第125話 間者

▼セオリー


 ちょっとゴタゴタしたけれど、とにもかくにも風向きは自分たちにとって追い風に吹いている。


「まずはコイツがどういう状況なのか確認するか」


 コヨミへと目を向けて確認するように呟く。エイプリルはダメだ。顔を真っ赤にさせてしばらくは部屋の隅から帰ってこないだろう。

 改めてヴェド=ミナースが新たな支配術により蘇らせたツールボックスの中忍を見やる。彼は目をつむったまま眠っているかのように微動だにしない。

 ひとまずは呼びかけてみるか。先ほど捕縛尋問により入手した電子巻物の中には彼の名前も書いてあったので名を呼んでみよう。


「ピック、起きろ」


 俺が命令を口に出すと、途端に目をつむっていたツールボックスの中忍ピックは目を開き、起き上がった。

 なんとなく予感はあったけれど、やはり支配術は命令形で指示しなといけないみたいだ。


「自分の置かれている状況を説明できるか」


「はい」


「言ってみろ」


「貴方様のお力によって死の国より蘇らせていただきました。私は貴方様の忠実なしもべでございます」


 うん、とりあえず意思疎通も問題なくできるみたいだし、上々の忍術だ。

 だがしかし、支配術の影響、怖すぎないか? つい先ほどまで彼は俺たちと敵対していて、さらに言えば俺たちによって殺されたのだ。それが支配術で蘇らせた途端に配下である。

 いやまあ、本人の意思を無視して操るという意味では『空虚エンプティ人形マリオネット』も大概ではあった。しかし、『黄泉戻し任侠ハーデスドール』に関しては本人の意識すらも改変しているようで、ちょっと嫌な感じだ。


「わぁ、凄いね。これでより詳細なツールボックスの情報を手に入れることもできるわけでしょう」


「まあ、前向きに捉えるとそういうことだな」


 コヨミは忌避感なく純粋に今後の利用価値として評価している。

 ゲームだからな、コヨミの感性がマジョリティなのだろう。便利な忍術によって敵対勢力の忍者を懐柔することに成功したくらいに思っているのかもしれない。本来は、そのくらい軽い考えをした方が健全だ。


 こんな風にNPCの意志を捻じ曲げるような忍術に忌避感を覚えるのは、ひとえに俺の性格である。つまりはNPCをゲーム上の役割と設定を与えられただけの創造物として見れてないってことだなー。何が悪いってこのゲーム世界の住人の生活ぶりが、リアル過ぎるのがいけないよ。


 ユニークNPCですらない一般市民であっても一人一人にバックボーンがあって「生きている」という説得力がある。逆嶋で俺が助けたランという女性だって、ユニークでも何でもない、ただのNPCだった。しかし、その性格や人格が形成されていった理由がしっかりと作り込まれている。

 一度、認識してしまうとなかなか変えるのは難しい。どこかで割り切る必要があるのは分かっているんだけども。




 気を取り直して、ピックへの命令だ。

 実際問題、彼という存在は今後のキーパーソンになり得る。こちらから嘘情報を相手に流すこともできるし、相手が彼に出した命令や今後の行動を筒抜けにすることだってできる。


「よし、ピック、命令だ。お前にはこれからツールボックスの情報をこちらへ流す役目を担ってもらう。基本的には今まで通りツールボックスの中忍として働き、要所で必要な情報をこちらに流せ。分かったか?」


「了解いたしました」


「よし、それと今日の報告は上手く盗聴できたとでも伝えておけ。俺たちがツールボックスの存在に気付いていることさえ伏せれば、あとは実際に俺たちが話した情報をそのまま伝えて良い」


「了解いたしました。……恐れながら一つよろしいでしょうか」


「なんだ?」


 彼に命令すべきことは全て終えた。もうツールボックスの方に戻ってもらって良いんだけれど、彼の方からも話すことがあるようだ。


「私にはツールボックスの上忍ジョイントの手による隠蔽の忍術が掛けられていました。しかし、現在はその術を破られてしまっています。このまま帰還すればそのことを詰められるでしょう。いかがいたしましょうか」


 俺は思わず口を閉じ、押し黙ってしまった。

 そうだったか。ピックは神主に成り代わっていたけれど、その成り代わるための変装は彼自身の忍術ではなかったようだ。

 これは一大事だ。隠蔽のための変装術なのに、それが破られた状態で「上手く盗聴できました」なんて報告してくるヤツを信用できるか? 俺だったら信用できない。


「それなら、あたしが隠蔽を破壊するような結界を張ってたことにしようか。あたしの祓魔術ふつまじゅつ・浄焔は範囲を広げるほどに効果が薄まるから、これを薄く広げて部屋を結界状に囲っていたことにしよう。お茶を出しにこの部屋へ入ったキミは指先から隠蔽が解け始めていることに気付く。そこで慌てて部屋から出たことにすればいいよ」


 コヨミの提案を聞き、ピックは俺の顔を窺っている。


「それで誤魔化せそうか?」


「細部を詰めなければいけませんが、それで概ねいけるかと。ただし、祓魔術・浄焔の情報が向こうに渡ることになります」


「たしかに隠蔽を破れる忍術がこちらにあることを知られるのは痛い。……とはいえ、ツールボックスの内部にスパイを潜り込ませられるのも大きい」


 結局は天秤に掛けてどちらのメリットが大きいかという話だろう。


「うん、それは当然、彼から得られるツールボックスの情報の方が重要だよー」


 コヨミとしては即断で決まったようだ。彼女の忍術の情報である。当の本人が良いというのならばありがたく甘えさせてもらおう。


「よし、ではその情報を手土産に盗聴の結果を報告しに戻れ。定時連絡は不要だ。何か重要な情報を掴んだ場合の伝達方法はそちらに任せる」


「了解いたしました。では失礼します」


 返事の後、ピックは休憩所から出ていった。一応、出ていく前にタカノメに頼んで再度周囲に潜んでいる者がいないか『透視』で確認してもらったけれど、今度は誰もいなかったようだ。

 万が一、ピックの仕事ぶりを監視するような役割の忍者がいたりすれば、ピックが休憩所の中にいた時間や、休憩所から出てきた時点で隠蔽術が破れていることなどを知られてしまい、誤魔化しが効かなくなってしまう。そういった危険性を少しでも排除したわけだ。



「ふぅ、なんとか情報アドバンテージを失わずに済みそうだな」


「それもこれもセオリーくんの忍術のおかげだよ。ありがとうねー」


「その感謝はツールボックスとパトリオット・シンジケートを上手いこと撃退できた後に取っておいてくれ。やれることはやってるけれど、まだまだ油断ならない状況なんだからさ」


「それもそうだね。よーし、今後も油断なく行こう!」


 コヨミの掛け声とともに、俺たちは奮起した。すでに神主のように犠牲者も出ている。せめてこれ以上の犠牲は増やしたくない。

 となると、少なくともツールボックスの方は早めにケリをつけたいところだ。暗殺者クランの仕事を邪魔して、俺を最優先で始末しなければいけない目標とさせる。そして、囮役を完遂するのだ。


 こうして俺は次に打つ手をコヨミたちとともに考え始めたのだった。

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