第123話 愛国者の依頼

▼セオリー


 神主に成り代わっていた男が燃え尽きていく中、男を構成していたポリゴンの粒子が少しだけ俺の身体に吸い込まれていった。

 え、何なの? 気持ち悪いな。前にライギュウを倒した時も粒子が俺の中に吸い込まれていくように見えたんだよな。たぶん、またグラフィックの描写でそう見えただけだろうけど、こう続くとなんか嫌な気分にもなる。



 しかし、今はそんな気分の話をしている場合ではない。

 コヨミは燃え尽きた男の代わりとして残された電子巻物を拾い上げる。それから四人で中身を精査した。


 この男はツールボックス所属の中忍で神主に成り代わってコヨミと俺の狙いを調べる役目を課されていた。

 彼の知っていた情報の中で俺たちに有益だったのは、やはりと言うべきかツールボックスの裏にはパトリオット・シンジケートの影があったことだ。

 ツールボックスは暗殺の依頼ともう一つ大事な依頼を受けていた。それは八百万カンパニーの所属忍者を少しずつパトリオット・シンジケートの忍者と入れ替えていくという作戦だ。


「内側から少しずつ侵食していこうってことか」


「気付いたら仲間が全員成り代わられてるなんて考えたくも無いね」


 俺の零した言葉に、エイプリルもぶるりと肩を震わせて頷く。

 パトリオット・シンジケートの狙いは八百万カンパニー自体の乗っ取りだったのだ。それが分かった今、コヨミとタカノメも真剣な眼差しで電子巻物を睨んでいる。


「とにかく、向こうの作戦が分かったのは朗報だ。それにツールボックスの成り代わりはコヨミの忍術で見破れることも分かったわけだしな」


「うん、それが分かっただけでも収穫はあったね」


 コヨミの『祓魔術ふつまじゅつ・浄焔』は隠蔽されている事柄のみを燃やすという変わった特性を持った炎なのだという。そもそもは幻術などを破るのに使ったりするようだけれど、今回はツールボックスの変装術を見破るのに活躍しそうだ。


「ただ、浄焔を使うには問題があるんだよねー」


「問題なんかあったか?」


 さっきの一連の流れを見るに、見破るのに時間はそう多くかからない。八百万カンパニーの所属NPCを一列に並ばせて片っ端から浄焔で燃やしていくのが良いだろう。その光景がはたから見てクレイジーであることを除けば、他に何も問題は無さそうだけれど。


「それがさ、人を対象に使うとメイクとかも取れちゃうんだよねー」


 その言葉に反応したのはエイプリルだ。口元を手で隠すようにして、ギョッとした表情をする。タカノメも反応自体は薄いけれど、眉をぴくりと動かしたように思う。

 ただ正直、俺にはピンと来ていない。


「メイク取れるのがそんなに問題なのか?」


「問題大有りだよ!」


 その返事はエイプリルからもたらされた。その剣幕たるや今までに見たことがないほどの勢いだ。


「女子ならそうなるよねー」


 エイプリルの反応にコヨミもうんうんと頷き。タカノメも腕を組んで深く頷いた。


「え……、あぁ、そうなの?」


 どうやらメイクの重要性を理解していないのは俺だけのようだ。

 そんな俺の様子を見て、コヨミは「はぁ、これだから男子は……」みたいなジト目でこちらを眺めてため息を吐く。

 えぇ、そんなため息吐くほどか、と思ったけれど、エイプリルからも擁護の声が上がらないところを見るに俺が全面的に分かってないみたいだ。


「それが問題なら個室で一人ずつやってくぐらいしか方法なくないか」


 でも、実際にそんなことをしていたら時間がいくらあっても足りない。それに時間をかけ過ぎると、それこそ本命であるツールボックスやパトリオット・シンジケートにもバレてしまい、逃げる猶予を与えてしまう。


「それができたら苦労しないよね」


 コヨミもそれが難しいことは分かっているようだ。

 しかし、八百万カンパニーに所属するNPCの内、どれだけの数がツールボックスとパトリオット・シンジケートの構成員に成り代わられているのかが不透明なままというのは非常に怖い。

 それこそ、すでに半分が成り代わられていましたなんて状況だったら、ただちに手を打たなければ取り返しのつかないことになってしまう。


「現状、どこまで侵食されてるのかが重要になってくるな」


「うん、そうだね。……とはいえ、まだそんなに多くは成り代わられてないと思うよ」


「ほう、その心は」


「殺して成り代わる技術はツールボックスだからできることなんだよね。だから、いくら完璧な変装術を施されていたとしても一介のヤクザクランであるパトリオット・シンジケートの構成員が上手く演技できるとは思えない。どこかでボロが出るんじゃないかな」


「なるほど、たしかにその考えはアリだ」


 神主に成り代わっていたツールボックスの中忍は確かに演技が上手かった。コヨミは神主の行動に異変を感じ取っていなかったようだし、俺も第六感が働かなければ神主を疑ったりしなかっただろう。

 しかし、それは普段から暗殺対象に成り代わることを生業にしているツールボックスの構成員だからこそ可能な一種の職人技みたいなものだ。

 パトリオット・シンジケートの構成員が一朝一夕でできるような技術ではないだろう。そして、いつもと違う行動を取る者がいれば不審に思われて報告が上がってくるはずだ。


「となると、今は集団行動させているし、より一層ボロを出す可能性が高い」


「そうだね。プレイヤーと神様にいつもと様子が違う人がいれば報告するように伝達しておくよ」


 コヨミは言うが早いかどこかへ『念話術』を飛ばし始める。

 現状、俺たちは常に一手先を動けている。もちろん、先に仕掛けてきたのは向こうだけれど、情報のアドバンテージで考えれば、ツールボックスが一枚噛んでいるという情報を独占している俺たちの方が有利だ。

 しかし、問題もある。神主に成り代わっていたツールボックスの中忍を、俺たちは捕縛尋問で倒してしまった。時間が経てば中忍を倒したことがツールボックスにも伝わるだろう。そうなった時、俺たちの情報アドバンテージが消えてなくなる。向こうも気付かれていることを前提に動くだろうし、警戒心も強まってしまうだろう。


「正直、パトリオット・シンジケート自体よりもツールボックスが面倒くさいな……」


 これが本音だ。ツールボックスが成り代わった場合、俺の第六感に運良く引っ掛かるか、浄焔で燃やしてみるまで分からない。それくらい恐ろしいほどの精度を持った変装術なのだ。


「それがパトリオット・シンジケートの狙いなのかもねー。あくまで一歩引いた裏側から別の組織同士をぶつけて消耗させる。その後から本命をぶつけるとかね」


「最悪だ。でも、それが一番しっくりくるな」


 これまでのパトリオット・シンジケートのやり方を思い返してみても全部同じだ。

 甲刃連合に対しては黄龍会をぶつけて、逆嶋バイオウェアに対しては黄龍会に加えてカルマ室長とバイオミュータント忍者をぶつけてくる。基本的にパトリオット・シンジケート自体はほとんど姿を現さない。自分の手を極力汚さないように小狡く立ち回っているのだ。


「あぁ、こんなことならツールボックスの中忍を『支配術』で操れば良かったか」


 そうすれば、しばらくの間は俺たちがツールボックスの関与に気付いていることを隠すことができたかもしれない。


「どういうこと?」


 コヨミたちは俺の持つ称号忍術を知らないので説明していく。

 称号【支配者フィクサー】によってもたらされた『支配術・空虚人形エンプティマリオネット』を使えば、対象を俺の指示通りに動く操り人形とすることができる。

 空虚人形は喋ることは出来ないので、肉声での定時連絡の必要があった場合には返事ができなくてバレるかもしれないけれど、それ以外の方法なら意外と隠し通せていたかもしれない。そんな仮定の話だ。


「簡単に言えば『仮死縫い』で仮死状態にした相手を『支配術』で操れるってわけだ。とはいえ、火葬しちゃった手前、今更なんだけどな……」


 そうなのだ。

 もう、ツールボックスの中忍は焼き尽くした後なのだ。


「生かしておけば良かったね……」


「いや、どちらにしろ捕縛尋問できなきゃ向こうの狙いとかは分からなかったわけだし、今回は不可抗力だよ」


 こちらとしても向こうの狙いは情報として知りたかった。そして、分かったからこそ、ツールボックスの関与を知っているという情報アドバンテージの重要性が高まってしまった。因果関係が逆なのだ。生かしておけば良かったというのは結果論に過ぎない。


「ちなみに、死者を復活させたりなんて……まあ、できないよな」


「それは巫女の領分を超えてるね」


「ですよねー」


 さすがの【神降ろしの巫女】でも死者の復活までは出来ないようだ。

 そりゃ、そうか。そんなことができたらユニークNPCが有限であるということの重要性が薄まってしまう。プレイヤーと同じくらい気軽な調子でユニークNPCが自爆特攻し始めたら、それこそ秩序の崩壊だ。


 それか、俺がバルター直伝の変装術で神主に成り代わっていたツールボックスの中忍に成り代わってみるか。関係性がめちゃくちゃややこしいことになるな。

 でも、俺は見た目だけなら変装術で成り代われるけど、性格や話し方みたいな内面的なものは全く真似できない。そもそも声帯を真似することができない。


 ……駄目だ。これじゃ一瞬でバレるな。


 なんとか誤魔化せないかなー。やっぱり、ツールボックスの中忍を復活できたら一番楽なんだけどなー。

 これからどう動こうかという思考が煮詰まり、無茶なことを思考の片隅で考え始めている。こうなってくると、もう良い案は浮かばなさそうだな。

 すでにコヨミがプレイヤーと神様に行動が不審な者がいたら報告するように伝達している。その報告待ちで良いかな。ここで後手を踏むのは痛いけれど仕方ない。あまり大っぴらに俺たちが動き過ぎても警戒されてしまうのだ。


 というか、俺を囮にする作戦も頓挫か?

 ツールボックスが俺を襲う利点は、俺に成り代わって八百万カンパニーの作戦を筒抜けにできることにある。しかし、ツールボックスの関与を俺たちが知っている状況で、俺に成り代わろうとは思わないだろう。

 これは不味い。色々と練っていた作戦が潰えようとしている。



 そんな時だった。

 俺はポーチの中から微細な振動を感じたのだ。


 何かと思いポーチを開く。

 すると中から支配者の仮面が飛び出して来た。これは暗黒アンダー都市で露天商より購入した仮面だ。

 その見た目は変わった形をしている。顔の左半分を覆い隠す三日月のような形に、目の部分はまぶたの無い剝き出しの眼球が五つ取り付けられており、面全体が黒地に所々が罅割れ、隙間から緑色の光が漏れ出ている。あぁ、いつ見てもグロテスクな仮面だ。

 とはいえ、暗黒アンダー都市では顔をフードや仮面で隠すのが常識だったので、仕方なく買ったのだ。べ、別にちょっとカッコいいとか思ったりなんてしてないんだからね!


 そんな支配者の仮面が勝手に装備された。断じて俺の意志ではない。仮面の方から俺の顔に吸い付いてきたのだ。

 そして、俺の口から俺の意志とは関係なく言葉が紡がれる。



「『支配術・黄泉戻し任侠ハーデスドール』」


 それは黄泉の国との境目をこじ開けた。

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