第293話 凡夫すら英傑と化す、強化外骨格軍団

▼セオリー


 後方に戦闘音を聞きながら俺たちは竜宮城の中へと駆け込んだ。

 シルバーキーが相手の頭領を前にしてどのような戦いを見せるのかは非常に気になるけれども、今はいち早く任された任務をこなすのが重要だ。

 かつて辿った道のりの記憶を頼りに一直線で竜宮城の中心部に位置する大広間へ進む。奥から出てくる偽神眷属はエイプリルの『影呑み』でやり過ごし、瞬く間に辿り着いた。


「あれが偽神オトヒメ?」


「あぁ、そうだ」


 オトヒメを見て、エイプリルが絶句する。首と腹部を多数の鎖で拘束され、顔はマスクに覆われたたオトヒメの姿は初見のエイプリルには刺激的だったらしい。


「幸いにも拘束のおかげで抵抗はされないだろう。手早く済ませるぞ」


 あえて俺は非情に徹する。エイプリルの瞳に「どうにかできないのか」という心の揺らぎが浮かんでいたからだ。

 しかし、今は一分一秒が惜しい状況である。急な作戦変更は仲間全員を危険に晒す可能性だってある。そもそも拘束を解いたからといってオトヒメが友好的になる保証もない。


「全員、最大火力で叩き込め」


「う、うん……」


 エイプリルの迷いを絶ち切るために普段は使わない『命令』を意識して発する。続けて雷霆咬牙を引き抜くと切っ先をオトヒメに定めた。迷いのない行動を見て、ようやくエイプリルも決心したように爆弾を用意する。

 そして、俺たちの一斉攻撃が開始されるのだった。





▼シュガーミッドナイト


「そろそろ、他のところもドンパチやってる頃合いか」


 中四国の北西フィールド「奇々怪海港」では山怪浮雲の有志クランが集い、海鮮料亭・奇々怪海の子会社である海棲生物研究所の周囲を取り囲んでいた。


 ぽんぽこ組のキンチョウ組長が音頭を取り、じわじわと攻め込んでいる。人数差で言えば複数クランの連合であるこちらの方が有利だが、残念ながら忍者の質では研究所の防衛に配置された忍者たちの方が上だ。


 とはいえ、山怪浮雲の奇襲に向こうさんはパニック状態に陥っている。このまま何事もなく戦いが推移すれば数で圧し潰せるだろう。


「……まあ、そう簡単にはいかせてくれないか」


 視界の端、包囲網の一角が崩された。激しい爆風とともに山怪浮雲の忍者たちが吹き飛ばされるのが見える。そして、もうもうと立ち込める煙を切り裂きながら巨体が高速で飛び出した。

 ソレは滑るようなホバー移動で地上を進み、ジェットの逆噴射により回転するように方向転換をしてみせた。両手に持った巨大斬馬刀を軽々と振りかざすと、そのまま研究所外周部にまとわりつく山怪浮雲の忍者たちを蹴散らすように突進を開始する。


強化外骨格パワードスーツか……!?」


 強化外骨格パワードスーツ。人体の発揮し得る力を何倍にも増幅する機構を備えた全身を覆う機械装備。軽々と振り回す斬馬刀は刃先がビームブレード仕様になっており、放たれた手裏剣や銃弾が全て切り裂かれてしまっている。まさに攻防一体、万夫不当の英傑である。


 筒状にした手を目から離し『遠見術』を解除する。戦闘の最中、肩の外装部分に蛇のマークが見えた。ということはヤマタ運輸の手の者だろう。竜宮城の方が奇々怪海の頭領である可能性が高いことを考えると、こいつがヤマタ運輸の頭領だろう。


「なら、俺も出るしかないか。キンチョウ組長、アレは俺が止める。崩れた陣形の再構成を頼むぞ」


「おう、任された。だがよ、お前さん一人でやれるのか?」


「フッ、俺も頭領だ。何とかしてみせよう」


 颯爽と駆け出す。俺はノゾミ・カナエ・タマエを全員展開すると、タマエの背に飛び乗った。

 斧を両手に携えたカナエを前衛に、ノゾミを中衛、俺を背負ったタマエを後衛に配置した陣形。さらにポーチから白いヒトガタをした紙、形代かたしろを用意する。


「『口寄せ術・阿吽あうん入道招来』」


 投げた形代は瞬く間に巨体を誇る二体の僧兵となり、陣形の両翼に加わる。この構成は攻撃と防御のバランスが良く、対応力もある。


「カナエは全面から、阿吽は両翼から挟み込み動きを封じろ」


 強化外骨格に身を包んだ忍者が俺たちを視認した。しかし、少しも動じずに突進を続ける。

 なるほど、迷いのない前進か。つまり、俺の評価を脅威に値しないと見積もったわけだ。それも良いだろう。


 数秒後、金属のぶつかり合う音が激しく鳴り響いた。それも一度や二度じゃない。剣戟けんげきの響きは十を超えて未だに鳴り止まなかった。

 強化外骨格の振るうレーザー斬馬刀とカナエの振るう斧が同じ速度で振り抜かれる。激しい衝撃とともにお互いに弾かれる。強化外骨格は背部のジェット噴射で持ちこたえ、カナエはノゾミが受け止めて踏ん張る。


 一瞬の空白、お互いにとって隙が生まれた。そして、こちらには攻め手が豊富にある。ニヤリと笑み、両翼の阿吽入道が手に持つ注連縄しめなわを投擲した。さながらカウボーイが投げ縄で牛を捕まえるがごとく、注連縄は強化外骨格の身体を締め上げた。


「馬鹿な、ヤマタ運輸の最新鋭を誇る科学忍具PA-S1が、こんな雑兵に止められただと!?」


「たしかに凄い馬力だ。よほど素晴らしい最新機なんだろうな。だが、マシンパワーに頼り過ぎだ」


「貴様、名はなんだ。山怪浮雲にはシルバーキー以外に難敵は居ないはず!」


「雑魚に名乗る名は無い」


 カナエが超巨大化させた斧を振りかぶり、強化外骨格の頭部に叩きつけた。めきりと鈍い音を立てながら潰れる。いくら硬いといっても大質量を叩き込めば壊れる。世の道理だ。


「こんなヤツを頭領と間違えるなんてな」


 とてもじゃないが頭領の器じゃない。だが、強化外骨格……PA-S1とか言ってたっけ?

 この機械の力は驚異的だ。凡夫を一騎当千の兵に変えるだけの力を持っている。まさかこんなのがうじゃうじゃ出てきたりはしないだろうな。


 一機を倒したところで、周囲から叫び声が聞こえた。それも複数地点で同時にだ。嫌な予感とはどうしてこうも当たってしまうものだろうか。


 タマエの風術を利用し、空高く跳躍した。数十メートルほど跳び、研究所の全容を視界に収める。どうやら他の方角にも三機の強化外骨格が出現したようだ。


「俺が行くしかない、か……」


 どこの地点もこのまま強化外骨格に好き放題させれば形勢が逆転し、敗走が現実的になる。跳躍による上昇が終わり、重力によって地上へ落ちていく中、どこから助けに行くか見定める。それぞれ別々の位置にいるのが憎らしい。

 戦況的に一番マズそうなところに目星をつけると、俺は式神たちに思念で行き先を伝えようとする。


 その時、地上から黒い影が俺とタマエ目掛けて急接近してきた。真正面からぶつかればひとたまりも無いだろう質量。強化外骨格の一機だ。


「タマエ、『風術・蜃気楼』」


 俺の指示を受け、タマエが口から風を吐き出す。その風は空気を揺るがせ、俺たちの位置を誤認させる効果がある。さらに念を入れて横向きの風で位置を最初に捕捉された場所から大きくずらす。ここでようやく強化外骨格の外見に注目する余裕が生まれた。

 メタリックな光沢を持つ黒い機体。俺が倒した一機と他の場所に出現した三機は灰色の機体カラーで統一されていたのにもかかわらず、この機体だけが特殊なカラーリングをしている。それが意味することは……。


 突如、意識が飛ぶ。次に視界が正常に戻った時、目の前には腹部から一刀両断された下半身が一緒に自由落下していた。


「───なん……だと……?」


 思考に脳のリソースを割いていたこともあるが、それでも油断はしていない。であるならば、俺の理外の領域から一撃を加えてきたのだ、ヤツは。

 振り抜いた斬馬刀は黒々と煌めき、迷いなく振り抜かれたようだった。蜃気楼も効いていない。俺と一緒にタマエも切り裂かれたようで真っ二つにされた形代だけが残っていた。


 空中で静止し、見下ろす黒い機体。どうやら俺が相手しなければいけない本命が向こうから押しかけてくれたようだ。

 第一ラウンドはなす術もなく俺の負け。次の俺に期待だ。あ、地面。ぐしゃ。

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