第132話 小窓から溶岩流

▼セオリー


「『祓魔術ふつまじゅつ・浄界』!!」


 だいだい色に発光する高温のマグマが俺に降りかかるのと、コヨミの忍術を唱える声が聞こえたのはほとんど同時だった。


「うわっ、身体が! ……燃えてない?」


 回避する余裕もなかったため、もはやこれまでかと思ったところで、ギリギリ俺の命は助かったらしい。

 周囲を覆う三角錐の形をした半透明の結界を見る。おそらく直前に聞こえたコヨミの忍術だろう。マグマは三角錐の形に沿って地面へと流れていく。

 驚くべきことにマグマが目と鼻の先を流れているにもかかわらず、熱さすら感じない。


「降りかかるマグマを無効化する結界ってとんでもない遮断性だな」


(大丈夫?!)


 エイプリルから念話術が届く。後ろを振り返ればコヨミとエイプリルが必死の形相で何事か叫んでいる。俺は手を振って無事であることを伝えた。


(おー、大丈夫だぞ。この結界、声すら通さないのか。念話が聞こえるまで叫んでるの気付かなかったわ)


(良かったぁ。これって多分マグマだよね。浄界で防げるか分からなかったから安心したよー)


 コヨミの声を聞くに、ぶっつけ本番で使ったらしい。まあ、攻撃にマグマを使ってくるような相手はそうそういないだろうから試せる機会もないだろうしな。


 しばらく待って、マグマが地面に広がった後、コヨミは新たにマグマを覆うような結界を作り出した。そうして、俺を覆っていた結界を解除する。俺は周囲に張られた結界が無くなり次第、すぐさまコヨミの張った結界を足場にしてその場から退避した。


「俺と戦っていた忍者はどうなった?」


「声とか聞こえなかったんだっけ? 聞かなくて良かったよ。断末魔の悲鳴が今も耳に残ってるもん……」


「……っ、そうか」


 どうやら俺と戦っていた中忍頭はもう一人の上忍に助けては貰えなかったようだ。捕縛尋問で情報を取られるくらいなら跡形もなく処理するという判断を下したのだろう。仲間を仲間とも思っていない冷酷な判断だなと思う。


(タカノメ、上忍の方はどうしてる?)


(そちらにマグマを降らせた後、本人も丸い窓のようなものを通ってどこかへ消えた)


 どうやら仲間の処理をした後、すぐに立ち去ったようだ。逃げ足が速い。

 それにしても転移系の忍術か。丸い窓という共通点を考えるに、どうやらもう一人の上忍が使う忍術は窓を使った転移で確定と見て良いだろう。

 しかも、自分自身を転移するだけでなく、マグマのような物体を転移させることもできるようだ。さすがにピックからの報告でも侮り難いと書いてあっただけのことはある。厄介な忍者だ。


 というか、マグマを頭上に転移させるのは強すぎないか。正直、無警戒のところで急に出し抜けにマグマを転移されたら、それだけでやられちゃうぞ。


「とりあえず、人目の付かないところに移動しよう」


 突然のマグマ出現騒ぎに神社の境内はざわざわと混乱している。どこからか話を聞いてきたのか野次馬も現れ始めていた。


「ちょっと待って、先に消防隊へ引き継いでからね」


 おっと、そうだった。未だにコヨミはマグマを結界で覆っている最中だ。

 そんな話をしていると、タイミングよく消防車のサイレンが聞こえてきた。防火服に身を包んだ消防隊員が複数名で境内に走ってくる。


「はいはーい! 周りの野次馬はもっと離れてねー。今は結界があるから熱さを感じないだろうけど、解いたら周辺もだいぶ熱くなるよー!」


 コヨミが周囲の人混みへ向けて大声を張り上げる。いつの間にか現れていたコヨミの姿をした神様たちも「KEEP OUT」と書かれたテープを張り巡らせて安全確保へ動いていた。


「巫女様自ら対処に当たっていたとは、ありがとうございます」


「感謝は後、そろそろ結界の維持が限界だから間違っても周囲の人たちを近づけさせないように気を付けて」


 近付いてきた消防隊員にコヨミが指示を出す。頬を伝う汗を見るに、この結界の維持にはなかなかの気力消費が伴うようだ。

 いや、それもそうか。マグマの熱を遮断し、音すら通さないというのは防御壁としてかなりの強度だ。それをリスクなく簡単に出せる訳もない。

 消防隊がマグマの周囲を取り囲むように銀色の防火シートで壁を作っていく。それを確認したコヨミがカウントダウンを開始した。


「それじゃあ、解除するよ。……3・2・1」


 一と言葉を発したと同時に結界は弾け、再びマグマが解き放たれた。閉じ込められていた熱気が辺りへ噴き出す。しかし、熱気は防火シートの壁に阻まれ、その奥にいる人々には影響を与えなかった。

 それでも漏れ伝わる熱さに、人混みは自らが近付いていた物体の危険さをようやく知ったのか、そそくさと距離を取るように離れていった。


 次に消防隊はすかさず球体状の何かを投げ込んでいった。投げ込まれた球体状の物体はマグマの上空までいくと破裂し、白い粉のようなものを降りかけていく。


「あれは何だ?」


「吸熱粉を内包した消火用忍具です」


「ほうほう、消火に忍具を使うのか」


 周囲にいた消防隊員の説明を聞き、俺は興味深く頷いた。

 この世界において忍者は、その力の強大さゆえに恐れられる存在だ。しかし、同時に生活に役立つものを生み出す存在でもある。上手く共存している、とでも言えば良いのか。

 というか、忍具って一般人も普通に使えるんだな。何か特殊な技術でも必要なのかと思っていた。


「さて、もうできることも無いし、後は消防隊と神様たちに任せようか」


「あぁ、そうだな」


 引継ぎを終えた後はコヨミに付いて行き、神社の本殿へと向かう。社務所の目の前でマグマ騒ぎを起こしてしまったせいで、社務所の奥にある休憩所は使えないのだ。

 ということで、いつだか八百万カンパニーの所属忍者たちに殺神事件の情報共有をした広い本殿へと足を踏み入れた。


「……仲間を見捨てる判断はさすがに早かったな」


「でも、酷いよ。まだ助けに入る余裕だってあったと思う。それこそ転移忍術が使えるならやりようはあったんじゃないかな」


 エイプリルはツールボックスの上忍が下した非情ともとれる判断に納得がいかないようだ。たしかに転移忍術の使い手であればやりようはいくらでもあっただろう。しかし、それは平常時ならの話だ。


「あの場にはあたしも居たからねー。不用意に姿を晒すような真似は避けると思うよ」


 コヨミの言う通りだ。いくらコヨミに関東サーバーの頭領の中で最弱という悪評が付いていたとしても、それでも相手は頭領だ。上忍には荷が重い。


「非情ではあるけど、冷静でもあったってわけだな」


「ついでにセオリーくんを始末できれば御の字とでも思ってたんじゃないかなー」


「……それは有り得そうだな」


(報告がある)


 俺たちが先ほどの一件に関して話をしていると、タカノメから念話術が届いた。


(どうした?)


(先ほどの上忍が神主と接触した。何かを受け渡したと思われる)


 神主とはツールボックスの中忍ピックのことである。そして、彼はすでに俺の支配下だ。ピックを介して何か俺たちに仕掛けてこようというのなら、それはこちらに筒抜けの作戦となる。

 これは好機だ。ただでさえ転移系忍術の使い手となると捕縛が難しい。なんとか罠に嵌めて捕えたいところだ。


 タカノメの報告から十分ほど経って、お盆に急須と湯呑みを揃えた神主が俺たちへと近付いてきた。


「コヨミ様、セオリー様、境内での一件聞きましたぞ。災難でしたな」


 まるで寝耳に水かのように話をしながら歩いてきているけれど、この速さで俺たちに接触するということは、やはりピックはツールボックスの上忍から何かを頼まれてきているのだろう。


「いやぁ、まさか急にマグマが降って来るなんて思わなかった」


「不思議なこともあるものですな。災難の前触れでなければいいのですが……」


 ピック扮する神主は他愛ない会話を続けながら湯呑みに急須でお茶を注いでいく。そして、コヨミ、俺、エイプリルと順番に手渡していった。


「そうです。厄除けにこちらのお札をどうぞ」


 ピックは日輪光天宮で売られている厄除けのお札を懐から取り出すと、俺へと差し出した。


「この神社のありがたいお札ですので肌身離さず持っていればご利益があるでしょう」


 そう言いながら、ピックはお札の表面をトントンと指先で叩く。俺の視線はそこへ吸い寄せられた。

 ……あぁ、これか。お札の紋様の中に、まるで隠れるようにして小さな丸い窓の形をした模様が紛れ込んでいた。そして、それを認識した途端、嫌な雰囲気がお札から滲み出ているのを俺の第六感が感じ取った。


「そうか、ありがたく受け取っておくよ。肌身離さず持っとけばいいんだな」


 ピックはコクリと頷くと、「ご武運を」とだけ言い残してその場から立ち去った。

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