第127話 力の本質

淵見ふちみ 瀬織せおり


「ふむふむ、たしかに検査結果は『第六感シックスセンス』と出ている」


 浜宮はパソコンにデータを打ち込み終え、その結果の映し出されたモニターを見て、腕を組んで唸った。


「事前に姫より軽く説明は受けている。第六感の影響と思われる出来事として‐NINJA‐になろうVRのチュートリアルを挙げたそうだな」


「そうですね」


 昨日、神楽たちに話した内容のことを言っているのだろう。他のプレイヤーたちとは異なる固有忍術の発現プロセスを経ている件だ。それに対して、浜宮は首を傾げながら自身の見解を述べる。


「……ふむ、話に聞く限り、チュートリアルで起きた事象自体はチュートリアルの範囲に収まる分岐内容だと考えるが」


「でも、チュートリアルで死んじゃうパートナーNPCを助けたみたいですよ?」


 納得がいかないのか、神楽は食い下がるようにエイプリルが一命を取り留めた件について話す。

 しかし、エイプリルが助かった方の話と俺の持つらしい第六感の関連性はどうだろう。エイプリルが死ななかった件というか、チュートリアルのパートナーNPCが存命するイベントについては前例があるらしいことを知っているんだよな。


 逆嶋にいた頃、ハイトが教えてくれた。

 ゲームのサービスが開始されて間もなくの頃は、チュートリアルのパートナーNPCには様々な名前があったという話だ。一週間もしない内にエイプリルで固定されたらしいけれど、その前に少なくともジャヌアリィ・フェブラリィ・マーチという三人がいたという。

 つまり、俺の考え的にもチュートリアルのパートナーが生き残ったこと自体は第六感の本質ではなく、副次的な産物である可能性が高いと思っている。


「姫、チュートリアルのNPCは過去にも変わった例があるんですよ。‐NINJA‐になろうVRの稼働初期ですがね」


 ほうほう、浜宮もハイトが言っていた内容を知っていたみたいだ。ということは、彼もなかなかの古参プレイヤーということだろうか。


「なんなのよー。それじゃあ、第六感は全く関係ないってことですか?」


「全く関係ないとは言ってませんよ」


「どーゆーことー?!」


 浜宮の言動に振り回される神楽は頭の上に疑問符を浮かべている。というか、俺もハテナだ。

 浜宮が言ったことを整理すると、俺のチュートリアルの内容自体は通常の分岐範囲に収まるという。しかし、第六感は全く関係がない、というわけでもない。一体どういうことだろう。


「淵見くん、そもそも第六感とはどういうものだと思うかね」


 浜宮は真剣な瞳で俺を見つめた。彼自身の言動などはふざけているのかと思うこともあるけれど、今回に関しては真面目な質問だろう。


「俺の感覚ですけど、嫌な感じを察するみたいなものですか?」


「危険の予測。それも一つだろう」


 間違っている訳ではないようだけれど、言外にそれだけでは満点と言えないことも匂わせてくる。

 それ以外の心当たりもダメ元で言ってみるか。


「あとは……、チュートリアルの話で言うと、ゲームのシステムと会話をした、とかですかね」


 自分で言っていて笑いそうになってしまう。ゲームのシステムと会話するなんて馬鹿げた話だ。そもそも、ゲームシステムと会話したのか、俺の幻聴なのかも定かではないような体験だ。照れ隠しに頭を掻きたくなってくる。


「ふむ、そうだな。それが本質に一番迫っていると思う」


 俺は驚いた。ダメ元で言ったことだったのだけれど、浜宮としては及第点の答えだったらしい。


「どういうことですか?」


「答えは出ているだろう。つまり第六感とはキミの言った通り、システムの核心、本質を掴む能力だ」


「本質を、掴む?」


 彼が何を言っているのか、俺には分からない。神楽と鷹条の方へ目を向けると、神楽も目に疑問符が映っている。鷹条の方も神楽ほどチンプンカンプンというわけではないようだけれど黙って思案顔だ


「少し難しかったかね。……簡単に言うと、淵見くんはゲーム側が提示している選択肢を体感的にハッキリと把握できているのではないか、と考えられるわけだ」


 ゲーム側が提示している選択肢を、俺が把握している?

 いやいや、ゲーム側から提示されていることはゲームプレイヤーなら誰しもが把握、理解しているはずだ。

 何故ならチュートリアルなどによって情報開示されているのだから。「‐NINJA‐になろうVR」を例に挙げるのなら、電子巻物で表示される情報がそれに当たるだろう。


「選択肢というか、情報はゲーム側から開示されてませんか? それはどのプレイヤーにも平等に与えられていると思うんですけど」


「そんなことはないぞ。開発者は意地悪だ。必ずしも一から十まで説明してくれるわけではない」


 浜宮が悪い顔をして笑みを浮かべる。まるで開発者サイドの実際の表情を見てきたかのようだ。しかし、そんな底意地の悪いことをするだろうか。

 俺が疑わしい目で見ているのに気付いてか、浜宮は話を続ける。


「例を挙げよう。話に出ていた‐NINJA‐になろうVRにおいて、全ての情報が開示されているのならば、固有忍術は特定の範囲で指定した形に発現させられる、ということまで教えてくれるはずだろう」


 固有忍術を指定して発現させる?

 俺が驚愕の表情を浮かべたのを見て、浜宮はニヤリと笑う。


「知らなかったか? しかし、当たり前のことでもあるのだよ。固有忍術はゲームを続けていく上で一生付き合うことになる能力ちからだ。その忍術が本人に合わないなんてことになったらゲーム体験の楽しみは半減してしまうだろう」


「じゃあ、実際には各プレイヤーが自分で自分の固有忍術を選んでるってことですか?」


「その通り。強力な忍者の襲撃により、プレイヤーを極限状態に追い込むことで感情を昂らせ、本人の持つ本質的な願望を抽出する。それを固有忍術として発現させているのさ」


 なるほど、と思う。理にかなった考え方だ。開発者視点というか、プレイヤーとは異なるメタ的視点とでも言おうか。その考え方を聞いた後には、固有忍術がランダムな訳がないとすら思える。


「だが、知らなかったとはいえ、淵見くんは第六感によって固有忍術の発現プロセスの本質を理解していた。キミの言っていたゲームシステムとの会話という表現も、ゲームシステムが提示していた選択肢の中から最も適する固有忍術を選び取る行為を感覚的に表したものだったわけだね」


「……なるほど」


 もはや、それしか言うことがなかった。浜宮の言っていることを正確に全て理解できたかと言えば不安が残るけれど、おおむねのことは分かったと言って良いだろう。


「つまり、開発者があえて伏せている情報やデータを感覚的に掴めるってことで良いんですかね」


「うーむ、そこまで話を砕いてしまうと第六感の一部分に戻ってしまうな。全容という意味ではやはり本質を掴む能力というのが最も近しい考え方だ。例えばだな……」


 俺の噛み砕いた解釈は、合ってるけれど違ったらしい。

 地雷を踏み抜いてしまったようで、またもや表現を変えて長々と浜宮の説明が始まってしまった。マシンガントークによる「第六感シックスセンス」の説明はしばらく終わりそうにない。

 神楽がジト目で俺を睨んできた。とりあえず、アイコンタクトですみませんと返しておいた。





 それから小一時間ほど浜宮の「第六感」講義が繰り広げられた。

 途中で俺も気になってしまい、ついつい隠し実績の取得やマスクデータなどにも第六感が関係するのか質問をしてしまった。それにより、途中から考察も挟みつつ、より一層と話が長引いてしまった。


 しかし、俺としては大変収穫のある一日となった。

 今まで全く気にしていなかったゲーム中における様々な恩恵はVR適応能力「第六感シックスセンス」によってもたらされていたのである。そして、そのことを俺は深く理解した。

 自分の持つ能力を理解せず感覚的に使うのと、理解した上で意識的に使うのとでは恩恵が天と地ほども差があるのだという。実際、神楽や鷹条も自身のVR適応を理解した後からより劇的に飛躍したのだという。


 散々喋り尽くした浜宮は満足したような顔で帰っていった。

 神楽は若干うんざりしたような、ぐったりとした表情を浮かべていたけれど、俺にとっては実りある時間だった。たしかに話は長かったけども。




 そういえば、浜宮はサークル室を出ていく時に気になる言葉を残していった。


「就活が終われば再び‐NINJA‐になろうVRを遊ぼうと思っているので、その時には是非、淵見くんも一緒に遊ぼうじゃないか」


「えぇ、楽しみに待っています」


 それから浜宮は神楽の方へと向き直った。


「ところで姫よ、我々、桜花の騎士団チェリーナイツの居ない現状、クランは大丈夫ですかな?」


「え?! えぇ、大丈夫! ちょっとゴタゴタもしてるけど、鷹ちゃん先輩も協力してくれてるし、あと心強い味方も来てくれてるから!」


「そうですか、それは良かった。頭領として活躍されている姿をまだあまり目にできていないのが残念でしたが、戻った時には立派に統治している姿を見られることを楽しみにしていますよ」


 そう言って去っていった。

 気になる点は浜宮が発した一つの単語だ。



 頭領。


 ……神楽が頭領だって?!

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