第124話 黄泉戻し任侠と上位支配者
▼セオリー
───支配術・
自分の意志とは無関係に発せられた言葉は聞き覚えの無い忍術だった。
しかし、それは何だと疑問に思う前に効果は発揮されていく。
俺の突き出した掌からポリゴン状の粒子がハラハラと舞い落ちていき、やがて目の前で人型を形作っていく。その姿は徐々に輪郭がはっきりとしていき、最終的に先ほど焼き尽くして消滅させたはずのツールボックスの中忍となった。
「セオリー、何をしてるの?!」
エイプリルが俺の肩を掴み、揺さ振るようにして疑問をぶつけてくる。
いや、何してるんだと聞きたいのは俺も同じだ。しかし、声だけならまだしも身体の自由すらも効かない。俺の意志を表出する方法が欠片もないのだ。
「断りもなしに我が身体へ触れるとは、腹心への教育がなっていないな。……少しばかり手助けをしてやっただけであろうに」
とうとう勝手に喋り出したぞ。俺の口からすらすらと尊大な調子で話し始めるものだからエイプリルだけでなくコヨミやタカノメも怪訝な表情で見つめてくる。
これ、誤解を解けないと俺が痛いヤツみたいにならないか? それだけは回避したい。なんとかして弁解の機会を与えてくれ。
「……貴方、誰? セオリーじゃないでしょう」
ここでエイプリルが気付いてくれたようだ。持つべきものは最初の腹心だ。こんな偉そうな喋り方するヤツが俺のわけがないと分かってくれたようだ。
「いかにも、我は上位支配者にして【
フフンとどこか得意げな様子で腕を組む俺。いや、今はコイツ、ええっと……ヴェド=ミナースだったか。
他の三人はポカンとした顔で俺を見ている。そりゃそうだ、突然人が変わったように尊大な調子で喋り始めたら誰だって驚く。つうか、まさかの新キャラ登場に俺の方も心底驚いてるわ。
って、そんなことはどうでもいい。どうやら支配者の仮面はとんだ呪いのアイテムだったらしい。今時、プレイヤーの声も行動も奪うアイテムがあるかよ。ふざけたこともあったもんだ。
「むぅ、貴様の主人はずいぶんと五月蠅いな」
「そ、そうだ、セオリーはどうしてるの?!」
段々とエイプリルの語気が強まってきている。今にも俺の身体を操るヴェド=ミナースへと飛びかかりそうだ。でも、それは俺の身体であることに変わりないから、できれば手荒なことはして欲しくないなぁ。
うん? というか、今コイツは俺のことを指して五月蠅いと言ったか。つまり、俺の心の慟哭は届いているということじゃないか。なるほど、それなら。
……こほん。
おいこら、俺の身体を返せ!
さもなくば一生騒がしくするぞ!
わー! わー!
(えぇい、騒がしいヤツめ。
泰然としろ? そんなこと言われた記憶は無い。いや、正確には覚えていない。でも、確かにコイツの声は何となく聞き覚えはあるんだよな。だが、だからといって静かにすると思ったら大間違いだ。身体の自由を返すまでは黙らねぇ。絶対にだ。
(命令だ、黙れ)
むぐっ、むぐぐっ!
うぅー! うむむぅー!
▼エイプリル
「ふぅ、やっと静かになった」
私がセオリーをどうしたのか尋ねたのには答えず、しばらくの沈黙を破り発した言葉は、全く今の場面にそぐわないものだった。
さっきからコヨミもタカノメも黙って静観していたし、騒がしい要素はどこにもなかった。しかし、ヴェド=ミナースと名乗った人物は心底辟易とした様子でしかめっ面をしていた。
静かになったという言葉を裏付けるように、その後には本当に騒がしい状況から解放されたかのような穏やかな表情となってさえいた。
「えーっと、さっきから何が起きてるのかな?」
何やらヴェド=ミナースの中で一区切りついた様子が窺えたためか、静観していたコヨミが恐る恐る質問をぶつける。
私も正直、何が起きているのか分からなくてパニックになっていた。ただ分かることは、目の前にいる人物がセオリーではないってこと。それだけは私の【腹心】の称号が「違う」と訴えかけてくる。
「何が起きているのか、それは簡単な問いだ。神降ろしの巫女よ」
簡単な事ならさっさと教えてよ、イライラとした私はそんな風に思ってしまうけれど、コヨミは気を悪くした様子も見せずに冷静な態度で続きを促した。彼女は冷静だ。今は頭に血が上っている私よりも第三者的な視点を保てているコヨミに任せた方が良さそうだ。
「この身体の
「うんうん、つまりは称号忍術のチュートリアル用に用意された存在ってことかな?」
「……貴様も不遜であるな」
コヨミのメタ的な視点の尋ね方を聞いて、ヴェド=ミナースの眉が下り坂になる。その様はわりと本気で凹んでいるように見える。
あと、こちらの世界をゲームと断じるようなコヨミの姿勢は地味に私にもダメージが入っていた。知識権限を得たユニークNPCの苦悩だ。
「あたしの【神降ろしの巫女】も忍術チュートリアルがあったから同じかなと思っただけだよ。でも、専用のNPCを用意してるなんて【
「ふん、当たり前だ。【
「うわー、そこまではっきり言われると凹むなー」
しかし、当のコヨミは凹むという割には何だか楽しそうな笑みを浮かべている。小さな子が新しいオモチャを見つけた時のような無邪気な笑みだ。
ただ、そんなことよりも私はもっとハッキリとさせたいことがある。もう、コヨミに任せていては埒が明かない。
「あなたがセオリーの身体から自由を奪ったことは分かった。それなら、どうしたらセオリーの身体を返してくれるの?」
「そう急かすでない。言ったであろう、力の使い方を教えるために我は現れたのだと。……貴様もそろそろ状況を飲み込めたか?」
前半の言葉は私たちへと言い聞かせるように、後半の言葉はまるで自分に言い聞かせるように呟く。もしかしたら、セオリーも心の奥底で一緒になってヴェド=ミナースの言葉を聞いているのかもしれない。
「よし、よろしい。新たに貴様へ授けた忍術は『支配術・
ヴェド=ミナースが指し示す先には、さっき焼き尽くされて消滅したはずのツールボックスの中忍が倒れている。
セオリーの豹変っぷりに皆が気圧されていたために存在を忘れていたけれど、こっちも十分におかしなことが起きている。
「蘇らせる、なんて簡単に言ってくれるけど、完全に消滅してしまったNPCを復活させるなんて天上忍具を消費してやっと起こせる奇跡みたいなものだよ?」
コヨミは若干引いた様子で呟く。今さっき、死んだ者を復活させるなんてできない、と言った手前、まさか蘇らせる忍術が出てくるなんて思いもよらなかったようだ。
天上忍具は逆嶋バイオウェアのような巨大コーポクランですら一つ保有しているかどうかというほど貴重な忍具だ。それで引き起こせる奇跡に近い現象を引き合いに出すとなると、今目の前で起きている蘇りがどれほどおかしな状況かが分かる。
「死は我の支配から逃れる理由にはならない。つまりはそういうことだ」
しかし、コヨミの発言に対する返事はこれだけだった。これで全てを説明した気になっているらしい。とんだ傲慢支配者だ。
「この身体の主人であるなら、……そうだな。一人までなら常時蘇らせておくことができるだろう。さあ、あとは貴様らで上手く使うがいい」
高笑いをしながら少しずつセオリーの身体からオーラが抜けていく。所々緑色に発光する黒いオーラが抜け出ていくと、セオリーの顔に装着されているグロテスクな仮面の中へと吸い込まれていった。そして、オーラが全て抜け切ると仮面がポロっと取れて休憩室の畳の上に落ちた。
「はぁ、はぁ……。あの野郎、いきなり出てくるなり、好き勝手しやがって」
膝に手をつくセオリーは荒い息を吐きながらヴェド=ミナースへの恨み節を呟いている。どうやら、無事に身体の支配権が戻ってきたようだ。
「いやぁ、大変な目に遭ったぜ。……みんな、いきなり変なことに巻き込んですまないな」
「いいよー、なかなか面白いことも聞けたしね」
コヨミは気にしていないように手を横に振って笑った。タカノメも表情変わらず、ただ頷いていた。まあ、彼女たちはセオリーと出会ったのがつい最近だから特に思う所もないだろう。
正直な話、私はヴェド=ミナースが現れてから、ずっと心臓が痛くなるくらい早鐘を鳴らしていた。彼が現れてからセオリーの存在がすごく遠くに行ってしまったように感じられたからだ。
セオリーが向こうの世界へ行く時に使用するログアウトと呼ばれる方法でも、ここまで離れ離れになった感覚は味わったことがない。それくらい密接に私とセオリーは【支配者】と【腹心】の称号で繋がっている。
ヴェド=ミナースはその繋がりの間に無理やり介入してきたような感覚だった。心にぽっかりと穴が開いてしまったような、言いようの知れない不安感、喪失感があった。
「よかった。……戻って来てよかった」
心から安堵している私にはそれしか言うことができない。
安心した所で周囲から注目を浴びていることに気付いた。なんなら目の前にあるセオリーの顔も上の空というか、私の方を見ずに斜め上辺りをふらふらと見ている。
「お熱いのは良いけど、そういうのは神社の外でやってくれるかなー」
「……エイプリル、気持ちは嬉しいんだけど、一旦離れてくれ」
途端に私は顔をボンと真っ赤に染めた。気付けばセオリーに抱き着いていたのだ。言い訳をするなら、これは本当に心から安心したからこそ身体が勝手に動いていたのだ。それ以外の他意はない。
私は誰に言っている訳でもなく、心の中で弁解しながらセオリーのもとから弾けるように離れたのだった。
◇◇◇◇◇◇
今回出てきた色々が気になった人用に、
ヴェド=ミナース(セリフだけ)の初出は第三十四話、
支配者の仮面の初出は第五十六話です
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