第292話 彼我の違い
▼セオリー
「セオリーくんに質問だ。このゲームにおいてプレイヤーとNPC忍者の違いを、キミは知っているかい?」
竜宮城内に潜入し、かつてシュガーに案内された順路を駆け抜けてゆく中、俺とともに先頭を走るシルバーキーがそんなことを言いだした。
NPCとの違い?
何か違いがあるのだろうか。そもそも、そんなこと考えたこともなかった。
「いや、知らない」
「おや、シュガーミッドナイトくんとつるんでいるから知っているかと思ったけれど」
「シュガーは初見プレイを尊重するタイプだから、あんまりネタバレはしないんだよ」
「そうか、……それじゃあ私も配慮しつつ説明しよう」
そう言って通路の角を曲がった先、ウオビトとバケガニ眷属数体と鉢合わせた。直後、シルバーキーの姿が俺の横から掻き消える。次に視認できたのはウオビトの頭に飛びついて、そのまま首をねじ切る姿だった。
驚異的なのは認識・反応してから実行に移すまでの速度。頭領というランクの高さ以上にゲームセンスがずば抜けているタイプのプレイヤーの動きだ。
シルバーキーがウオビトを倒し終えたところで、ようやく俺たちは残ったバケガニとの戦闘に入った。そして、バケガニを倒し終えたのはさらにしばらく後だった。戦闘のスピード感が違い過ぎる。古参プレイヤーの実力の片鱗を垣間見たようだった。
「話を戻すよ」
戦闘を終えると何事もなかったかのようにシルバーキーは話し出した。先ほどの戦闘で呆気に取られていた俺の思考はこうして無理やり元の話へと軌道修正されるのだった。
「私たちには制限が掛かっている」
「制限?」
「そう、具体的に言うとステータス制限だね。ステータスはレベルに応じて総量が決まってるんだ」
「……なるほど」
理屈は分かる。レベルが上がるごとに一定の数値がステータスに加算されていくわけだから、ステータスの総量はレベルに依存するだろう。当然とも言える。
「えー、でもセオリーのステータス、私より低いよ」
そこにエイプリルが茶々を入れてきた。俺はちょっとだけ嫌な顔をしたけれど、間違っちゃいないので肯定の意味で頷く。
たしかに俺とエイプリルのレベルは一緒だ。しかし、俺は筋力1という圧倒的デバフを抱えるせいでステータス総量がエイプリルよりだいぶ少ない。
という話をシルバーキーに説明したら好奇心の塊みたいなニマニマした笑顔で俺のことを見ていた。まるで新しい実験動物を見つけたマッドサイエンティストみたいな不吉な予感を覚えたけれど大丈夫だよな?
「うんうん、それは称号や装備品といった外部要因による加算や減算によるものだろうね。でも、固有忍術にデバフ、しかも筋力1固定なんて強烈なものが付いてるのは珍しい」
「いや、マジで序盤大変だったからな」
間違っても「珍しいね!」の一言で済ませないで欲しい。
忍具用の鉱石採掘クエストで必須のツルハシが必要ステータス筋力3で無力感に襲われた記憶がある。というか、今思い返してもエイプリルがいなけりゃ詰んでないか?
そういえば俺以上にデバフの掛かってるヤツもいたな。何を隠そうシュガーはステータスが下忍レベルと豪語していた。いや、何も誇ることじゃないわ。しかし、そういう存在がいることを考えると、俺の筋力1はささいなデバフなのかもしれない。いや、むしろシュガーのヤツ、業を背負い過ぎだろ……。
「ということで、ステータスの数値はレベルに基づいた総量があって、上限値が定められているわけなんだけど、……なんとNPCの中にはその上限が無い個体がいます!」
「な、なんだってー!?」
じゃあ、同じレベルのNPC忍者でも上限の取っ払われた強い個体もいるってことか。
えっ、もしかして厳選要素? そんなん、強個体値の配下を引くまでガチャし続ける廃人が生まれてしまってもおかしくない。
「だけど、配下ガチャしてるプレイヤーなんて見たことないな……」
「あはは、今の流れでそんな発想の飛躍するんだ。生粋のフィクサー気質だねぇ」
ドキリとしてシルバーキーを見た。彼女には【
今のはいわゆる普通の言葉としてのフィクサーだったのだろう。おそらく他意は無いと思う。別に隠してるわけじゃないから話したって良いんだけども。
「でも、安心していいよ。ステータス上限が無いNPCは一握りだからね」
「なんだ、そうなのか」
ホッと一息つく。
良かった、プレイヤーのエゴで量産・厳選される配下は居なかったんだ。
「なら大多数のNPCはプレイヤーと同条件なんだろ。だったらそこまで気にする必要ない話なんじゃないか?」
「いやいや、その考えは甘ちゃんだよ。頭領まで登り詰めたNPCは何か持ってる。特殊な忍術にしろ、類いまれなステータスにしろ、ね。さらに私の経験則で言うならプレイヤーと敵対的な状況になり得る組織に所属する頭領は確実だ」
プレイヤーと敵対的な組織……。
警察クラン、コーポクラン、ヤクザクランみたいな
では、プレイヤーと敵対というと何だ。
脳裏に浮かぶのは水槽の中を悠々と泳ぐ巨大怪魚、奇々怪海のクロ。なるほど、シルバーキーの表現がぴったり当てはまる。
つまり、この先で待ち受ける奇々怪海もしくはヤマタ運輸の頭領は何かしら理外の相手ということになる。
「その話を俺たちにしたのは、気を引き締めろってことで合ってるか?」
「うーん、半分正解かな。というか、答えを出すにはまだ早いって」
「どういうことだよ」
「プレイヤーとNPCの違いの話。今のはNPCが有利な点でしょ」
「えっ、もしかしてプレイヤーに有利な違いもあるのか!」
俺の疑問に対して、シルバーキーは当然と言わんばかりの表情で頷いた。
ちょうどそのタイミングでエレベーターが一階に到着し、扉が開く。ドーム状の地下施設部分が終わり、目の前には偽神オトヒメが囚われる竜宮城が
ウオビトやバケガニだけでなく、奇々怪海やヤマタ運輸の忍者がチラホラ散見される。彼らも俺たちへ気付いたようだ。
中でも、とびきりのヤバいヤツ。異様な威圧感を放つ忍者が一人、竜宮城の入り口を封鎖するように立っていた。
「侵入者だ! ウオビト、バケガニかかれ!」
敵さんの号令が聞こえる。と同時に偽神眷属の群れがエレベーターに向かって殺到した。
しかし、迫る大群を気にも留めず、シルバーキーは背負っていた大きな巻物を広げた。巻物には大きく水墨画による扉が描かれている。その絵には見覚えがあった。初めてシルバーキーと出会った時に、北海道からワープしてきたのと同じ扉である。
同じ効果を持っているのならば、それはつまり……。
「さあ、来給え。ニド・ビブリオの諸君!」
特大の援軍呼び出し装置というわけだ。
俺たちを数人ぽっちの侵入者だと高をくくっていたようだけれど、そんなわけない。いまや、巻物の扉から飛び出した何十人ものニド・ビブリオの忍者たちが竜宮城を包囲するように戦闘を始めていた。意表は突いた。流れはこちらにある。
「では、私も参戦するとしよう。偽神の方は頼んだよ」
「おう、そっちこそ負けるなよ」
「キミは誰にものを言っているのかな。……ちなみに先ほどの話の答えだけれど」
俺たち不知見組は一直線で竜宮城へ向かう。しかし、その前には頭領という障壁。門番の如く立ち塞がるアニュラスグループの頭領に対して、シルバーキーは真正面から対峙した。
「NPCの持つ最大の制限、それは極上忍具以上のユニーク忍具を使用できない、というものだ。逆に言えば強力なユニーク忍具はプレイヤーだけの特権というわけさ」
そう言って懐から取り出した新たな巻物を広げる。そこには水墨画で
「カモン、『
呪文とともに巻物から柄が現れる。シルバーキーはそれを手に掴むと勢いよく引き抜いた。彼女の手には刀身が螺旋状に捻じれた不思議な形状の
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