第296話 流言飛語と社会戦攻撃


 セオリーたちが偽神オトヒメと会敵し、シュガーミッドナイトがヤマタ運輸の頭領クロマムシと戦闘を繰り広げていた頃、摩天楼ヒルズでも戦いが始まっていた。

 その戦闘はセオリーやシュガーとは異なり、静かな水面下での戦いだった。


 ───時は遡り。

 摩天楼ヒルズ、あるアパートの一室にて。





▼ルペル、もしくはルンペルシュテルツヒェン


 私は椅子に腰かけ、壁の掛け時計を見ていた。絶え間なく時を刻む秒針にはやる気持ちを抑え、一度深呼吸を挟んだ。

 セオリーより課された任務クエストに、思いがけず興奮しているらしい。柄にもない。自嘲するように笑った。


 関西、関東と続き、今度は中四国で大立ち回りとは、なんとも道化じみた人生ではないか。だがしかし、そんな境遇を悲観するでもなく、むしろ楽しみに感じているという自覚もあった。難題を任されるという信頼の証明に心の奥底が疼くのだ。


 自分は、誰かに頼られたいのか?

 いや、寄り掛かられるのは好みじゃない。どちらかと言えば、期待に応えたい、という心情が近いだろうか。それも他人の方から歩み寄ってくるのではなく、自分の方から歩み寄りたい。主体性の問題だ。



 中学頃まで、自分は学級委員を任されるようなタイプだった。真面目で頼られやすく、多少の影響力もあった。おかげで自分の言葉は学級全体の言葉になり得た。小さな世界の君主が得られる幼い万能感。

 しかし、子供から大人へと移り変わる最中、はたと気付いてしまった。自分は頼られることに喜びを感じていない、ということに。


 それからは真面目さを表面に出さず、斜に構えるようになった。いつしか頼られることも無くなっていった。

 最初は、枷が外れたような自由を感じていた。今までの自分は他人の求める自分を取り繕っていただけの、ハリボテの虚像だったんだ、と。


 それは一つの正解ではあったのかもしれない。

 しかし、正解したはずの世界は引き換えに、見る見るうちに色褪せてしまった。頼られることが無くなったのは気楽で良いが、どこか張り合いがない。張り合いがない世界はつまらない。


 打ち込めるものを探したこともあった。だが、スポーツや趣味など色々と手を出してみたが、どうにもしっくりこない。その辺りで「私は自分を喜ばせることが下手なのだ」ということに気付いた。

 自分が何を欲しているのか分からない。むしろ特に何かを欲している訳でもなかったのかもしれない。心の中が空虚だった。



 こんなことなら他人を喜ばせることの方がよほど簡単だ。



 ……いや、そうか。

 他人を喜ばせることが自分の喜びなのかもしれない。


 そのことに気付いてから、色々なフォロワー活動を探し、試してみた。

 変わったところで言えば、演劇の舞台で主役を引き立てる脇役というのは面白いくらい性に合っていた。アシストが上手くハマった時、主役以上の達成感があったのだ



 そんな紆余曲折を経て今、自分は「NINJAになろうVR」の世界に立っていた。

 私はサービス精神旺盛な男だ。存分に期待へ応えようじゃあないか。





 掛け時計の針の動く音がした。一気に過去から現在へと引き戻される。壁を見やると長針の動きと連動して短針が作戦開始時刻を指した。


「では、定刻だ。『寓話の妖精たちテイルフェアリーズ』諸君、準備はよろしいかな?」


 私の問い掛けに、メンバーたちから応じる声や頷きが返される。

 摩天楼ヒルズ掌握戦・・・に参加するメンバーはルペル、メイズ、ウォルフ、カメリア、スズ、フェッチストック、それからリデルの7人。

 カルマの事件で捕まっていたリデルは、セオリーおよびルペルが保証人となり、シャドウハウンドからようやく出所することができた。これにより、寓話の妖精たちテイルフェアリーズは全メンバーが集結した。


「よろしい。それでは第一段階“攪乱”開始だ」


 開始の言葉を皮きりに各々が戦場へ散っていく。メイズの『組替術・箱入り娘の迷い街』により、瞬時に所定の位置へメンバーは到達し、裏工作が始まるのだ。

 この一ヶ月、メイズは摩天楼ヒルズを歩き通した。完全測量はただ歩き回ればよいというほど単純なものではない。彼女曰く、集中力の要る非常に繊細な作業なのだという。その言葉通り、測量をした後は倒れるように休んでいた。彼女の頑張りを無駄にする訳にはいかない。それはメンバー全員が一致するところだろう。


 目を閉じ、目を開く。

 次の瞬間には私自身も摩天楼ヒルズの中心地にある放送センタービルの屋上へ転移されていた。他のメンバーたちは主に外部との情報伝達を遮断する方向で攪乱作戦を行っている。それに対し、私が担うのは情報発信による攪乱だ。


 放送センタービルの内部へ入る。事前調査で今の時間帯の放送スタジオや放送コントロール室の配置は把握しておいた。摩天楼ヒルズの中心街には商業ビルの壁面一杯を使った巨大モニターがあり、そこでニュース放映を行っている。そのモニターを少しばかり拝借させてもらうのだ。

 ほどなくして放送コントロール室へ到着する。


「失礼、お邪魔させてもらうよ」


「誰だ、アンタ? ……おい、不審者だ。誰か守衛を呼べ!」


「おっと、大声は止めて欲しいな。『口を開くな』、『動くな』」


 鋭く言葉を発する。精神系忍術の『言霊術』だ。一般人であれば、これで十分。機材を扱っていた一人を残して、他の人々は全員眠らせた。


「安心してくれ、とって食ったりはしないさ。……何々、キミの名前はフジくんというんだね」


 近付いて首から下げる名札を読み上げると、びくりと身体を震わせた。見れば口の端から泡を吹きそうになっている。忍者に会ったことで恐慌状態に陥っているようだ。息をするのも忘れているらしい。口を開くなとは言ったが、息をするなとは言ってないんだがね……。


「ハァ……、『フジ、落ち着きなさい』」


 彼の耳元で『忌名術』を囁くと、途端に身体が弛緩してリラックス状態へ移行した。よしよし、良い子だ。そのまま椅子に座って仕事を完遂してくれればいいからね。

 私はメモリーデータを彼に握らせる。この中には海鮮料亭・奇々怪海が偽神オトヒメを囲い、眷属を兵隊として量産していることを示す証拠が入っている。


「キミの仕事はシンプルだ。『このデータの中身をビルのモニターに映せ』。分かったね?」


「あ、あぁ……。分かり、ました……」


「じゃあ、頼んだよ」


 私はその場を後にした。放送センタービルから飛び出し、路上に出る。商業ビルの壁面を見上げると、唐突に海底施設や竜宮城、偽神オトヒメの情報が奇々怪海の悪事を暴露する形のテロップ付きで放送開始されていた。

 突然の放送ジャックの不自然さに、周囲の人々が足を止め、一様にモニターを見上げる。これだけ大きなモニターだ。街の中心部にあることだし、すぐに摩天楼ヒルズの各クランにも情報が知れ渡るだろう。


(メイズ、一つ目は完了だ。次の場所へ行く前にウォルフの下へ頼むよ)


(はいはい、今飛ばすよ)


 メイズの返事と同時に周囲の景色が一瞬で変わる。目の前にはウォルフが立っていた。


「どうだい、そちらの進捗は」


「まずまずってとこだな。普段使わない分、術の練度が低い。拡散率は予定の7割ってとこだ」


「……それなら、次の場所へ行く前に少し手伝おう」


「おい、良いのか? 俺に割り振られた仕事だろう」


「いいや、キミがポリシーに反してまで『悪狼術』を使ってくれてるんだ。その誠意には答えないとね」


「そうか、それなら頼む。一瞬だけでいい、意識をこちらへ向けさせてくれ」


「分かった。……『街行く人並み、こっちを見よ。手を鳴らす方へ、目を向けよ』」


 手を叩き、頭上で音を鳴らす。そして、強めの『言霊術』で街路を行き交う人々の注目を集めた。


「『悪狼術・モード:嘘つき少年』」


 ウォルフは『嘘つき少年』や『老婆騙し』といった搦め手や精神攻撃を主とするモードを極端に使いたがらない。それは彼自身のポリシーによるものだ。性格的に合わないというのも当然あるだろう。

 実際、本人の気持ちが乗らないと忍術のポテンシャルが発揮されないというのはよくある話だ。特に精神に作用する忍術は使い手自身の気持ちの乗りようが効果の増減に直接作用する比率が大きいと言われている。


 そんな中、今回ウォルフが情報発信の側で攪乱作戦を手伝うと言い出した時は驚いた。以前までの彼なら確実に情報遮断のために暴れ回る方を選択しただろうから。

 彼のおかげで私の負担も幾分減った。そのお返しに少し手伝うくらいなんてことは無い。



 ウォルフが口を開く。

 その言葉は流言飛語が飛ぶ如く、人を介して感染していく。


 なぁに、今回ばかりは嘘じゃございません。そこ行くあなた、海鮮料亭・奇々怪海の噂を聞いて行きなさい。

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