第295話 完全采配
▼シュガーミッドナイト
「ぐっ、ぐぁぁあああ……」
黒い強化外骨格の手に捕まり、腹部をじわじわと圧迫されていく。体力が50パーセントを切った。これで『身代わりのお札』の効果圏外となった。
「そろそろか。『感知術・生命測定』」
黒い機体の目が赤く発光し、俺の身体へ投射される。たしか大まかな残存体力をゲージで知ることができる忍術だ。
つまり、俺の体力が50パーセントを下回ったことを相手にも知られたということ。
「これで『身代わりのお札』は使用できない」
そう言い終わらない内に握り込む手の力が急激に上がる。体力ゲージが一気に減っていき、そのまま体力がゼロになった。瞬間、俺の身体はポリゴン粒子となって弾け飛んだのだった。
なかなかの難敵だ。第二ラウンドも敗北してしまった。
黒い機体の足下でポリゴンが寄り集まり、俺の身体が再構成される。ハァ、二つ目の『身代わりのお札』が消費されてしまった。あー、やだやだ。とはいえ、負けるのはもっと嫌なんでね。
手をグーパーして動作確認、問題無し。そうして見上げると黒い機体と目が合った。
「馬鹿な、体力はたしかに半分を切っていたはず!?」
「だが、こうして俺は生きている。……どうしてだろうなぁ」
「くっ、それでもこちらの有利に変わりはない!」
困惑した様子のまま、それでも黒い機体は俺へと腕を伸ばした。なんて事は無い。再び俺を捕まえてしまえば良いのだ。何故、止めを差し切れなかったのかを考えるのは戦闘が終わってからでも遅くはない。
とまあ、そんな思考回路だろう。実際、向こうが有利な状況での戦闘の最中、立ち止まってまで時間をかけるべきではない、という考えも分かる。合理的判断だ。
けれども、その上でやはり立ち止まって考えるべき部分もある。
身代わりのお札を使用していることを看破した。体力が半分を切ったことも確認した。それなのに相手が倒れていないのならば、……注意すべきは俺以外の誰かだ。
黒い機体の伸ばされた腕に突然、横合いから斬撃が加えられる。金属がぶつかり合う音と衝撃。たまらず黒い機体は腕を振り払って後退した。
「一体、何が!?」
「時間稼ぎ成功ってことだよ。
ねぎらいの言葉をかけると、何も無いはずの空間がぐにゃりと歪んだ。頭から被っていた『虚数マント』を取り払い、ノゾミとカナエの二人が姿を現す。
「馬鹿な、式神だと。なら、アイツらは……!」
「灰色の外骨格軍団なら、とっくに殲滅完了だ」
「やられたという通信は入っていないぞ」
それはそうだ、阿吽入道に『ジャミングパウダー』と呼ばれる遠距離通信を妨害する忍具をバラ撒かせていたからな。残念ながら彼らの救援信号は黒い機体の下へは届かなかったわけだ。
もちろん、そんなネタ晴らしはしない。俺は自分を過信していない。ステータス面においては確実に最弱の頭領であると自信を持って言える。だからこそ、同格の頭領相手はどんな手だって取る。混乱の渦に沈めて冷静さを奪う。それが勝ちを揺るぎなくするためのタクティクス。
「ノゾミ、俺の背へ。カナエ、受け取れ。タマエ、リベンジだ」
動揺を隠しきれない相手へ、今度はこちらから詰めの段階へ入る。ノゾミを背負い、カナエにユニーク忍具『断罪斧・クビオトシ』を持たせ、タマエを復活させる。
時間稼ぎでフラストレーションが溜まっていたんだ。大盤振る舞いでご馳走してやろう。
「では、楽しんでくれたまえ」
黒い機体へ手を振り、さよならの挨拶とする。
合図とともに背中によじ登ったノゾミは持っていた『虚数マント』を俺ごと一緒に頭からすっぽりと被せた。その瞬間に俺とノゾミという存在はゲームの世界からも覆い隠された。黒い機体の目にはもう映らないし、マントから身体を出さない限り、干渉し合うことも無い。
ユニーク忍具『虚数マント』。この世界を実数として捉え、虚数をまとうことで存在を隠す忍具。このマントを被っている間は文字通り世界に存在しないのだ。
ただし欠点として、マント使用中は息を止め続けているかのように、急速に体力が減り続ける。だからノゾミが必須だった。ノゾミは全力で俺とノゾミ自身の体力を回復させ続ける。これでマントの使用可能時間を無理やり引き延ばすのだ。
さて、これで気を散らさずに集中できるな。
「『夢想術・
わざわざ世界から自分を切り離してまですること。それは式神の完全マニュアル操作である。
この状態になると俺自身の身体は一切動かせないが、代わりに戦場を俯瞰的に見つつ、カナエやタマエ、阿吽入道といった式神たちの視点も複数モニターの形で認識することができる。
いわばRTS(リアルタイムストラテジー)とFPS(ファーストパーソンシューティング)を並行して起動しているようなものだ。
自分のメイン視点はカナエに、盤上にはカナエとタマエの他に少し離れて阿吽入道も配置してある。駒は四つ。勝利条件は相手のキングである黒い強化外骨格を詰ませる。
オーケー、イージーだ。それでは進軍開始といこう。
▼
「くっ、ヤツはどこへいった」
ヤマタ運輸の頭領クロマムシは混乱の渦中にいた。
気付かぬ内に倒された仲間。呆気ないほどに弱い相手にもかかわらず何故か倒せない謎。次から次へと飛び出してくる多彩な忍具。まるで手品のように出たり消えたり神出鬼没な式神。あまつさえ術者本体まで姿をくらました。
クロマムシは最初からずっと違和感を覚えていた。この敵はどこかおかしい、と。
どこが変なのか、明確に言語化することはできなかったが、強さの底が知れない、という考えだけは付きまとい続けていた。
禍々しく血糊の付いたギロチン刃を軽々と振るう少女。彼女の姿を視界に捉えていると突如として姿がブレた。タマエの風術『蜃気楼』による認識阻害である。これによりカナエの姿は肉眼では認識できなくなった。
即座にクロマムシは初っ端で使われた幻術系忍術と同じモノだと看破する。そして、強化外骨格PA-BS1に備わった熱感知システムを作動させた。これにより、幻術に惑わされず、本体の居場所を正確に知ることができるのだ。
しかし、どうだろう。斧を持った幼い少女の熱源は感知できない。その代わり波のように押し寄せる熱源が広範囲で検知されたのだ。
世界から切り離された空間でシュガーは笑う。『蜃気楼』を唱えた後、タマエは続けて風術『熱波流』による大規模熱風を発生させていたのだ。熱風はカナエの姿を覆い隠すようにしてクロマムシへと迫っていた。
ガクンとPA-BS1のバランスが崩れる。クロマムシは足元へ目を向けると、ちょうど足首から先が切断されているのが見えた。その下手人は当然カナエである。姿を完全に見失った隙を綺麗に突かれたのだ。
再び姿を見失ったらたまらない、とクロマムシはすぐに腕をカナエへ向ける。
「『蛇牢術・見敵蛇縛』ッ!」
腕部から鋼鉄のロープがカナエを標的に射出される。
式神は使役者からの命令を受けて行動するため行動にラグが生じやすい。クロマムシが行ったように素早く返す刀で攻撃を仕掛ければ回避しようがない、というのが対式神戦の常識だ。
しかし、カナエはロープが射出されるのを認識した瞬間、オートモードの式神では有り得ない判断速度で回避行動を取り、鋼鉄ロープを避けてしまった。
「うぉぉおおお!」
避けた先、空中に跳んだカナエの姿をクロマムシは捉えていた。回避したこと自体は驚きだが、それでも二の矢をきちんと用意していたのだ。振り上げた斬馬刀を力の限り振り下ろす。
しかし、その攻撃も防がれた。後方から二つの
「阿吽、入道かっ!」
一般忍術として使える中でも上位の式神だ。その真価は二人のコンビネーションもさることながら注連縄を使った拘束能力の高さが売りである。
「だが、これしきで拘束できると思うな! 『変化術・蛇』」
斬馬刀を手放し、注連縄を掴む。すると注連縄が瞬く間に蛇の姿へ変わっていき、阿吽入道の持ち手部分が蛇の頭へと変貌する。そして蛇はクロマムシの意志を反映するように阿吽入道へと逆に噛みついた。
阿吽入道の相手を蛇に任せ、カナエへと向き直った。振り返るとちょうど目の前の高さにカナエが跳躍していた。タマエの生み出した風を足場にして、追加ジャンプで接近したのだ。
そして、手にした得物『断罪斧・クビオトシ』が横薙ぎに振るわれる。クロマムシは疑問を感じた。彼我の距離は斧の射程から言ってまだ遠い。何故、そこで斧を振るうのか?
とはいえ斬撃が飛ぶことはよくあることだ。腕を持ち上げ、防御姿勢を取り、衝撃に備える。そして、そのまま両手と一緒に頭が宙を舞った。
突如、巨大化した斧が全てを切断して通り過ぎていったのだ。
何故、何故、何故……!?
クロマムシの脳裏に何度も繰り返される文字列は、しかし、言葉にならなかった。音を発するために肺が空気を送り出すけれど、その先にあったはずの頭との繋がりはとっくに断たれてしまったからだ。
********************
『断罪斧・クビオトシ』
処刑用のギロチン刃に持ち手をつけて無理やり斧に見立てたような武器である。首への特攻を持つユニーク忍具。首、手首、足首など首であると認識すれば特攻の条件が満たされる。通常時は血糊のべったり付いたなまくら斧だが、首特攻が入ると異常な切れ味を発揮する。
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