第294話 円弩Role

▼シュガーミッドナイト


 地上に真っ赤な血の花を咲かせた後、何事も無かったかのようにむくりと起き上がった。頭上には変わらず俺を見下ろす黒い機体。


「さて、残機は……あと6か」


 ポーチに忍ばせた忍具「身代わりのお札」の残存数をチラリと確認する。致死ダメージを帳消しにする消費忍具。もちろん、おいそれと買える値段ではない。この残り6個を全て消費してしまったなら、ここで勝利を得たところで大幅な赤字になってしまう。


「節約させてくれるほど優しい相手だと良いんだがなぁ」


 頭を掻きながらボヤいた言葉は、黒い強化外骨格が地上へ降りてくる駆動音に掻き消された。黒い機体は白い蒸気を全身から放出しながら地面へ着陸する。


「おいおい、着地エフェクト格好いいな。俺もそれ欲しいぞ」


 思わず本音が漏れてしまった。そんな能天気な俺を前に、黒い機体は斬馬刀を油断なく構えたままこちらを見すえた。


「……手応えが無さ過ぎる」


「なんだ、いきなりチクチクワードか。奇襲かましといて偉そうに」


「幻影……いや、式神の影武者か?」


 どうやら「身代わりのお札」で一度死んでから無効化していることには気付いていないらしい。これは上位の忍者ランクになるほど陥りがちなミスだ。

 まさか、俺みたいな弱い忍者が「身代わりのお札」なんていうバカ高い消費忍具を気軽に使用するはずがない。そういう「そんなはずない」という常識が真実を遠ざけてしまう。


「お前がヤマタ運輸の頭領か?」


「……」


「おや、おしゃべりは嫌いかな」


 どうでもいい会話を続けつつ(なお返事は無いので独り相撲の模様)、ノゾミとカナエ、阿吽入道の4人がいる位置を確認する。俺が両断される前の指令を忠実に遂行し、別の方角にいる量産型強化外骨格と戦闘を開始したようだ。

 他の三機はこれで問題ないだろう。先の戦いで量産型どもの底は知れた。オートモードでも十分に倒し切れる。このまま外周をグルリと回って強化外骨格軍団を遠隔でお片付けだ。


 逆に言えば、この黒い機体は無視できない。タマエの蜃気楼を見破り、的確に俺の命を刈り取ってきた。というわけなので俺としばらく遊んでもらう。


「む……」


 黒い機体が眉をひそめたような声を発し、顔を遠くへ向けた。その向きはちょうどノゾミたちが量産型と戦闘を開始した方角である。このタイミングということは量産型君から救援要請でも入ったかな?


「なるほど、本体はすでに向こうへ移動しているのか」


 黒い機体は身体の向きも変えると、俺へ背を向けた。おいおい、早合点するなって。こいつ、俺のことを本体の影武者か何かと勘違いしてやがる。


「あー、違う違う。俺自身が式神使いの本体だぞー」


「……ふん。持ちこたえろ、すぐに向かう」


 出血大サービスで正解を教えてあげたのだが、ヤツは一瞥いちべつくれて鼻で笑い、すぐさま量産型の下へ発進しようとし始めた。

 俺は指を黒い機体へ向けて突き付ける。おいおい、逃がすわけが無いだろう。


「『挑戦術・強者不逃きょうしゃふとう』、対象はお前だ」






 一般忍術の中には『挑戦術』という忍術群がある。

 これは自分よりステータスの高い相手を対象とし、なおかつ周囲にパーティメンバーが居ない状態でのみ使用可能な忍術である。

 つまり、自分よりも強い相手とのタイマン時にだけ使える忍術というわけだ。一般的にはクソ忍術の烙印を押されている。俺のようにステータスがド貧弱な忍者でもなければ使いどころが酷く限定されてしまうのだから仕方ない。


 さて、今回使用した『強者不逃』の効果は相手の逃亡行為を禁じる、というもの。効果自体はそれだけだ。よほど死にたがりでなければ取得しない、『挑戦術』の中でも飛び抜けて低評価を叩き出している忍術である。

 だが、そんな忍術も使いようだ。例えば今みたいに強敵を逃がしたくない時とかな。


「挑戦術……だと?」


「なんだい、よく聞こえなかったかな」


「……チィッ、時間稼ぎか」


「時間稼ぎだと? そう思うんなら掛かって来るといい」


 手招きで挑発。戦闘の基本は挑発だ。この世はデスゲーム、冷静さを欠いた者から脱落する。


「PA-BS1、ブーストオン」


 黒い機体は俺の挑発に乗り、斬りかかってきた。さすがに事前動作無しでブースト吹かして急加速してきたのには驚いたが問題ない。


 キィンと甲高い音を鳴り響かせながら、振り下ろされた斬馬刀が俺の身体の表面を滑り落ち、地面を切り裂いた。

 お返しとばかりに右の拳で黒い機体の腹部を殴り飛ばす。が、微動だにしない。うむ、出力が足りないな。ピョンと後方に飛び跳ねて距離を取る。


「……なんだ、それは?」


「外装型ユニーク忍具『球体外骨格・円弩Roleエンドロール』だ」


「…………なんだ、……それは?」


 黒い機体はただただ呆然とした顔で俺を見つめた。

 愛らしい丸々としたフォルムをした外装の名は『球体外骨格・円弩Role』、球体から直接手足が生えたような形をしており、流線型の体表は物理的な攻撃を受け流すのに最適化されている。あぁ、メタリックな表面が陽光を反射して眩しいぜ。

 ユニーククエスト『あの夏の夜の八百剣山と墜ちたUFO』にて不時着した宇宙船の内部を探索して入手したユニーク忍具である。関東地方へサーバー移動する際に質屋へ預けたユニーク忍具の一つでもあり、サーバー解放でようやく我が手元へ回収できたのだ。


「強化外骨格が自分たちだけのアドバンテージだと思わないでもらいたい」


「馬鹿にしているのか」


「馬鹿になど微塵もしていない」


 怒りとともに横薙ぎに斬馬刀が振るわれる。俺は即座に手足を引っ込め、完全な球体モードへと変化した。直撃の瞬間、身体をわずかに傾けるのがコツだ。

 金属の擦れる音とともに刀身がスルリと横に滑る。衝撃で俺は吹き飛ぶが『強者不逃』の効果により、一定以上の距離が離れるとピタリと空中で静止する。それから手足を伸ばしてドスンと着地。よしよし、久しぶりに使ったが問題ない。リハビリにちょうど良いな。


「どうした? さっさと俺を倒さないと仲間の強化外骨格軍団も俺の式神が倒してしまうぞ」


「ふざけたヤツめ」


 その後も黒い機体は何度も攻撃を繰り返すが、いずれも円弩Roleの外装に傷は与えられない。いや、実際にはダメージは入っている。しかし、表面に流体金属の膜が薄く張られており、破損個所を即座に埋めてしまうため見た目には分からないようになっているのだ。宇宙人の科学力ってすごい。


 そういうわけだから、無我夢中で連撃を繰り出されたりすると機体の損耗がヤバかったりする。いかにノーダメージを装って自分の底を見せないかが大事だ。

 さっき一撃で倒せた弱い相手のはずなのに、急に底知れない怪物へと変貌したように見せかける。そうやって相手を迷わせ、考える時間を与えて、その間に俺の方も小休止を挟むのだ。







「……少々、頭に血が上っていた」


「ほうほう、ようやく俺が本体だって認める気になったか?」


「認識をあらためよう、お前は弱者を装う狐だ。『蛇牢術・見敵蛇縛』」


 機体の腕から鋼鉄製のロープが射出された。それは術の効果によってか、意志を持った蛇の如く逃げようとする俺を追尾する。ロープ自体の動きは円弩Roleより遅い。しかし、黒い機体はそれより数段速かった。


「何を逃げ回っている」


 背後を取られた。そして、両腕を掴まれ、空中に持ち上げられる。相手の強化外骨格は3メートル近い大きさがある一方、円弩Roleは2メートル弱くらいの一頭身だ。持ち上げられれば否応なしに宙吊りとなる。文字通り手も足も出ない俺へ向けて鋼鉄のロープが迫りくるのだった。


 球体の身体をグルグル巻きにされ、逃げ場を無くした後はジワジワと締め上げが始まる。一方向から衝撃を与えても受け流されてしまうなら、全方位から圧力をかけてしまえば良い、ということか。賢い選択だ。実際、耐久値が見る見るうちに削れていっている。とはいえ、こちらにも打つ手が無いわけじゃない。


「衝撃反応液化装甲『針鼠』、起動」


 俺の音声コマンド入力によって円弩Roleの表面に無数の棘が生まれた。それは見る間に膨張していき、表面を覆うロープを突き刺す。なお止まらず、そのまま膨張していき、最終的には鋼鉄製のロープを無理やり引き千切ったのだった。

 円弩Roleの表面を覆う流体金属は、何も見た目の損傷を隠すためだけに備わっているわけではない。これまでに受けた衝撃を蓄え、棘状に膨張して反撃する機能を保持しているのだ。


「身体をがんじがらめにするという発想は良かったな。だが、その程度で円弩Roleは破れんよ」


「そうか、なら次だ。『蛇牢術・蠱毒牢』」


 ロープから脱出したかと思いきや、次に待っていたのは緑色の液体の中だった。じたばたしても無重力の如く手足が空を掻くだけだ。

 今度は毒の牢獄に閉じ込められたか。機体の表面からはシュウシュウと金属を溶かすような音が聞こえてくる。もちろん耐久力が悲鳴を上げているのだ。クソ、人のユニーク忍具に何してくれやがる。


 悪態を吐きつつ、逃げる算段を考えていると、黒い機体が無言で斬馬刀を俺の横っ腹へ向けて振り抜いてきた。急な衝撃にガクンガクンと視界が揺れる。こいつめ……。


「やっと傷がついたな」


 攻撃箇所を見て笑った。どうやら流体金属の膜が毒によって剥がれかかっているらしい。損傷を隠す余裕がない。

 弱点を見つけたとばかりに斬撃の雨あられが降り注ぐ。球体モードでしのぐも、毒液の牢獄に囚われているためか衝撃が受け流し切れない。衝撃が溜まってきたのでタイミングを見計らい『針鼠』を起動するも、黒い機体は驚異的な反射神経で距離を取り、射程範囲から外れてしまう。


「これ以上は限界か。円弩Role、アーマーパージ」


 強制脱出手段であるアーマーパージにより、球体が弾けるようにして俺の身体から吹き飛んだ。周りを覆っていた『蠱毒牢』による毒液はパージの際、道連れにして吹き飛ばしたので、俺は空中に投げ出されることになる。

 その隙を見逃すわけもない。宙を舞う俺の胴体を機械の掌が掴み、引き寄せた。ギリギリと握力が強まり、肺の中の空気が無理やり外へ追い出される。


「……っくは」


「脆いな、さっきまで翻弄されていたのが嘘のようだ」


「くっ……、やるなら、さっさとやれ」


「そう急かすな。お前は狐だ、お前の言う通りにはしない」


「ハッ、そう、かい」


 胸部を握り潰されているせいで声が出しにくい。しかし、一息に俺を殺さない辺り、何か違和感を覚えているのだろう。つまり、最初の一撃の際、何故俺が死んでいなかったのか。

 少し考え込むような間があり、それから黒い機体が顔を上げて、俺を覗き込んだ。


「そうか、お前は身代わりのお札を使ったのか」


「なんだ、思ったより早かったな。ご明察だ」


「『挑戦術』を使うようなヤツは弱者であることを武器にしている者くらいだ。そういうヤツは自分の死すらも利用する、……そうだろう?」


 ぐうの音も出ないほど完全にバレてしまった。初見の円弩Roleもかなり早く退場させられたし、頭の切れる良い人材だ。


「参ったな」


「忍具の効果が発揮されないようジワジワと握り潰してやる」


 そう言って、黒い機体は手に力を込めるのだった。

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