第290話 ニド・ビブリオの銀鍵

▼セオリー


 キンチョウの招集により、ぽんぽこ組の事務所にはニド・ビブリオ所属の忍者が駆け付けていた。ニド・ビブリオへ用意された椅子は三つ。しかし、その内、真ん中の一席だけが不自然に空いている。

 俺の疑問に答えるようにキンチョウがニド・ビブリオへ問う。


「支部長殿はどうした?」


「シルバーキーさんは北海道地方へ遠征に行ってまして……」


「こんな時に不在だと」


「まさかこれほど急に問題解決の糸口が出てくるとは思いませんでしたから。こちらも驚いてるところです」


 どうやらニド・ビブリオ中四国支部のトップは不在だったらしい。では、何故わざわざ真ん中の一席を開けているのか。まるでその人物がこれから来るとでも言いたげな不自然さだ。

 そう思っていたところ、ニド・ビブリオの忍者が電子巻物を操作し始めた。文字を打ち込むような動作を見るにフレンドチャットの送受信をしているようだ。


「……あぁ、良かった。シルバーキーさんも来れるみたいです」


 何気ない一言に思わず納得しそうになる。いやいや、ちょっと待て。その支部長さんとやらは北海道にいるんじゃないのか。ちょっと近くのコンビニから行って帰ってくる、というくらい気軽に反復横跳びできる距離間じゃないと思うんだけれども。


 そんな疑問が浮かぶ中、ニド・ビブリオの忍者は巻物を床に広げ始めた。そこに描かれていたのは水墨画による扉だった。

 まさかその扉を通って出てくるとか言わないよな。と思っていたら、そのまさかだった。イラストの扉が突如ギギギと音を立てて開け放たれ、その奥から一人の忍者が飛び出して来たのだ。


「お待たせしました、キンチョウさん」


「……いや、こちらも急な招集だった。支部長殿、ご足労頂き感謝する」


 現れたのは女性の忍者だった。キンチョウの応対を見るに、このシルバーキーと呼ばれる忍者は相当の使い手なのだろう。

 シルバーキーはキンチョウへ挨拶を済ませた後、周りの面々を見回した。視線が横へスライドしていき、俺を通り過ぎて隣にいるシュガーへ視線が移った時、ピタリと止まる。


「はじめまして、シュガーミッドナイトくん。会えて嬉しいよ」


「こちらこそビブリオ創設メンバーの一人、シルバーキーさんに会えるとは光栄だ」


「そんな風に思ってもらえるなんて照れるな」


 穏やかに二人が挨拶を交わす。心なしかシュガーがいつもより敬意を持った接し方をしているように思う。

 どうやらシルバーキーはニド・ビブリオの前身、冒険クラン「ビブリオ」の創設に携わっていたようだ。となると、かなり古参のプレイヤーということ。キンチョウが丁寧な対応をする理由もそこにあるのだろう。


「それにしても、君がニド・ビブリオを脱退してしまったのは手痛い損失だった。どうだい、新しい居場所はウチを辞めるに値する場所だったのかな」


「そうだな、悪くない所ではあるよ。紹介しよう、俺の所属する不知見組の組長、セオリーだ」


 シルバーキーなる人物のことを考察していると、シュガーが俺を紹介する流れになっていた。こうなったら俺も挨拶せねば不作法と言うもの。


「どうも、不知見組組長のセオリーだ。まだ中忍頭の身なんでお手柔らかに頼むよ」


「私はニド・ビブリオ中四国支部の支部長をしてるシルバーキー。よろしくね」





 こうしてぽんぽこ組、ニド・ビブリオ、不知見組という3クランの顔合わせが済んだ。しかし、本番はここからだ。偽神オトヒメとアニュラスグループを打倒するための作戦を話し合わなければいけない。

 俺とシュガーは潜入捜査によって手に入れた情報を共有したのだった。


「渦潮海峡の海底地下に偽神を秘匿する秘密の施設。そこは地下トンネルで奇々怪海港の海棲生物研究所と繋がっていた! ……すごい、ワクワクするね」


「奴ら、偽神の眷属を兵隊にする練習に山怪浮雲を襲ってきているということだぞ! ワクワクなどしていられるか!」


「分かってるってば。ちゃんと落とし前はつけさせよう」


 シルバーキーの軽い物言いに食って掛かったキンチョウだったけれど、それに対するシルバーキーの「落とし前をつけさせる」という言葉にはゾクリとするような重みがあった。キンチョウも同じように感じたのか、それ以上噛みつくことはしなかった。


 その後、実際に地下施設へ潜入した俺たちに、まず、どこから攻めていくべきか、話を振られた。俺は顎に手を添えて考える。

 摩天楼ヒルズのクロを攻めるのは最後だろう。あそこは本丸だ。攻め落とすのに時間が掛かる。それより地下施設や竜宮城、奇々怪海港といったクロが自由に使える手足を潰しておくのが先決だろう。


「偽神の囚われている竜宮城と地下施設。ここを最初に落とすべきだ。アニュラスグループに対して、こちらが攻撃することを正当化する最大の証拠だからな。あそこには奴らの隠したい悪事が詰まっている」


 それに地下施設の方は万が一にも証拠隠滅されたら困る。逆に言えば証拠さえ押さえれば後は逃げ場のないクロをゆっくりと包囲していくことだってできる。摩天楼ヒルズでの一件をやり返せるってわけだ。


「うんうん、私もそれで良いと思う」


「よし、そうと決まったら部隊を編成するぞ」


 俺の話にシルバーキーとキンチョウが同意する。なんならキンチョウはすぐさま部隊編成しようと息巻いている。それにシュガーが待ったを掛けた。


「一つ提案したい」


「なんだ?」


「攻め込むべき優先順位はセオリーの言う通りだ。そこに異論は無い。しかし、だからといって一ヶ所ずつ順番に落としていくのは良くない。奇々怪海のクロに迎撃の準備期間を与えてしまう」


「もちろん、迎撃の準備はされるだろう。しかし、こちらが偽神関連の証拠を掴んでいれば、摩天楼ヒルズの他クランも手を貸さんと思うが」


 キンチョウが言うようにクロの行為はかなり際どい悪事だ。摩天楼ヒルズのクランは積極的に加勢しようとは思わないだろう。それこそ、よほどの仲間意識でもなければ……。いや、待てよ。


「そうか、アニュラスグループ傘下のクランが集結してくるのか」


「そうだ。セオリーが摩天楼ヒルズで指名手配になった話を聞いた時に違和感を覚えたんだ。普通、クランの最高戦力である頭領を簡単に他のクランのために駆り出したりなんてしない。しかし、キャロット製菓、金之尾コンサルティングの頭領は要請を受けてすぐに駆け付けている。ヤマタ運輸も偽神の件で一枚噛んでいた。強い繋がりがあることは間違いないだろう」


 シュガーの話を聞いて、皆一様に難しい顔をして押し黙った。

 キャロット製菓、金之尾コンサルティング、ヤマタ運輸。いずれも奇々怪海と同じく巨大コーポと言って差し支えないクランだ。

 奇々怪海一つなら弱体化しているとはいえ、山怪浮雲の有志クランが力を合わせればなんとかなる。しかし、四つの巨大コーポクランが力を合わせた場合、返り討ちに合う可能性の方が高い。


「ライブラリのデータで戦力比を算出、お願いできる?」


「少々時間をいただければ」


「頼むよ」


 シルバーキーが部下に指示を出す。それから程なくして各クランの戦力比がデータ化された電子巻物が送り届けられた。


「こちらの戦力は頭領が私とシュガーミッドナイトの2人。それに対して、アニュラスグループは各コーポに1人で計4人いる」


 シルバーキーが戦力分析の結果を報告する。ニド・ビブリオの情報によれば頭領だけでなく上忍頭の数でも負けているそうだ。山怪浮雲にワールドモンスターが残した爪痕は大きい。


「たしかにシュガーミッドナイトの言う通り、奇々怪海に迎撃の準備をさせちゃダメみたいね」


「うぅむ、迎撃の準備をさせない、か。言うのは簡単だが、実際に行うのは難しいぞ」


 キンチョウの唸りに対して、俺がふと思い浮かんだことを言ってみる。


「摩天楼ヒルズの方へも同時に攻撃を仕掛けるとか?」


「地下施設と摩天楼ヒルズの両方へ回せるほど人的余裕はないだろう」


「……いや、俺もセオリーの言った同時攻撃が唯一の突破口だと考える」


 キンチョウにバッサリと切られた俺の案を、しかし、シュガーは支持した。


「バカな、どこにそれだけの兵隊がいるというんだ」


「何も戦力は数だけじゃあない」


 シュガーは不敵に笑みを浮かべる。


「幸運だったな。不知見組の傘下にはゲリラ戦のプロ集団がいる」


 え、そうなの?

 俺はポカンとした顔でシュガーを見る。


「かつて一クランで一つの地方を掌握せんと暗躍した者たちがいた。関西と関東で起こした二度の乱はいずれも失敗に終わったが、一つでもボタンの掛け違いがあれば成し得ていたかもしれない」


 あぁ、なるほど。彼らのことを話しているのか。確かにちょうど摩天楼ヒルズのことを探らせているところだから上手いことやってくれるかもしれない。


「彼ら、寓話の妖精たちテイルフェアリーズなら上手く混乱を生み出せるはずだ」

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