはさておき、どうしようかな。

 こちらの作戦としては俺を囮として、暗殺に来てもらう必要がある。そのためには俺が有能な人間だと思わせなきゃいけない訳だ。

 ……よし、それならこちらからアクションを起こすとしよう。


(タカノメ、俺を監視している二人の中で中忍頭と思われる方の居場所を教えてくれ)


(東に三十メートル。販売所で破魔矢を見ている短髪の男性。服装は青)


 なるほど、ずいぶんと近くまで監視に来ていたみたいだ。


(ちなみに上忍の居場所は?)


(そちらは神社の外。二百メートル以上離れている)


 しめしめ、その位置関係なら中忍頭の方にだけちょっかいを掛けやすいな。


「そういえば、エイプリル。ここで売られてる忍具を見たいって言ってたよな。見に行こうぜ」


「え、本当? それじゃあ、早く行こう!」


 俺のアドリブに合わせてエイプリルも乗ってくれた。そのまま自然な様子で社務所と併設された販売所へ向かう。ここで初めて販売所に立つ中忍頭と目される人物を視界に入れた。


 急に俺たちが近くへ移動してきたわけだから監視していた中忍頭には少しくらい慌てて欲しかったところだけれど、さすがに暗殺者クランの一員だけあって、すぐ隣に監視対象がいるのにもかかわらず、動揺を微塵も見せずに平然と破魔矢を手に持って眺めている。素晴らしい胆力だ。

 じゃあ、こうしたらどうするかな?


「なあ、お前、尾行してたよな」


 破魔矢を持っていた男性の左腕を俺が掴む。これにはさしもの暗殺者クランの中忍頭と言えども驚いたようで、ギョッとした様子でこちらを見た。

 しかし、圧を掛けるのはこれで終わりじゃない。俺はそのまま腕を掴んでいたのとは逆の手に握った曲刀・咬牙を横薙ぎに一閃する。俺が腕を掴んでいたため、相手は万全な回避行動をとることができない。

 俺の手を振り払って即座に回避行動へ移ったようだが、ワンテンポ遅れてしまい、相手の左腕に咬牙が掠めた。手応え的に傷は深くないけれど、決して浅くもない。まあ、そんな傷の大小は些細な話だ。


「『不殺術・仮死縫い』、不意を突いたのに持っていけたのは腕一本だけか。やるな」


 咬牙を包む黒いオーラを睨むツールボックスの中忍頭はバックステップで俺から距離を取る。斬られた左腕はダラリと力なく垂れ下がったままだ。

 気付かれていた監視、不意を突かれ攻撃を受ける、正体不明の忍術により片腕が使用不能。こうも続けざまに不測の事態が続けば、相手の頭の中は軽くパニック状態だろう。


「お前は何者だ。連続殺神事件と関わりがあるのか?」


 ダメ元で尋ねてみる。さすがに返答はない。まあ、これで答えを返そうものなら今後、暗殺者クランを名乗ることを禁止するレベルだ。


「無視するなら仕方ない。捕縛尋問させてもらうぞ」


 俺はそのまま敵におどりかかった。いくら俺が中忍で相手が中忍頭とはいえ、片腕が使用不可能というのは大きなハンデだ。

 相手はクナイを取り出し、俺の猛攻に応戦するけれど、片腕がぶらりぶらりと勝手に遠心力で動くため戦いにくそうだ。こう見ると片腕が自由行動してるの面倒くさそうだなぁ。仮死状態にした張本人だが他人事のようにそう思う。


(それより、そろそろ上忍の方が助けに来てくれないかなー)


 正直、本当にコイツを捕縛尋問してしまうとツールボックスの関与をこちらが知ったことを相手にも知られてしまう。だから、俺は相手を倒してしまわないようにギリギリを見極めて手を抜いていた。

 元々、俺は筋力のステータスを犠牲にしている代わりに、それ以外のステータスが軒並み同レベル帯の平均値より高い。そのため、少し手を抜くくらいで普通の中忍レベルの動きになるのだ。


(動いた。気を付けて)


 タカノメから念話術が届く。その直後、中忍頭と俺の真上に円形の窓が出現した。

 その窓は直径二メートルくらいの大きさで、接近戦をしていた俺たち二人をすっぽりと覆い隠すほどだ。急に屋根ができたように影の下となったので驚いて上を向く。


「なんだ?」


 俺の疑問はすぐに解消される。窓がひとりでに開いたのだ。そして、その先にはだいだい色に発光する液体が煮えたぎっていた。

 これはなんだろう。ギラギラと危険な輝きが目に刺さる。そして、窓が開いた途端に感じる異様な熱気。まさか……


「マグマ?!」

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