第122話 話の裏側
▼セオリー
話は少しだけ遡る。
八百万カンパニーに所属するプレイヤーやNPCたちへと連続殺神事件の情報共有を終え、社務所奥の休憩室へ着いた辺りだ。
休憩室へ入るや否や、俺はすぐに左手の長手甲からワイヤーを伸ばし、コヨミの腕へと伸ばした。気を流すことでワイヤーはある程度俺の思い通りに操ることができる。そして、コヨミの腕にワイヤーが触れたのを確認すると『諜報術・思念糸』による念話を送った。
(コヨミ、ちょっと良いか。話がある)
(わぁ、驚いた! ……急にどうしたの?)
(一人怪しい人物に目星がついた)
(えぇ、もう?!)
俺は先ほど本殿で行われた情報共有の場を思い出す。コヨミに紹介され、俺が挨拶をおこなった時だ。
俺は八百万カンパニーに所属する人々から
視線の先へ何気ない動作を装って顔を向ける。そして、探ってみると……いた。
その人物の視線からは何も感情が刺さって来なかった。あまりにも無。本当にその人物は生きているのかと不安になるような無の感情で見つめてきていた。
そして、その人物を認識した途端、俺の中の第六感が警鐘を鳴らす。それはただちに起こる危険を報せるものというよりは、ゆっくりと真綿で締められようとしているかのような、死神の手が俺の首へ少しずつ伸びているかのような、そんな静かで不穏さを感じさせる視線だった。
あまり俺の方から視線を送り過ぎると勘付いたことがバレてしまうかもしれない。それ以降は努めてその人物を無視するように挨拶を終えた。
しかし、中央を退き、コヨミとバトンタッチした後も胸騒ぎが止まらない。集まった人々を見回す。すると、先ほどと同じ人物が未だに俺へと視線を向け続けていた。コヨミへは目もくれず、俺を見ているのだ。まるで、獲物を見つけた狩人が対象を逃すまいとするかのように。
休憩室の畳に座り、ちゃぶ台を真ん中にして座る俺たち四人は机の下でワイヤーを共有して全員を『思念糸』の影響範囲に入れる。
(俺が目星をつけた人物は多分この休憩室を盗聴しているはずだ。誰か索敵できたりしないか?)
休憩室の中にはコヨミとタカノメ、エイプリル、俺の四人だけだ。現状で自分を除いた三人のことは確実に信頼できる。少なくとも俺はそう思っているし、おそらくコヨミもそう思っているだろう。
だとすると、このまま普通に作戦会議を続ければツールボックスなどの俺たちが独占している情報も会話の中で出てきてしまう。盗聴の可能性を考えると、このまま作戦会議を続けるのは危険だ。
(……私が視る)
ここに来て初めてタカノメが口を開いた。いや、『思念糸』による会話だから実際に口は開いていないのだけれど、これがタカノメとの初コミュニケーションとなる。
コヨミが任せたと言わんばかりに頷いたのを見て、俺もタカノメを信用することにした。
(『透視』)
タカノメが忍術を唱えると彼女の目が赤く染まり、鈍く輝き出した。それからゆっくりと首を回して、周囲を眺めていく。しばらく周囲を見ていき、休憩室の入り口になっている襖付近に顔を向けた途端、顔の動きが止まる。
(……居る。襖の先。)
(本当にいたんだ。全然気配を感じなかったけどなー)
コヨミは驚いたような顔をする。さすがに暗殺者クランなだけあって気配を遮断するのに長けているのだろう。逆に言うと、タカノメの忍術は現役の暗殺者を上回っているわけだから大したものだ。透視はあまり聞いたことのない忍術だ。レアな忍術なのかもしれない。
(とりあえず、怪しまれないように会話を続けよう。重要な情報は『思念糸』を介して話そう)
(それならいっそのことパーティー組もうよ。『念話術』の方が便利だし)
コヨミの鶴の一声により、俺たちはパーティーを組むことになった。あまり不自然な会話をするとバレてしまうので、自然な会話を続けつつ電子巻物を操作する。
タカノメの透視により、対象は聴覚でこちらを探っている様子とのことなので、視覚的なものはそこまで気にしなくても良さそうだ。
「というわけで、本格的な対策会議と行きましょうか」
コヨミが肉声で会議の開始を宣言する。ここから先はツールボックスに関する内容は他言無用だ。
ツールボックスの関与を俺たちが気付いていることを悟られないように作戦の概要を共有する。俺を囮にして、タカノメがスナイパーライフルで護衛する。まあ、護衛というか、襲撃者を射殺して撃退って感じだけどな……。もはや、タカノメの方が暗殺者適正高いんじゃないかと思う。
作戦会議が終わると、ちょうど良いタイミングで神主がお茶を持ってきてくれた。
「コヨミ様もセオリー様もお疲れ様でした。お茶を用意しましたので、どうぞ」
全員がお茶を受け取る。湯呑みに注がれたお茶は温かく美味しそうだ。水面に映る自分の顔を覗き込み、それからお茶を入れてくれた神主のことを思って、ため息を吐く。優しい雰囲気の良い人だったのになぁ。
「エイプリル」
俺は短く一声かけた。それを聞いた瞬間、エイプリルの姿が影に溶け込む。そして、一瞬の内に神主の後ろへ回り、そのまま羽交い絞めにした。
神主は度肝を抜かれたようで、なすがままにエイプリルの羽交い絞めを受ける。その硬直を見逃さず、俺は『仮死縫い』を付与させた曲刀・咬牙を神主の胸に突き立てた。
ビクリと身体を震わせたかと思うと、神主の身体から力が抜けていく。そのままエイプリルはゆっくりと神主を床へ寝かせた。
「仮死縫いは成功だ。あとは捕縛尋問なりなんなりして情報を引き出そう」
そう、本殿で情報共有をした時に俺を見つめる不穏な視線は神主からのものだった。
現実世界で言うとつい昨日、俺たちがコヨミへ会いに来た時に、神主は同じ社務所奥の休憩室まで案内をしてくれた。その時に感じた神主の優しげな視線とは似ても似つかない視線だった。
しかし、エイプリルは気付かなかったようだし、それなりに長いこと一緒に居るであろうコヨミも彼の変化には気付いていなかった。神主の変化は俺だけが察知できたことのようだ。
とはいえ、タカノメの透視でも、こちらを窺っているのは神主だと判明した。この時点で彼が何か良からぬことを企んでいるのは確実のものとなった。
あとは、彼がお茶を持ってきたタイミングでエイプリルと俺のコンボで仮死状態にするだけだ。
エイプリルの『瞬影術・影跳び』は初見殺し性能が高い。誰しも一瞬の硬直が生まれてしまう。そして、『不殺術・仮死縫い』は急所を突ければ問答無用で相手を仮死にしてしまう。あとは煮るなり焼くなりお好きなように、だ。
「……あたしが引導を渡すよ」
コヨミはしんみりとした表情で捕縛尋問の役を買って出た。
神主が暗躍して盗聴行為をしていたということは、つまり、本物の神主は既にツールボックスによって命を奪われているということに他ならない。
俺とエイプリルも口を挟まずにコヨミを見守る。
「真の姿を現せ、『
コヨミが取り出した札は白く燃え盛る。そして、そのまま燃える札を神主へと押し当てた。
すると瞬く間に神主の姿をしていた身体が白い炎に包まれていき、施されていた隠蔽の術が破られていく。そこには見知らぬ男の姿があった。
「これが本当の姿だね。……なら、そのまま燃え尽きて」
コヨミの言葉がトリガーとなったのか、白かった炎は途端に紫色の炎となって男の身を燃やし尽くしていった。そして、ポリゴンの粒子が空気に溶けていく中、最後に残ったのは一本の電子巻物だけだった。
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