第133話 囮作戦開始
▼セオリー
(さっきの上忍が使っていた転移忍術の仕掛けが分かった)
(嘘ぉ、ピックから何か情報渡されてた? 全然気づかなかったけど)
エイプリルが念話の中で驚嘆の声をあげる。
(確実とは言えないけど、九割がた合ってると思う。仕掛けはマーキングだ)
俺の説明にエイプリルはなおも頭の上に疑問符が浮かんでいる。
逆にコヨミは勘付いたようだ。
(それってつまり、マーキングした場所に転移の窓を生み出すってことかな?)
(だろうな)
俺たちの親世代の漫画作品で一世を風靡した忍者漫画があった。その漫画に出てくる瞬間移動を得意とする忍者がマーキングを使用していたのだ。
現在も続編が作られているほど有名な作品なので俺も原作を読んだことがある。コヨミもおそらく読んだことがあったのだろう。マーキングと転移ですぐにピンと来たようだ。
ツールボックスの上忍が用いる転移忍術もおそらく同じような原理だろう。マーキングを施した物体を起点に窓を出現させられる、といったところか。
俺が戦っていた中忍頭にも同様にマーキングを施した何かを持たせていたのだろう。緊急時には転移で回収できるから持っておけ、とかなんとか言いくるめたんじゃないかな。
実際には頭上からマグマを降らせるのに使われたわけだが……。仲間を生きた罠にするとは恐ろしい相手だ。
(転移忍術のカラクリは分かったけど、このままだと危ないんじゃない? また、いつマグマが降って来るか分からないんでしょう)
(それについては、コヨミと別れるまでは大丈夫だと思う。せっかくマーキングした札を俺に持たせたんだ。不意を打つなら万全を期して確実に決めてくるはずだ)
コヨミは突然のマグマを防いだ実績がある。そうなると、コヨミが近くにいる状態で切り札の転移忍術を切ってくるとは思えない。つまり、向こうが動くタイミングをこちらがある程度コントロールすることができるって訳だ。
「よし、ハプニングはあったけど情報共有といこう。まずは聞き込みの成果だが……」
建前上の聞き込み調査の結果を共有しつつ、その間に念話術で今後の作戦を共有する。文字にすれば簡単な話だけど、実際にそれを実行するとなると頭がこんがらがってくる。こういうことをしていると、マルチタスクな能力が欲しくなってくるな。
「……というわけで、今日はあまり有益な情報は得られなかった。また、明日も聞き込み調査をしてみるよ」
聞き込み調査の報告をつつがなく終わらせる。その間に、念話術での作戦会議もなんとか終わった。
(それじゃあ、エイプリル頼んだぞ)
(任せといて! セオリーのことは一番の腹心である私がしっかり守っちゃうんだから)
今回の作戦の
「それじゃあ、コヨミ。俺たちはホテルに戻るから、また明日な」
情報の共有も終えたので、不自然にならない程度でコヨミと別れた。ここからは釣り餌に獲物が引っ掛かるのを待つばかりだ。
神社の境内を出て眼下に広がる街へと歩き出す。すでにエイプリルは身体を若干強張らせて緊張の面持ちだ。
(まだ、そんなにガチガチにならなくて大丈夫だぞ)
というか、本番でもそんなにガチガチだったらいつも通りに動けないんじゃないのか。もっとリラックスするべきだ。
(そんなこと言ったって、もうコヨミは近くに居ないんだから、いつ襲われてもおかしくないでしょう)
なるほど、エイプリルがすでに神経を尖らせているのはそういう理由か。
俺は安心させるために予想を話すことにした。
(それなら多分、俺が一人になるまで襲ってこないと思うぞ)
(え、そうなの?)
(これまでのツールボックスの暗殺の仕方を踏襲するのなら、俺を暗殺した後、成り代わろうとするはずだ。それなら目立つ場所でアクションは起こさない。もし、仕掛けてくるとしたら、ホテルの自室で一人になったタイミングとかじゃないかな)
(もー、それが分かってるんなら早く教えてよね!)
(いやいや、あくまで俺の予想だからな。もしかしたら街中で突然急襲してくる可能性だってないこともない。適度に緊張感を持っておくのも大事だぞ)
ぷりぷりと頬を膨らませたエイプリルは腕を組んでそっぽを向いてしまった。あまり念話術で話した内容でリアクションを取らない方が良いと思うんだけれど、……まあ、大丈夫か。
というのも、さっきから第六感が危険信号をビンビンに知らせてきているからだ。
ピックに渡されたお札にあった窓の形をした紋様を見てからだろうか。ツールボックスの上忍が使う転移忍術の窓に対する警戒ラインが一段引き上がったような感じだ。
今、ヤツは俺たちの頭上に小さな窓を展開し、その窓を通して俺たちを覗き込んでいる。
そんなわけだから、おそらくは視覚からの情報だけしか得られていない気がする。今だけは好き放題に言い放題だ。……いや、そんなリスク冒さないけど。
あとはもう一つ、監視されたことで新たな予想が立った。
相手の忍術を転移忍術だとばかり思っていたけれど、実際には空間と空間を繋げる忍術と言った方が正しいのかもしれない。まさしく家の中と外界を繋ぐ窓の役割を持っているんじゃないだろうか。つまり、転移は空間を繋げた結果の副産物なのではないかという話だ。
そう考えると、かなり良い忍術だな。支配下に加えたいくらいだ。おっと、そうすると転移系の忍術としてエイプリルと被るか。
この考えは止めとこう。何故か俺の思考を読んだかのようにエイプリルがギロリと俺の方を睨んできた。しないよ、いくら便利な忍術を持ってるからって配下にしたりしないよ。
そもそも、いまだに『
「ホテル着いたよー」
「ん、もう着いたか」
気付けばホテルに着いていた。
今回は企業連合会の会長として八百万神社群へ来ていたため、八百万カンパニーからもVIP待遇で招かれている。そんなわけだから俺の目の前には立派な佇まいのホテルが広がっていた。いや、ホテルというよりは旅館と言った方が正しい風情だ。
それがここ八百万神社群最大の都市「日光」が誇る最上級旅館「日輪」である。
「はーい、いらっしゃいませー。受付でーす」
旅館の女将風の着物の着こなしで現れたのは、またしても神様だった。つまり、見た目はコヨミである。俺は玄関口でズッコケそうになった。
さっき別れたばかりなのに、なんだかまた会ったかのような気分だ。もちろん、中身は神様なので先ほどまでの俺たちとのやりとりなんて知らない訳だけど。
「セオリーで予約が入ってると思うんですけど」
「はいはい、セオリーさんですね。お噂はかねがね。なんでもあたしたちの仇を討ってくれようと奔走して下さってるとか」
「えぇ、まあ、そんなとこです」
女将の神様は受付を済ませると「こちらです」と言って案内を開始した。廊下を歩いて行く最中も何かと尋ねてくる。ここは本当に高級旅館なのか。めちゃくちゃ気安く話しかけてくるけど。
そうでなくても神様ってもっと荘厳なイメージがあったけど、この街に来てから神様のイメージ崩されっ放しだ。もしかして、コヨミの性格とかも神様に影響を与えているのだろうか。その可能性もありそうだな。
「こちらですよー」
そうして案内された部屋は離れの一軒家だった。
「え、ここ?!」
旅館の本館とは別に離れがポツンと一つ置かれている。普通に日本家屋の一軒家そのままだ。まさか、この家丸々全部が俺たちの部屋なのか?
「ここは日輪の間でございます。旅館の名を冠する、この街一番のお部屋ですよ」
「はぁ……、そうですか」
これにはさすがに驚いた。
離れである「日輪の間」と本館とは一本の道で繋がれており、周りには竹藪や池を含む庭園を眺める美しい景観が広がっていた。
やばいな。めちゃくちゃ高級そうだ。
俺の思考を占めるのは、これから起こるであろうイベントへの懸念。ここにマグマ降らされたりしたら、一体どうなっちゃうんだろうなー。被害総額は考えたくもない。俺は現実的なことを考えるのは止め、思考を停止させて部屋の中へと足を踏み入れたのだった。
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