第128話 正体見たり
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「神楽先輩って頭領なんですか?」
気付けば俺は尋ねていた。いや、頭領ランクが珍しいとか、そういう興味本位だけの考えではない。
そもそも、関東サーバーには頭領ランクに達しているプレイヤーが七人しか居なかった。その後、俺の誘いで佐藤ことシュガーミッドナイトが関西サーバーから関東サーバーへ移り、頭領の数が八人に増えたらしいけれど、それはどうでもいい。
問題は、その現状八人いる頭領の内、女性の頭領は三人しか居ないという点だ。
三人の女性頭領プレイヤーはそれぞれ八百万カンパニーのコヨミ、無所属のイリス、最後の一人はシャドウハウンドに所属しているという。つまり、三人中二人と顔見知りなのだ。
三分の二の確率で、既にゲーム内で知り合っている相手である。……き、気まずい。
ゲーム内における自分のキャラクターや性格というのは、ゲームだからこそできるロールプレイに興じている部分が多かれ少なかれある。
例えば、暗黒アンダー都市で出会ったゲンや桃源コーポ都市のリリカなどはロールプレイを楽しむためにゲームをしている節がある。片やヤクザクランのロールプレイを、片やお嬢様のロールプレイと言った具合にだ。
彼ら彼女らと比べると、そこまで全力のロールプレイをしている訳ではないのだけれど、俺だって現実と比べれば多少の違いがある。
一つ例に挙げるならば、強気で無鉄砲な行動力はゲームだからこそできるロールプレイだ。もし、ゲームの世界が現実のものだったら、俺は逆嶋の事件や暗黒アンダー都市の元締め騒動、企業連合会の正常化など思ってはいても行動できなかっただろう。
さて、そんなわけで神楽が誰なのかによっては、ちょっと恥ずかしい気持ちになる。
イリス相手には大怪蛇を前にして啖呵を切るなどカッコつけた言動を見せてしまったし、コヨミ相手には現在進行形で一緒にクエストをこなしている最中だ。
「……そう、だね。一応、ステータス上は頭領だよ」
俺の質問に対する答えは、なんとも歯切れの悪いものだった。
なんでだろう。別に頭領であることに弊害なんてないだろうに。それとも、彼女もロールプレイを過剰にしており、現実でバレると恥ずかしかったりするのだろうか。
いや、先ほどの浜宮の口振りから推測するのにサークルのメンバーとは一緒にゲームをプレイしているはずだ。すでに身内にバレている状況なのだから恥ずかしくなるようなロールプレイはそうそうしないと思う。
「何か答えにくい話でもあるなら、無理に答えなくても大丈夫ですよ」
「いや、そういう訳じゃないんだよね。ただ、あたし自身の気持ちの問題っていうか」
「気持ちの問題、ですか……」
それは俺にはどうにもできない問題だ。神楽自身が乗り越える以外の答えはないだろう。せいぜい俺にできることは急かさないことくらいだろうか。
「じゃあ、話せるようになったら教えてもらえれば」
デキる後輩の俺は、そう締めくくることにした。
「ううん、大丈夫! どうせ、ゲーム一緒に遊んだらバレることだし」
そう思っていたら、自分から言うことにしたらしい。デキる後輩の配慮は無為と帰すのであった。
「えー、そうだなぁ。どこから話せば良いんだろう」
神楽は思案顔になると、顎に手を当てて視線を天井に彷徨わせた。それからポツリポツリと情報を整理するように話し始めた。
「発端は半年くらい前、あたしが‐NINJA‐になろうVRを始めることにした時にサークルの先輩たちが『どうせなら最速で頭領を目指そう』って言ったのに対して悪乗りしちゃったことなんだよね」
ふむふむ、神楽は悪乗りしたと言うけれど、別に頭領を目指すというのはプレイヤー誰しもが目指す頂きなのだから悪いことではない。
しかし、彼女自身がそう言うということは気持ち的に納得できなくなる要素があったのだろう。まあ、すでに最速という部分が気にかかるしな。
「当時、すでに先輩たちはほとんどが上忍か上忍頭で、そんなメンバーが全力であたしを頭領へ押し上げようと協力してくれたんだよね。つまり、いわゆるキャリーをされてランクを上げていったんだ」
続く神楽の説明を聞いて俺は納得した。神楽を頭領にすること自体が目標に設定された結果、すでに上位のランクに就いている先輩方による驚異的なパワーレベリングが
「凄かったんだよー。下忍でいた期間はだいたい半日くらいかな。中忍でいた期間も一週間かからずに終わっちゃったしねー」
高レベルな仲間たちの手によって高速でレベルやランクを上げていく。まさしくキャリーというわけだ。
俺も逆嶋に居た頃にコタローから「セオリーのランク上がる速度は速い方だよ」なんて言われたりしたけれど、それでも一ヶ月半ほど経っても未だに中忍だ。その事実と比べれば神楽のランク上昇速度の異常さはありありと分かるだろう。
「中忍頭からはさすがにランクアップ速度が緩やかになったけど、一ヶ月後には上忍だったかな。上忍になってからは上位ランク用のクエストも解放されたから、順調にレベルが上がっていって最終的に今や頭領に至る、というわけ」
「ちなみに参考までに聞きたいんですけど、どうやってレベル上げたんですか?」
正直、それほどの速さを出すにはどうすれば良いのか、想像もつかない。
「単純だよ。あたしがクエストを受けて、それを先輩たちが補助してくれるの」
「それだとパーティー組んでる先輩たちにも経験値が分散されちゃいません?」
「え? ……パーティーとかは組んでないよ」
「はい?」
お互い語尾に疑問符を付けたまま言葉を返し合う。
つまり、先輩方はパーティーを組まずに、神楽が受注したクエストをたまたまそこに居合わせたプレイヤーが気まぐれで善意の手助けした、みたいなノリを繰り返してクエストクリアを手伝ったってことか。
当然、パーティーを組んでいなければ経験値も入らない。完全に無報酬のボランティアである。
「そんなわけだからさ、頭領になってはいるけど実戦の経験とかは未熟なままなんだよね。他のゲームで培ったスキルがあるから全くのゼロではないけど、それでも多分、関東地方の頭領の中で一番弱い自信があるよー……」
フィジカル最弱の頭領にシュガーってヤツがいるから大丈夫ですよ。俺は心の中で神楽を励ました。いや、神楽の言う弱さはそういう意味じゃないんだろうけどな。
分かっている。神楽の言う弱さとはフィジカル面だけでなく、忍者としての諜報技能やクエスト達成に向けてどのように動くのが効率的かなどを判断できるだけの実戦における経験値を指しているのだろう。
キャリーによって成った頭領という立場は自分の功績とは言い難いし、誇ろうという気持ちにもなり得ない。そういう一種の後ろめたい気持ちが影響して、神楽の返事を歯切れの悪いものとさせたのだろう。
……そして、神楽の正体がイリスであるという線は消えたわけだ。
イリスはゲームの稼働初期からいる古参プレイヤーだ。それに彼女の強さは十分に知っている。逆嶋バイオウェアやシャドウハウンド逆嶋支部を一人で相手取って大立ち回りできるほどだ。さすがにそれほどの強さを持っていて一番弱いなどとは評せないだろう。
「ちなみに、所属を聞いても?」
「結構、グイグイ来るね。というか、最弱頭領で心当たりが付くんじゃない?」
「え? いえ、最弱の方で心当たりは全く無いですよ」
もしかして、ゲームの攻略サイトとかで頭領ランキングとかあるのだろうか。それで最弱とか書かれていたら嫌だろうなぁ。
とはいえ実際のところ、俺としては今までに会ってきた頭領は誰一人として弱いなんて考えも付かなかった。
「そうなの? 結構、悪評が広まってるものだと思ってた」
そんな悪評が出回るほどの話だったのか。思ったよりナイーブな問題だったみたいだ。
でも、たしかに複数人の上忍と上忍頭がグループになって一人の下忍を頭領までキャリーしたなんて話を聞いたら、真面目にクエストをこなしている人からすれば悪く映ったりするのかもしれない。
「それじゃあ、他に心当たりがあったの?」
神楽としては俺が突っ込んで質問してくることを疑問に思ったようだ。
別に俺としては興味関心があったから、と言って煙に巻くこともできる。しかし、神楽がさっき言っていたようにゲームを一緒に遊ぶことがこの先あるのなら、いずれは分かることだ。俺も正直なところを答えよう。
「そうですね。心当たりというか。頭領ランクの女性プレイヤーとクエストをしたことがあって」
「へぇ、珍しいね! 誰と誰と?」
「えっと一人はイリスっていう頭領です」
「うっそぉ、最強格の一人だよ! もしかして、淵見くんって高ランクの忍者だったりする?」
「いや、まだ中忍ですよ。その、色々と成り行きがあって」
イリスと共闘した件は話すと長くなる。さすがに今は割愛した方が良い。
それよりも、もう一人の方が本題だ。可能性としては二分の一。
「それで、もう一人ともクエストをしてまして、現在進行形なんですけど、コヨミっていう頭領なんです」
慎重に言葉を選んで様子を窺う。
コヨミという名前を出した瞬間、神楽は固まった。驚くほど文字通り固まっていた。そして、ついでに言うと鷹条の方も怪訝そうな表情をしていた。
あ、これは当たったな……。
そう思うのに十分なリアクションだった。
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