第126話 怪人物、襲来

淵見ふちみ 瀬織せおり


 俺が新たに習得した『支配術・黄泉戻しハーデス任侠ドール』の力によって、ツールボックスの中忍ピックを支配下に置いた。これにより、今後のツールボックスの動向や狙いを把握しやすくなったはずだ。


 そんな風に上手く事を運んだところで、その日は一旦ゲームからログアウトした。やはり大学生となったことで一日に遊べる時間は格段に減ってしまった。

 とはいえ、むしろ大学の合格発表からしばらくの期間がボーナスタイム過ぎたというのもある。ほとんど一日中遊んでいたようなものだった。その頃と比べて今は一日に遊べても三、四時間が関の山だ。


 そうなってくると「‐NINJA‐になろうVR」の世界においては四日に一度しか俺は存在しないことになってしまう。現実世界と比べて四倍の速度で時間が進むゲーム世界の時間を考えると少し心配になる。

 ゲーム内において俺は四分の三を占める出来事に関われないのだ。イベント事などはログアウトしている内に終わってしまったりしないだろうかと不安を覚える。

 それの答えはコヨミが教えてくれた。


「ログアウトしている間のことは心配しなくても大丈夫だよ。プレイヤー毎に個別で発生しているクエストは、主となるプレイヤーがログインしていないと進行しないように管理されているからね」


「主となるプレイヤーがいないと進行しないって、どう判断してるんだ」


「今回の件をクエストで確認するなら『八百万カンパニー連続殺神事件』が該当するんだけど、それを受諾しているプレイヤーはあたしとセオリーくんだね。だから、あたしたち二人が主となるプレイヤーってことだよ」


「ほうほう。つまり、俺かコヨミがログインしていなければクエストは進行しないってことか?」


「そうだよ。だからこそ、ゲームをプレイする時間帯が重なるプレイヤー同士は自然とパーティーを組むようになったりするんだよね」


 その後もクエストに関しては色々と知らなかったことを教えてもらった。

 例えば時間限定クエストはログイン状況に関わらず進行していくようだ。過去に受けたクエストで言うと組織抗争クエストなんかが該当する。

 参加するプレイヤーが多すぎることも要因なのかもしれないけれど、組織抗争に関してはプレイヤーの状況お構いなしに進行していく。実際に逆嶋バイオウェアと黄龍会が組織抗争をしている時、最初の一日目と二日目に俺は参加できなかった。

 というか、その時の経験から俺はログアウト中のことを不安に思っていたわけだ。しかし、無事に悩みの種は解消された。安心してログアウトしていられる。




 次の日。

 俺は神楽に言われたことを守り、VR適応検査の一環であるARグラスを装着して過ごした。傍目はためには普通の眼鏡とそう変わらない見た目をしているから装着した状態で過ごすのには問題ない。


 こうして無事に午前午後と予定されていた講義のオリエンテーションを終えた。というか、最初の一週間はほとんどの講義が初見であり、オリエンテーションや一年間の進行説明が主だった内容となっている。

 頭を使う必要性が薄いので、その間にARグラスの「ちっちゃなおじさん探し」を並行してこなしていく。意外と難しい。


 講義もきちんと聞かないといけないと思うと集中できない。重大な聞き取りミスを犯して単位取得できませんでした、などとなったら笑えないからだ。しかし、講義の説明に意識を割いていると、今度はちっちゃなおじさんを見つけ損なってしまうのだ。

 正直、俺の集中力はボロボロだっただろう。講義の方もVR適応検査の方も両方とも上手くいかなかった気がする。生来、マルチタスクは苦手なのだ。目の前のこと一つに集中しないとダメなのだ。それを痛感する日だった。




 予定されていた講義を全て終え、電脳ゲーム研究会のサークル室へ入った。

 サークル室の中では鷹条が一人本を読みながらくつろいでいる。俺が入室したことに気付くと、一瞬顔を上げて手を振ってくれた。俺も挨拶を返す。


「こんにちは、神楽先輩はまだいないんですね」


 ARグラスを外し、テーブルの上に置く。俺の質問に対して鷹条は静かに頷いた。


「彼女はまだ講義がある」


 どうやら神楽はまだ講義を受けている最中のようだ。

 これも大学のらしい部分か。大学は学生の裁量で講義を選ぶことができる。俺はまだ一年生だからか必修で固定の講義がすでに組まれているものが多くあるけれど、学年が上がると選択できる講義の自由度が増すらしい。夢が広がる話だ。


 さて、それならどうしようか。

 鷹条は本を読んでいる為、話しかけるのは邪魔になりそうだ。


 俺が棚に飾られた昔のゲームでも見て過ごそうかと思っていると、サークル室の扉が開いた。おや、まだ神楽の受けている講義が終わるまでは時間があるはず。誰だろうかと見てみると、そこには見知らぬスーツ姿の男性が立っていた。


「おはよう、諸君!」


「お、おはようございます」


 入って来るなり、大きな声で元気な挨拶をかましてきた。

 俺は若干気圧けおされるように挨拶を返す。スーツということは就職活動中の四年生か。となると昨日、神楽と鷹条が話をしていた先輩が思い当る。


「鷹条くんがいるとは珍しいな!」


「久しぶりです、浜宮先輩」


 鷹条が返事をしたことで、俺の予想が当たっていたことが分かった。彼が神楽の前の代で電脳ゲーム研究会の会長をしていた人物、浜宮のようだ。


「そちらのキミは淵見くんだね」


「はい、そうです。……どうして名前を?」


「神楽姫から聞いていたからさ。なんでも私の作ったVR適応検査で面白い結果が出たんだって? でも、詳しいことは教えてくれなかったんだ。もう気になって仕方ないから就活の合間を縫って大学まで来てしまったよ。ふむふむ、きちんとARグラスの方も装着してきたようだね。感心感心。では早速、パソコンに繋いでキミの素質を見させてもらおうかな!」


 どうどうどう。

 テンション高くマシンガントークを繰り広げる浜宮に再び俺は気圧されていた。というか、とりあえず今の発言の中にもツッコミポイントがあった。神楽姫ってなんだ。かぐや姫の間違えか?


「あの、鷹条先輩?」


 俺は答えを求めるように鷹条を見た。当の浜宮はパソコンに機材を繋げたりし始めたので、とても聞いたりできる雰囲気ではない。


「神楽姫は神楽さんのこと」


 まあ、それはそうなんだろうな、という答えが返ってきた。もう一声欲しいところだ。そんな俺の願いが届いたのか鷹条は本をパタンと閉じ、返答を続けてくれた。


「つまり、神楽さんはこのサークルの姫」


 さっきと言ってること同じじゃないか?

 とはいえ、鷹条の言わんとしていることは分かったかもしれない。要するに神楽はサークルの中でちやほやされる立場だったのだ。そして、神楽姫は愛称的なものだろう。

 本当にそういうのってあるんだなぁ。いわゆる〇〇サーの姫みたいな文化だろう。創作物の中の存在だとばかり思っていたが実在するようだ。


「ほう、淵見くんは神楽姫のことは聞き及んでいなかったのかい」


 俺と鷹条の話を聞いて、浜宮はパソコンへ向けていた顔を俺へと向けた。


「そうですね、まだこのサークルでは鷹条先輩と神楽先輩にしか会っていないので」


「そうだったか。ならば君にも栄光ある桜花の騎士チェリーナイトの称号を授けよう。我々が居ない間、姫を頼むぞ」


「……はい?」


「冗談はそのくらいにしてくれますかー!?」


 バタンッと大きな音を轟かせながらサークル室の扉が勢いよく開かれる。そして、浜宮へと文句を叫びつつ飛び込んできたのは神楽だった。あれ、まだ講義中のはずでは?


「おお、姫ではないか。久しぶりに会えて嬉しいぞ。では早速、彼のVR適応検査の結果を精査していこうではないか」


 浜宮は再びパソコンの方へ向き合うと、セッティングを再開した。

 なんというか、自由人だな……。


「淵見くん、浜宮先輩の言ってることは話半分に聞いてて良いからね」


「はぁ、分かりました。……なかなか大変ですね」


 どうやら姫扱いは本人非公認らしい。


「浜宮先輩も悪い人じゃないんだよー。ただ、一人で勝手に世界観を構築しちゃう悪癖があるんだよね」


 話を聞く限り、浜宮先輩はずいぶんとファンタジーな人のようだ。

 とはいえ、神楽はこうして電脳ゲーム研究会を続けているわけだし、無理強いしているわけではないのかもしれない。神楽自身も悪い人ではないと言っているわけだし。……まあ、少なくともクセは強いけど。

 そういえば、鷹条の説明によれば神楽は講義中だったのではなかったか。


「ところで、講義の方は大丈夫なんですか?」


「あぁ、うん。教授が一発目から休講にしてくれたんだよね。だからすぐに来れたんだ」


 なるほど、それで少し遅れて来たわけだ。


「よぉし、ARグラスの方もデータをインポート完了だ。では、見ていこうではないか」


 そんなところで浜宮先輩のセッティングも完了したようだ。

 俺たちは揃ってパソコンのモニター画面へと視線を移したのだった。

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