第134話 竹藪焼けた
▼セオリー
なんということでしょう。
匠の手によるマグマ投下により、古風な和建築にて建造された立派な一軒家は瞬く間の内に焼け落ちていきます。火の勢いは弱まることを知らず、周囲に群生した竹藪すら燃やし尽くしていくのでした。こうして、ポツンと佇んでいた離れは無くなり、開けた空間へと様変わりしたのです。
知らない知らない知らない知らない。
これは俺のせいではない。マグマを放った相手の上忍が悪いんだ。ホテルの被害額はツールボックスに請求してくれ。お願いだから頼むぞ。
俺は影の中で息を潜めつつ、念仏を唱えるかのように責任逃れの言葉を吐きながら、目の前で繰り広げられている惨状から目を反らした。
いやはや、まさかここまで早く手を打ってくるとは思わなかった。そう思うほどに相手の動きは驚くほど迅速だった。
女将の神様が本館に戻った後、エイプリルも温泉を見てくるという体で俺の下から離れたように見せかけた。そして、エイプリルが視界から消えてすぐだ。俺の頭上からマグマが降り注いできたのだ。
俺は迫真の演技で叫び声をあげる。断末魔の叫びというのがどんなものか分からなかったので、とにかく大きな声で叫ぶ。慌てた感じをプラスして、それからさもマグマに飲み込まれてしまったかのように声をか細くしていった。
さて、俺の演技力はどうかな?
一緒に影の中に潜んでいるエイプリルの方を向くと、彼女は俺を安心させるようにグッと親指を立てた。どうやら、悪くない演技だったようだ。
マグマによって「日輪の間」が焼け落ちていく中、影の道を通って俺はエイプリルに引きずられるまま退避していく。まだ火の手が回っていない竹藪まで退避すると、そこから静かに周囲を窺った。
バタバタと本館側から旅館の従業員やらが慌ただしく飛び出してくる。女将の神様も口に手を当ててあわあわと右往左往だ。
そんなところに再び飛び込んでくるサイレンの音。消防車が急行したようだ。もしかしたら、神社の境内に出動していた消防隊員がそのままこちらに駆けつけてくれたのかもしれない。
それを裏付けるように消火忍具の説明をしてくれた消防隊員が先頭になって火災現場へ現れたのが見えた。
消防隊員が防火シートを周囲に展開していく途中、焼け落ちた家屋からヨロヨロと人影が飛び出して来た。
「大丈夫ですか?!」
消防隊員が近付いて行くと、その人物はなかば倒れ込むようにして消防隊員の胸に飛び込んだ。そのまま抱きかかえられながら火災現場から離れた場所まで移される。左半身に大きく火傷を負っているようで即座に手当てを施されているのが見えた。
よしよし、どうやらツールボックスの奴らは俺のことを始末できたと思い込んでいるな。
火傷を負って手当てを受けている者の顔はどこからどう見ても俺だ。つまり、ツールボックスの常套手段、暗殺&成り代わりを仕掛けてきたということである。
女将の神様も敵が成り代わった偽セオリーを本物と勘違いして声を掛けているのが遠目に見える。火傷を負ったのはリアリティを出す為かな。よくもまぁ、身体を張るものだ。
(エイプリル、あとどのくらい潜っていられる?)
(気力の消費が激しいから、あと五分くらいかも)
となると、これ以上近くで潜伏するのは危険だな。
俺はエイプリルに指示を出し、影の道を通りながら旅館の外まで脱出した。ちなみに、影の中で俺は動けないので引っ張られるがままにされている。
人通りの少ない路地まで行き、エイプリルは影の中から這い出す。それから俺を引っ張り上げて影から出した。
「やったな、大成功だ。エイプリルの新しい忍術のおかげだぞ」
「へっへーん、こっそりと練習した甲斐があったね」
俺の評価にエイプリルは得意げに胸を反らした。
実際に、エイプリルが習得した新忍術は非常に有効な一打となった。
『瞬影術・
それがエイプリルの覚えた新たな忍術だ。
忍術の効果は「影の中に
だが、今回大活躍した目玉は他者を影の中に引き込むこともできるという点だ。実際、俺はエイプリルによって影の中に引き込まれた結果、マグマを被ることを回避した。
まあ、思った以上にツールボックスの上忍がマグマを放ってくるのが早すぎて若干ヒヤリとした場面もあったけれど、『影跳び』と『影呑み』を組み合わせて即座に俺の下へ戻ってきてくれたエイプリルのおかげで無事だった。
そうそう『影呑み』と言えば、この忍術は不知見組にとっても念願の忍者らしい隠密系忍術なのだ。
俺だって『仮死縫い』の他に『魂縫い』を習得したのだから、エイプリルだってもっと早くに固有忍術が増えてもおかしくはなかった。しかし、実際に習得するまでにはかなりの時間を要した。相当に手こずっていたらしい。
今にして思えば、次の固有忍術をどんなものにするか、具体的な指針をエイプリルが持てていなかったのが原因なのかもしれない。
電脳ゲーム研究会の前会長である浜宮の言葉が脳裏によみがえる。
『固有忍術は特定の範囲で指定した形に発現させられる』
たしかにそう言っていた。
逆に言えば、明確なビジョンを持てていない状態だと固有忍術は開花しにくくなる。そのせいでエイプリルは新たな固有忍術を覚えるのに時間がかかったのではないだろうか。
そう考えると不知見組を結成したこと自体にも意味があった。
不知見組の由来は俺の名字に掛けているのと、知れず見えずの不知見組というのが忍者っぽいという理由から決めたわけだけれど、シュガーに突っ込まれた「隠密系の忍術を誰も持っていないじゃないか」問題がエイプリルの新たな固有忍術発現に一役買っていたかもしれないのだ。
「これでより一層、不知見組って感じになったな」
「え……? ……うん、そうだね!」
あれ、もしかしたら別にそういうことじゃなかったのかもしれない。
そ、そんなことはどうでも良い。これからエイプリルにはもっと大事な役目があるのだ。
「じゃあ、作戦通り偽物の監視を頼むぞ」
「分かった。それじゃあ、行ってくるね」
エイプリルは『影跳び』で旅館の中へ戻っていくとツールボックスの忍者が扮する偽セオリーの下へ駆けていった。
偽物の俺にあんまり好き勝手されても困る。ある程度の牽制と監視を目的としてエイプリルを傍に配置する。あとは準備をして俺に扮したヤツを罠にハメる。それだけだ。
俺はコヨミとタカノメに『念話術』を送る。
(囮作戦、成れり。これより罠の準備へと移行す)
顔に手を当て『変装術』を使用する。俺の顔は誰とも知れない顔へと変化した。
服装はスーツで良いか。サッと早着替えを済ませると路地から顔を出す。それから堂々とした足取りで一歩ずつ街中へと歩き出したのだった。
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