第291話 難題の依頼は信頼の証

▼セオリー


 偽神オトヒメとクロを打倒する作戦を山怪浮雲の各クランに説明する役割を、ぽんぽこ組とニド・ビブリオに任せた俺は急ぎ摩天楼ヒルズへ向かった。

 目的はルペルに寓話の妖精たちテイルフェアリーズ動員の要請をかけるためだ。すでに不知見組のクランチャットで向かうことは伝えてある。あとは待ち合わせ場所で無事に出会えれば良いんだけど。




 遠目に摩天楼ヒルズが見える丘の上、そこで俺は待機していた。ルペルは摩天楼ヒルズ内で情報収集に励んでいたので、一度外に出てきてもらう。

 絶賛指名手配中なので、俺は中に入れない。桃源コーポ都市など主要都市と同じ警戒度であれば、指名手配犯は入った途端に警察機関から追い回されてしまう。

 追いかけっこをしていては、ルペルとゆっくり情報共有もできない。


「待たせたかな」


 しばらくしてルペルが現れた。


「いや、問題ない。俺の都合で外に来てもらった訳だしな」


「……それはそうだね」


 ルペルの「指名手配になるなんて、この馬鹿者」とでも言いたげな声色に、俺は照れて頭を掻く。


「褒めてないからね」


「ヤクザクランにとっては勲章かなって」


「それで最大戦力を失っていてはどうしようもないだろう」


「あぁ、めちゃくちゃ反省した。アリスはクロの件を片付けた後に絶対取り返す」


 アリスを失った直後は頭が真っ白になって、身体の中の大事な何かが抜け落ちてしまったように心の中が冷え冷えとしていた。しかし、しばらく経ってから俺の中でギラギラとした熱が溜まり始めていることに気付いたのだ。


「アリスは俺の腹心だ、絶対に取り戻す」


 そんな執念に近い感情。まだ完全にロストした訳じゃない。どんな手を使ってでも取り返してやろうという強い感情が高まっていた。


「そういう風に考えてるんだね。なら、いいんだ」


 俺の言葉を受けてルペルは納得したような顔をした。元ニド・ビブリオのルペルはユニークNPC部門だったと聞いている。NPCに対して人一倍思うところがあるのかもしれない。





「さて、本題に入ろう。とはいえ、クランチャットで大まかな話は聞いている。山怪浮雲のクランとともに偽神オトヒメの居城および各主要拠点を同時に攻撃するという作戦だったね」


「そうだ。第一目標は偽神オトヒメの撃破と竜宮城の掌握。俺とニド・ビブリオのシルバーキーが中心になって攻める」


「シルバーキー……。まさかあの人とともに戦う日が来るとはね」


 シュガー同様にルペルも驚きと敬意が入り混じったような反応だ。やはりニド・ビブリオではかなりの有名人らしい。話の流れでしれっと頭領であることも判明しているし、頼りになりそうだ。


「第二目標は奇々怪海港と海棲生物研究所の掌握。山怪浮雲の有志クランとシュガーが中心になって攻める」


「ふむ、異論は無い。シュガーは一人で広範囲をカバーできる。研究所を落とした後にも重宝するだろうね」


 今回、俺とシュガーは一緒じゃない。俺は竜宮城担当で、シュガーは奇々怪海港が担当だ。理由はまさにルペルが指摘した通りで、シュガー自身も広い場所の方が戦いやすいと話していたからだ。

 逆に、俺は偽神オトヒメ専用のアタッカーとして竜宮城に回された。神域忍具の特攻が偽神にも適用されることは天空図書館で確認済み。ワールドモンスターの時と同じ働きをできるのであれば、オトヒメにぶつける以外の択はない。




 そして、最後に───、そう言ってから俺は一度唇を湿らせた。


「第三目標は摩天楼ヒルズと奇々怪海のクロだ。そこをルペルたち寓話の妖精たちテイルフェアリーズにお願いしたい」


 言い切ってから、少しばかりの沈黙。さっきまですぐに何かしら反応を返していたルペルから何も返事が無かった。……やはり、だいぶ無理難題を言ってるよな。そういう自覚はあった。


「えっと、難しいことを頼んでるのは分かってる。摩天楼ヒルズに関しては機能不全にさせれば良いって言うか、混乱を起こしてくれることを期待して……」


「フ、フフフ」


「……え?」


「良いじゃないか!」


 ルペルの口角は今までに見たこともないくらいに上がっていた。


「良いか? 結構大変だと思うんだけど」


「難しいクエストではある。だが、それを我々に頼むということは、それだけ信頼してくれているのだろう?」


「……そりゃ、戦力の足らない中、一クラン規模の戦力で摩天楼ヒルズを手玉にとれるとしたらルペルたちに任せる他ない、とは思ってる」


「そうやって信じてくれることが今は嬉しいのだよ。良いだろう、たしかに承った」


 こうしてルペルへの依頼は問題なく完了した。

 俺が肝心な時にルペルを信用し切れていないところ、ルペルの方も気にしていたのかもしれない。大役を任せるのは最も簡単に証明できる信頼の証だ。

 不知見組は小さなクランだ。いざという時に信頼できる下部組織があることは重要なことかもしれない。


 ルペルたちには第一目標と第二目標がクエスト完了するまでの間、摩天楼ヒルズを機能不全にさせ、連絡網などを麻痺させて欲しい。それを伝えたところ、準備期間に一ヶ月欲しいということだった。

 俺は山怪浮雲へと戻ると、ぽんぽこ組とニド・ビブリオにそれを伝えた。それぞれから了解を得て、ついに作戦決行が一ヶ月後と正式に決定したのだった。








 そして、一ヶ月後。時の流れは瞬く間に過ぎていき、あっという間に作戦当日となっていた。

 俺はシルバーキーやエイプリル、ホタルとともに渦潮海峡の海底へ向かう。以前はカナエの斧を巨大化させることで無理やり地下への入り口をこじ開けたけれど、今回は違う。


「銀鍵術・阻む扉は存在せずオープンセサミ


 イレギュラーな渦潮を岩陰でやり過ごし、いつかと同じように偽神眷属が這い出てきた地下への海底入り口に向かい、シルバーキーが固有忍術を使用する。

 手にした銀色の鍵は形を絶えず変え続け、定型を持たない。それを地下への出入りを阻む扉へ押し当てた。

 それはどういう原理なのか、扉が不思議な力でみるみると解放されていく。


「さあ、飛び込もう!」


 長く開放すると渦潮が再発生してしまう。短い時間で全員が扉の中へと飛び込んだ。海水とともに流れ込んでいった先は、あぁ、いつだかと同じ景色。巨大下水道である。

 つまり、ようやく戻ってきたのだ、あの竜宮城に。




 第一目標『偽神オトヒメ討伐および竜宮城掌握』

 さあ、作戦開始だ。

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